第37話

 翌日、工場をおとずれるとすでに新型の義肢が用意してあった。


 ディアスとカーディルはその手際てぎわのよさにおどろいていたが、マルコからすれば


(どうせすぐ来ると思っていたよ。ディアスくんがカーディルくんの事で躊躇ちゅうちょなどするわけがない)


 と、いうことであり、手品を見せられたような顔をされてはかえって面映おもはゆい。


「手にとって見てもよろしいでしょうか?」


 ディアスが一応、ことわりをいれる。マルコはひどく面倒めんどうくさそうに答えた。


「いいとも。そのまま装着そうちゃくしてもらってもかまわない。で、気に入ったらこいつにサインしてくれたまえよ。それで契約けいやく完了だ」


 ゆびまんだ紙をひらひらと振ってみせる。ずらりと整列したゼロのれ。できればそこからは目をらしたかった。


 腕をひとつ、持ち上げてみた。本物の腕に比べなんら遜色そんしょくはない。肌の質感しつかんもいい。さわり心地もいい。カタログで見たときから気になっていたが、本物を見るとさらに気に入った。


 途中とちゅう、マルコが


「こうして机の上に並べているとバラバラ死体のようだねぇ」


 と、悪趣味あくしゅみ冗談じょうだんを飛ばしたがこれは無視した。


早速さっそくだが付けてみようか。きっと、よく似合うよ」


「本当に綺麗きれいね。付けたらそのまま消えたりしないかしら」


 ソファーに座ったカーディルは不安げにいった。


「こいつは夢じゃない、確かな現実だ。こわれも消えたりもしないよ。この手足はきっと、君に付けてもらうために作り出されたのさ」


 マルコが何かを言いたそうにしているのを、ディアスは目でせいした。


(事実がどうか、なんてどうでもいい。ロマンティック優先ゆうせんだ。この出会いは運命であって、気まぐれで作ったはいいがコストがかさみすぎて不良在庫ふりょうざいこさががった義肢などではない!)


 視線だけで気持ちが伝わったわけでもあるまいが、とにかくその眼力がんりきに押されマルコは開きかけた口を渋々しぶしぶ閉じた。


 まだ遠慮えんりょがちなカーディルをうながすように、ディアスは義肢の交換に取りかかった。


 丸子製作所の義肢と接続ユニットは規格きかく統一とういつされているので、調整ちょうせいの必要なく新しいものが付けられる。


 古い義肢を外し、新型の義足をまず一本取り付けたとき、カーディルは意外そうな顔をしていた。


「あれ、あんまり痛くない」


 今までは神経接続のさいに強い電流に耐えねばならなかったが、今回は軽くしびれる程度であった。接続の度に苦痛を味わってきたことは、無論、ディアスも知っている。


 二人揃ってマルコに視線を向けると、彼は心得こころえたりとばかりに説明をしてくれた。


「接続がスムーズにいっているということだね。雑音ノイズが少ないとでも言えばいいかな。そういうところも色々と改良されているのさ」


 生活するなかで、苦痛を感じる部分が無くなるのは実にありがたい。


 これはいいものだ。ディアスは微笑ほほえみながら黙々もくもくと取り付け作業を行った。


 四肢の取り付けが終ると、カーディルはおそる恐る指を動かしてみた。一本、二本三本と。こぶしを握り、また開く。


 5年前は自分の手足があった。そのときと比べてどうかと考えたが、もう思い出すこともできなかった。


 ハッキリしていることはただひとつ。自分は今、全てを取り戻したということだ。カーディルは義手を広げて顔をおおい、身を震わせた。涙が止めどなくあふれてくる。


「わ、私、今まで……こうして泣くこともできなかった……ッ」


 ディアスはカーディルの隣に座り、その肩を強く抱き寄せた。


「ありがとう……」


 一言だけ呟き、しばらくうつむいて泣いた。


 やがて、カーディルの右手が何かを求めるように動く。この状況で必要なものは何か。ディアスはふところからハンカチを取り出して、その右手に乗せた。


 正解だったようだ。カーディルは涙を拭い、ハンカチを広げて盛大に、ぶびぃと音をたてて鼻をかんだ。こういうところが実にカーディルだと、ディアスは怒るよりも微笑ましく見守っていた。


 もっとも、マルコからすれば


(こいつ、なんでハンカチに鼻水ぶちけられて笑っているんだ……?)


 と、理解しがたい二人の心理であった。


 その後、契約書にサインをして義肢は正式にカーディルのものとなった。


 古い義肢を専用のケースに入れ、立ち上がる。カーディルも目は少し赤いままだが、その立ち振舞ふるまいに動揺どうようは残っていない。誇りと自信を胸に、真っすぐに立つその姿はまさに荒野の女王といった風情ふぜいである。


「本日はありがとうございました。ミュータント狩りの方針などについて、また後日伺ごじつうかがわせていただきます」


 ディアスとカーディルは雛人形ひなにんぎょうのように揃って、深々と頭を下げた。


 義肢ケースのベルトがディアスの肩に食い込んでいるのを見て、マルコはあきれたようにいった。


「君は本当に、色んな重荷を背負っているねぇ……」


 左肩に義肢ケース。右腕はカーディルにがっちりと確保されている。


「楽しいことなら、苦にならぬものです」


 ディアスは迷いなく言い放ち、部屋を後にした。


 二人が去ったあとのドアを、マルコはしばらくまぶしそうにながめていた。

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