闇夜に吠える弾丸

第38話

 丸子製作所は様々な施設しせつの集合体であり、ある意味、ひとつの町であった。


 兵器工場を中心として、研究棟、医療棟、そして小さいながらも演習場と射撃訓練場もある。


 その射撃訓練場にて、クラリッサは拳銃の弾をばらまいていた。10メートル先の円形の標的ひょうてき、まれにその外縁がいえんけずる程度で、ほとんどがむなしく土壁つちかべに吸い込まれていった。


「ガッデム……って感じだわ」


 顔の中心を占拠せんきょするゴーグルのおかげで表情はわかりづらいが、口元には確かに苛立いらだちが浮かんでいる。


 支給された弾丸は全て使いきった。給料を崩し自腹じばらで追加した分も、技量ぎりょう向上こうじょうに役立ったとは思えない。


 周囲の温度を感じ取れる機械仕掛きかいじかけの魔眼まがん。これをもってすれば闇夜やみよ警備けいびに役立つこと間違いなし。いてはミュータントの独壇場どくだんじょうとなっている夜の荒野でも戦えるようになるだろう。闇のなかに産み落とされた私が、いつかは人類に夜を取り戻す。


 親愛なるメフィストフェレス、マルコの前でそう豪語ごうごしたものだが、ミュータント討伐とうばつどころか銃もまともに撃てないのが現状であった。


 自腹を切った分はともかく、支給された弾丸の行方は報告せねばならないだろう。穴のない標的を提出せねばならないのかと思えば今から気が重い。


 クラリッサの仕事は、定期検診ていきけんしんを受けることと、義眼の活用法を考え報告をすることだけである。


 当人からすれば


(お情けで置いてもらっている……)

 と、いった感情は拭えない。給料だって安い。


 だからこそ役に立たねばならない。役に立つ人間だとアピールしなければならないのだ。


 一向に進歩しないクラリッサに、いつかマルコがきてあき


「はぁ……もういいよ」

 などと言い出す日がくるのではないか。そう思うと、あせりだけががる。


 とにかく、もう一度やろう。ポケットから弾倉だんそうを取り出し交換しようとするが、焦るばかりで取り落としてしまった。


 カラカラと音をたてる弾倉を見ながら、何をやっているのだろうとひどくみじめな気分になった。


「すまない、ちょっといいかな」


 しゃがんで弾倉を拾うクラリッサの頭上から声がかかる。はて、どこかで聞いた声だと記憶とらし合わせてすぐに思い出した。


「ゴリ……いや、ディアスさん、でしたか」


 人の声を覚えるのは得意だった。間違えたり、覚えていなかったりで周囲の人間を不快にさせるわけにはいかなかったからだ。


 他人の顔色ならぬ、声色をうかがって生きねばならなかったがゆえの悲しきスキルである。


 ゴリ、という謎の単語もあいまってディアスは怪訝けげんな顔をしている。


「どこかでお会いしたことがあっただろうか」


「いえ、マルコ博士からあなたのお話はかねがねうけたまわっておりますので……」


 まさか、隣の部屋で盗み聞きしていたとは言えない。


「標的を新しくしていいだろうか」


 隣で撃っていた奴がいる、そんなことにも気付いていなかった。あまりにも周りが見えていないと、クラリッサはひどく落ち込んだ。


 クラリッサの眼は熱を発しない物体でも、周囲の空気の流れなどから読み取れるよう補正ほせいがかかっている。箱はただの四角で文字は見えない。ボールはただの丸でサッカーとバスケットの区別がつかない、といった具合ではあるが一応、その輪郭りんかくだけは認識できる。


 故に、標的も前方にある丸いものとして認識できる。


 隣の標的に視線を向けてズーム機能を使う。クラリッサのそれとは違い、中心が穴だらけであった。


 ディアスは標的の並ぶ土壁の脇にある小部屋に入ると、そなえ付けのチェーンを引いてからからと回す。すると標的が引き込まれるので、新しいものに交換して、また回してセットするという具合である。


