第36話

 丸テーブルに置かれたカタログ。広げたページを押さえるディアス。カーディルはそれをじっと凝視ぎょうししていた。


 美しく繊細せんさいな、五本指の揃った義肢。それこそ泣きたくなるほどほっし、涙をこらえてあきらめめていたものではなかったか。


 だが、何故なぜ今になってそんな話を……?


じゅんを追って説明するが……」


 ディアスの言葉に、カーディルは呪縛じゅばくから解かれたように顔をあげた。


「いつものようにミュータントの首を換金かんきんしたあと、マルコ博士のところに諸々もろもろの支払いに行ったのさ。で、そこで言われたんだ。戦車のローンは完済かんさいだって」


「完済?あれ、終わるようなものだったんだ」


 重厚じゅうこうな戦車、己がもうひとつの手足を思い浮かべる。金銭きんせん、そして運命という意味で一生縛り付けられるものと思いこんでいた。


 よくよく考えてみれば、5年間ミュータントを狩り続けていたのである。正確に数えてはいないが百以上の首をったであろうか。最新鋭の戦車一両、買い取れたとしてもおかしくはない。


 生活の質があまり変わっていないので、徒歩とほで狩りをしていたときとは稼げる額が段違だんちがいになっているという実感がまるで無かった。


 また、そうした思考は外部に対する無関心から来たものでもある。ディアスがそばにいてくれればいい、ひとりの時は厳重げんじゅうかぎをかけてこの部屋にこもっていればいい。そうやって余計なことは考えないようにしていた。


(ひょっとして私、人間性がかなりゆがんでいるのでは……?)


 今さらながら、そう思わざるを得なかった。


「それで、博士からカタログを渡されて、戦車の改造をしないか、趣味に金を使わないか、またローンを組んでやってもいいと、色々言われてね」


「あのオッサン、よほど私たちに借金を背負わせたいのね」


 カーディルが少しあきれたようにいった。言いながら、はて歳はいくつなのだろうかと頭のすみで考えた。マルコの薄笑うすわらいが思い浮かぶ。5年前からほとんど変わっていないようだ。


「金に追われていないと、俺たちがミュータント狩りをさぼるか辞めるかすると思っているんだろうな。一言、こういう実験に付き合ってほしい、こいつのデータを取ってきてほしいと言ってくれれば、いつでも喜んでやるのだが……」


 何かと怪しげな人物である。性格に問題がないわけではない。


 だが、今の生活がマルコあってのことであるのは事実であり、特に義理堅いディアスは強く恩義おんぎを感じていた。


(俺の命はカーディルにささげたもので、彼のために死ぬことはできないが、要請ようせいがあれば彼のために働くことは、やぶさかではない……)


 と、いうのがディアスの立場である。


 カーディルがしばし考えた後、ぽつりと呟く。


「多分、理解できないのでしょうね」


「何が?」


「自分が他人ひとから感謝されているということが」


「ああ、そうかもしれないな」


 人間関係に興味きょうみの薄い男だ。自分自身に対する評価さえ例外ではないのかもしれない。


「俺たちが金を欲していれば安心するというのであれば、そうしてやろうじゃないかと思うわけだよ」


「それにしても、これは……」


 高すぎる。戦車以上とまではいかないが、四肢を合わせれば相当な金額だ。


 戦車のローンを組んだときは、それしか生きる道がなかったからだ。安定した生活が見えた今、莫大ばくだいな借金という重荷を改めて背負うことには躊躇ちゅうちょしてしまう。


 しかも、その金がカーディルのためだけに使われるというのであればなおさらだ。


「ねえディアス、あなたは何かないわけ?趣味とか、お金があったらやりたいこととか」


 今日はよく趣味ついて聞かれる日だ。苦笑しながら答えた。


「ハンターなんてやっている男の望みなんて、決まっているよ」


「それは?」


「強い戦車と、いい女」


 あまりにも堂々と言われ、何も反論ができなかった。


 同業者ハンターたちからも一目置かれ、戦車を駆って荒野を疾走しっそうし、人類の天敵であるミュータントと互角以上に渡り合える。


 そんな男が、物置小屋に押し込められ、不味いミートサンドを食わされる生活を送りながら、これで十分満たされているというのだ。


 自分はこんなにも愛されているのかと、カーディルは感動に身を貫かれる思いであった。もっとも、今回に限って言えば不味いミートサンドを食わせたのは彼女であるが。


 うつむき黙りこむカーディルの肩に、大きな手がえられる。


「答えは急いでいないから、ゆっくり考えるといい。新しい義肢を付けるもよし。他に金を貯めてやりたいことがあるならそれもよし。ある程度稼いでからハンターを辞めたっていい。博士には悪いがね」


 安心させるよう、ディアスは優しく微笑ほほえんでいる。


「ただ、どんな道を選ぶにせよ、理由のなかに俺への遠慮えんりょを入れる必要はない」


「私の望み通りにしていい、ってことね」


「そういうこと」


(私の望みは何か、そんなものは最初から決まっている。ずっとディアスと一緒にいたい。この生活を続けていきたい……)


 明日にでも義肢を見に行こう。そう決めたが、まだ返事はしなかった。その前にやっておきたいことがある。


「義肢を外してくれる?」


 そういって、左右のロボットアームを前に突き出した。ディアスはうなずき、腕から取り外しにかかる。


 慣れてきたとはいえ、神経接続式の義肢は脳に負担がかかる。そのため寝るときや、ゆっくり休みたいときは外すことにしているのだ。


 以前、疲れて帰ってそのまま寝てしまい、朝になって盛大せいだい嘔吐おうとした覚えがある。あの時は掃除が大変だった。


 腕を外して、丁寧ていねいにケースに収めると、次に足の取り外しにかかった。


 作業がしやすいよう、カーディルは膝までしかない足を大きく広げた。スカートが短いので、こうすると下着が丸見えになる。


 やりやすいようにしてくれるのはありがたいが、ここまで広げる必要があるのか。ディアスが顔をあげると、妖艶ようえんに微笑むカーディルと視線が重なった。


「欲しいのでしょう?いい女が」


「ああ、欲しいね」


 足の取り外しを終えると、ディアスはカーディルをベッドに横たえおおかぶさった。武骨ぶこつな指が、カーディルの服のボタンをひとつひとつ外して胸をあらわにさせる。湿しめびたショーツを下ろして、なぞるように愛撫あいぶした。


 寝るとき以外にも、こうして抱かれるときは必ず義肢を外すことにしていた。女として扱われるときに、あれが自分の一部であるなどと見られたくはなかった。


 ディアスの愛情に応え、カーディルの白い肌にじわりと汗がにじみ、薄桜色に染まる。


 手足が無いのでカーディルから何かをすることはできない。全てディアスのなすがままである。それがかえって彼女には


(私、この人のものになっているんだ……)


 と、興奮こうふんを呼び起こした。


 ことが済んで、黒髪をベッドの上に扇状おうぎじょうに広げて天井を見上げている。心地よい疲れのなか微睡まどろんでいると、体をなぞる冷たい感触があった。


 ディアスが濡れタオルで体を拭いてくれているのだ。


(こういうときは自分の手で抱き寄せてキスしたいわ……)


 そんなことを考え微笑みながら、本格的な眠りに落ちた。

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