第39話

 荒野で人間が肩を寄せあって生きる街、プラエド。


 街の中央、富裕層ふゆうそうの住む区画は分厚い壁に囲まれているが、それ以外の外周がいしゅうには丸太を組合せ有刺鉄線ゆうしてっせんを巻いた簡易かんいバリケードが並べられているのみである。


 金持ちは安全なところへ、貧乏人は危険なところへ、そんな露骨ろこつな色分けがなされていた。


 街の最端はしに住む最下層の貧民たちは廃材を利用したテントを組み、荒れた土地に種をくか、中央から出るごみの山をあさって暮らしていた。


 ミュータントが襲撃しゅうげきしてきた場合、真っ先に犠牲ぎせいとなるのは当然、彼らである。議会の連中は彼らが食われている間にのんびりと対策をたてればいい。


 ミュータントもそう頻繁ひんぱんおそってくるものではない。防備施設がないとはいえ、ここは人間の巣のなかだ。


 貧しい家にも銃だけはある。人間にも多大な犠牲が出るが、取り囲んで集中砲火を浴びせ討伐した事例はいくらでもある。


 そしてミュータントを討伐すればハンターオフィスから賞金が出るので、化け物の襲来らいしゅうを恐れつつも期待しているといった面も確かにあった。


 だが、この夜だけはそう気楽なことも言っていられなかった。


 貧民街の少年ラモンはこの日、夜警やけいに立っていた。助け合いの名のもとに押し付けられたボランティア、美しきタダ働きである。


 静寂せいじゃくのなかにあった。左手にかかげた松明たいまつのはぜる音と、虫の声だけがやけにハッキリと聞こえた。たまにテントの中から酔っぱらいが奇声をあげる。


 なんて下らない人生だ。ラモンは街の中央がある方向へと眼を向けた。


 ここからあかりが見えるわけではないが、中央の連中はきっとまだ起きているだろう。自分と同じように夜通しで。自分とは違い遊ぶために。


 ふところに手を入れ、拳銃の冷たい感触を確かめる。


 貧民街から抜け出すための一番手っ取り早い方法はハンターになることである。少年もまた、そうした野望を抱いていた。しかし手持ちの武器が拳銃一丁だけではあまりにも心もとない。


(ゴミの山を漁って小銭こぜにかせぐような真似をいつまでもやっていられるか。明日は、明日こそは荒野に出よう。ハンターの死体でも見つければ側に武器が転がっているだろうし、認識票ドッグタグをハンターオフィスに届ければ謝礼しゃれいがもらえる……)


 その場に立ち止まり、拳銃を取り出してじっとながめた。


(死体が見つからなければ、いっそ作ってやってもいい……)


 未来を切り開く相棒あいぼう、愛すべき共犯者きょうはんしゃ。炎にらし出された拳銃は神秘的しんぴてきですらあった。


 口元をゆがめてひとり笑うラモンの頭上を影がおおう。


 悪臭にれたはずの鼻ですら曲がってしまいそうな強烈な獣の臭い。生温かいどころではない、明確な熱さを持った吐息といき


 恐る恐る振り返ると、いつの間に現れたのか、赤い瞳の巨大な馬が見下ろしていた。


 その前足は人間の手の形をしていた。後ろ足は人間の足だ。ミュータント馬の巨体を支える分、人間のものとは比べ物にならぬほど太く大きいものであった。


 叫び声が、声にならない。銃をかまえるよりも先に巨大な手がラモンの頭を鷲掴わしづかみにし、にぎつぶした。びしゃびしゃと血をまき散らしながらラモンであったものが、倒れる。


 転げ落ちた松明を踏み消し、馬はラモンのはらわたを食い始めた。


 遠目に見れば馬が草を牧歌的ぼっかてきな光景にも感じるかもしれないが、実際にやみのなかで行われるそれは悪魔の晩餐ばんさんとでも呼ぶべき、おぞましいものであった。


 あらかた食い終えると、馬は来たときと同じようにのんびりと歩いて去っていった。


 ラモンの死に様は悲劇的ではあるが、珍しいことではない。彼が望んだ、ハンターとして生きる者がいつかはたどり着く結末だ。

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