第35話

 カーディルが逃げ込むように部屋に帰る。ディアスはまだ、戻っていなかった。


 工場の敷地しきち内、そのすみにある物置小屋を改造した家だ。


 戦車と接続し、初戦闘をこなした後もしばらくは病室を家がわりに使っていたのだが、夜中にうるさいという苦情くじょうを受けて移ることになったのだ。


 マントを脱ぎ、砂を払ってハンガーにかける。


 紺色こんいろの、袖のないスーツ。スカートは膝上ひざうえまでしかたけがない。義肢の取り外しを優先した服装だが、このまま外を歩くには少々恥ずかしい格好だ。


 ベッドに腰かけ、丸テーブルに置いた軽食の箱をぼんやりと眺める。


「なにやっているんだろう、私……」


 あれだけみじめな思いをして、手にいれたのはこれだけか、と。しかもこの程度の軽食なら工場内の売店でも買えたかもしれない。


 自分は何もできない人間だ、などと言えばまわりの人たちは否定してくれるだろう。戦車を手足のごとく操ることは彼女にしかず、倒したミュータントの数がそれを証明している。


 だが、カーディルが欲する評価はそれとは別のところにある。


(戦車を操れる、それはあくまで兵器としての評価。私自身の価値はどうなんだろう……)


 じっと手を見る。そこにあるのは三本爪のロボットアーム。


 一人でいると思考が悪い方へ、悪い方へと転がり落ちる。これは愛する者を抱く資格のある腕なのか、いつかディアスに愛想あいそをつかされたりはしないかと。


 また、涙がにじみそうになった。


 足音が聞こえる。カーディルはびくりと身を震わせて体を起こした。5年前から周囲の物音には敏感びんかんに、臆病おくびょうになっている。


 すぐに警戒けいかいいた。足音だけでわかる、これはディアスのものだ。


 トン、トン、トーンとリズムを変えたノック。これもディアスが帰ってきたという合図あいずだ。いきなり開ければカーディルがおびえるため、こうした決まりを作った。


 以前、ディアスはこれを忘れて銃を突きつけられたことがある。


「ただいま……」


「お帰りなさいッ!」


 ディアスが言い終わるか終わらないかというタイミングで、カーディルがいきおいよくしがみついてきた。


 カーディルの身体からだはさほどでもないが、彼女が付けている義肢は手足四本合わせて相当な重量がある。


 ディアスの体が一瞬、ぐらりと揺れるが、この場面で倒れるのは少し格好悪い。男気の見せ所だとばかりになんとかった。


 ロボットアームがディアスの背に回され、その場で固定されてしまった。


 楽しげにディアスの胸に顔を埋めるカーディルの姿を見ていればふりほどく気にもなれず、出入り口で立ったままである。


 手にはカタログ、肩にはライフル、正面から恋人ががっちりホールド。


(俺に、どうしろというのだ……?)


 ふと、部屋を見回すとテーブルに小さな箱が乗っているのが見えた。ディアスの視線を追ったカーディルが、少しだけ気まずそうな顔をする。


「これは?」


「ええと……夕食。市場にね、行ってはみたんでけどね、どこにどういうお店があるのかよくわからなくて、適当てきとうに買ったら、出てきたのが合成ミートサンドっていうオチでさ……」


 目を泳がせながら、まるで初めてのおつかいに失敗した子供のようだと思いながら弁解べんかいする。


 拘束こうそくから解かれたディアスは、今度は自分からカーディルを抱き寄せ、耳元でささやいた。


あせらなくていい。ゆっくりと、ゆっくりとれていけばいい」


 何が起きたのか、今どういった気持ちなのか、ある程度のさっしはついているようだ。嬉しいやら恥ずかしいやら、微妙びみょうな気分である。


 腕が回された背、そこに固いものが当たる感触かんしょくに気づく。


「あなたも何か、お土産みやげでも買ってきたの?」


「これかい?マルコ博士の所でもらった製品カタログさ」


 話しながら椅子に座り、テーブルを引き寄せミートサンドを頬張ほおばった。そこで一瞬、動きが止まる。


 無言で冷蔵庫を開けて、果汁0パーセント合成オレンジ風ジュースを取り出し、コップを二つテーブルに並べた。


 こいつで流し込め、という意味なのだろう。そこまで不味まずいのかと、向かいのベッドに座ったカーディルは少々気まずい思いであった。


 おススメにしたがい、三本爪でミートサンドを掴んでひと口かじる。そして思った。怒りも殴りもしないディアスは聖人かなにかだろうかと。


 後悔こうかい象徴しょうちょうを胃のなかで処分し、ジュースを飲み干して一息ついたところでディアスが真剣な顔をして


「ひとつ、相談があるのだが……」


 と、言い出した。


 カーディルは思わず身構みがまえた。経験上、改まって相談があるなどと言われるのは大抵たいていがろくな話ではない。


「他に女ができたっていう話なら、そいつをブチ殺すわ」


「世界一いい女と付き合っているのに浮気うわきの必要などあるものか」


「んっふふ……あなたのそういうところ、本当に好き」


 カーディルは満足げな顔をして、少し恥ずかしそうに目を逸らすディアスを眺めていた。


 彼は本来、異性に対して器用なタイプではない。好きとか愛しているとか、そうしたことを口にするのに恥ずかしさを感じている。挨拶あいさつがわりに言えるようなことでもない。


 それでもなお、カーディルを喜ばせるためならばと頑張って口にする姿に


(そういうところもふくめて……いいわ!)


 ひとりうなずくカーディルであった。


「それで、相談ってなに?」


 悪い話ではなさそうだと感じて、安心して話をうながす。


 ディアスはカタログを開き、目当てのページを見つけてカーディルの方へと向けた。


「新しい腕、欲しくはないか?」


「……んん?」


 あまりにも唐突とうとつな話に、首をひねることしかできなかった。

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