 専門の訓練場ではないので、あまり金はかけられておらず、手動であった。


 射撃位置にき、両手で銃をつかんでまっすぐに狙いを定める。クラリッサはその姿をじっとみていた。


 高温を表す赤。灼熱しゃくねつの弾丸が空気を切り裂き、標的の中央をぶち抜いた。


 素人目しろうとめに見ても、自分とは全く違うということがよくわかる。撃つ瞬間、体がまったくブレないのだ。反動を押さえ込んでいるのか、手元すらびくともしない。


 弾倉が空になるまでくすところを、クラリッサはじっと食い入るように見ていた。首は動かさないが、ゴーグルのカメラが左右にせわしなく動く。


「あまりそう、じっと見られるとやりづらいのだが……」


「弟子にしてください!」


 話がまるでみ合っていない。クラリッサはとにかく必死であった。


 ディアスにしてみれば、なに言ってんだこいつ、というのが率直そっちょくな感想である。


 ハンターにとって射撃技術とは商売道具であり、教えてくれと言われて、はいどうぞといったたぐいのものではない。


 また、ディアスは他人に技術を教えた経験などなく、自己評価の低さから何かを教える資格があるとも思っていなかった。


「教えろと言われてもな、特別なことは何もしていない。全部、教本にっているようなことだよ」


「その、教本とやらが、読めないのです!」


 それからクラリッサは早口でまくしたてた。自分のち。義眼の性能。立場上なんとか結果を出したいということ。


「この義眼はディアスさん、カーディルさんお二人の集めてくださったデータの応用によって作られました」


「うん」


「故に、広い意味で私はお二人の子供ということにならないでしょうか!?」


「うん?」


「パパが娘に技術を伝えるのに何の遠慮えんりょがいりましょうか!」


「君のようにデカくて図々ずうずうしい娘を持った覚えはない。それとパパなどと呼ばないでくれ。誤解されると面倒なことになる」


 これ以上付き合っていられぬとばかりに背を向けたディアスに、クラリッサの沈んだ声がかけられる。


「そうですね……結局、体の機能が欠けた人間は日陰者ひかげものとして生きるしかないのでしょうか」


 嫌な言い方をする。出口を目指したディアスの足がピタリと止まった。泥沼からた手に足首を掴まれたような気分だ。


 クラリッサは知っている。こう言えばディアスが誰を思い浮かべるかを。


 ディアスは理解している。愛しき者の名を利用されているのだと。


 しばし背を向けたままでいたが、やがて根負こんまけしたように振り返った。


「とりあえず、撃つための姿勢しせいから教えようか……」


 クラリッサにしてみればいささか拍子抜ひょうしぬけといったところである。そうなるように話を持っていったとはいえ、あまりにもあっさりとしすぎではないかと。


(ひょっとしてこの人、他人に対して冷たいのでも無関心でもなく、ただ人付き合いが苦手なだけのいい人なのでは……?)


 その後30分ほど、一発の弾も撃たず姿勢の矯正きょうせいついやされた。親切丁寧しんせつていねいかつ、根気ある指導しどうであった。


 相手は荒くれ者のハンターである。指導中にの1ダースでも飛んでくるのではないかと不安に思っていたが、それも杞憂きゆうであった。


 親切に教えてくれるのですね、と言うと、ディアスは少し恥ずかしそうにいった。


「俺も昔はてんでダメでね。まっすぐ飛ばすことさえできなかったもんさ」


 だからあまりえらそうなことをいうつもりはない、ということなのだろう。


 銃をしっかり握り、腰を落とす。年頃の女性レディが思い切りガニ股なのはいかがなものかとも思ったが、姿勢が安定しているという実感があるため何も言えなかった。


「よし、それじゃあ撃ってみてくれ」


 的をまっすぐに見据みすえ、放つ。ど真ん中とはいかないが、確かな手応えと共に撃ち抜かれた。


「おおっ……」


 思わず自分自身に対する感嘆かんたんの声がれた。


 ディアスはクラリッサの肩をポンと叩き、そのまま射撃訓練場を後にした。


「あ、あの、ありがとうございました!」


 少しタイミングのずれた礼だが、大きな声だったので多分、聞こえただろう。


 その後、クラリッサは追加で弾丸を購入し練習にはげんだ。命中率もそれなりに上がり、穴の空いた標的を誇らしげにマルコに見せにいったものである。




 数日後、暗闇でも物が見えるという己が特性をきたえるために、深夜に訓練場で明りも点けずに銃を撃っていたら、警備員が大勢やって来て取り押さえられるという騒ぎが起こった。


 その件もあって、クラリッサの評価はさほど上がっていないようである。

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