第32話

 ディアスが指差ゆびさすカタログのページを見て、マルコはつまらなさそうにいった。


「これが欲しいのかい?ごく普通の義手ぎしゅなんだけど……」


「普通ですか?カタログスペックを見る限りとても高性能に思えますが」


「そういう意味じゃなくてさ。腕からブレードが出るわけじゃないし、マシンガンをそなえているわけじゃない。普通の腕の代用品だいようひんでしかないんだよ」


「それでいいんですよ。義肢ぎしに期待することは体と同じように動くことですから」


 珍しく二人の意見は平行線へいこうせんをたどった。


 意見が別れたときは大抵たいてい、ディアスが折れる。と、言うよりも彼は自分の意思を通すことにあまりこだわりがない。


 そんな彼が妥協だきょうしないのはカーディルがからんだときだけであり、腕におかしなものを付けられるとなると、別にそれでいいです、では絶対にまされない。


「聞いてくれ。こいつは僕の信念しんねんだが義手は人間の腕の模倣もほうではなく、それ以上のものであるべきだと考えている」


 信念、などと大袈裟おおげさな言葉を使い、マルコは珍しく真剣な表情をしている。


「僕はね、身体的障害しんたいてきしょうがいという概念がいねんそのものを無くしたいんだ。腕がつぶれた、足が動かない、そういうときに気落ちすることはない。いい機会だからもっと高性能な腕に替えようと気軽に言える世界が理想りそうなんだ。どうだい、君ならわかってくれるのではないだろうか?」


 四肢ししを失い、絶望的ぜつぼうてきな日々のなか足掻あがいてきたディアスとカーディルである。肉体の欠損けっそんによって悩むことがなくなるならば、それはとても良いことなのだろう。


 倫理的りんりてきあやしい部分を感じないわけではないが、マルコの語る夢には好感をもった。しかし、それとこれとは話は別だ。


「高性能、イコール、武器を仕込しこむこと、というのは短絡的たんらくてきすぎやしませんか」


「なんで!?いざというとき、腕がガシャーンと変形して、マシンガンになってガガガーッて撃つのは男のロマンじゃないか?」


 らしからぬ貧相ひんそう語彙力ごいりょくで説得にかかるマルコ。心が本格的に少年寄りになっているようだ。


「カーディルは女の子です。男の子のロマンを押し付けるわけにはいかないでしょう。自分が義肢をつけることになってもご免被めんこうむりますが」


「なんでそんなに特殊義肢をこばむんだい」


不便ふべんだからです」


 たった一言で夢もロマンもばっさり否定ひていされてしまった。


「そもそも、博士は通常の義肢があまり好きではないようですが、それではなぜこれを作ったのですか?」


 カタログにった女性用義肢は指の一本、一本にまでこだわって作られたようで、色気いろけさえ感じる。きっとカーディルに似合うだろう。


 しらけた顔のマルコとは対照的たいしょうてきに、ディアスは少しだけ浮かれた気分であった。


「なんで、って言われちゃうとなぁ……。君たちのおかげで義肢に関するデータは随分ずいぶんと集まって、僕の技術もそれなりに成長したわけだよ」


 何が問題なのだろうか、そう考えつつディアスはだまって先を聞くことにした。


「で、我ながら何をとちくるったのか、最先端の技術で最高の義肢を作ってみようと思い立って、出来上がったのがこれ」


 カタログを視界しかいに入れたくもないのか、マルコは少し視線を外しながら語る。


「見た目は綺麗きれいで、繊細せんさいな動きが可能な義肢。ただそれだけだよ。なあディアスくん、本当にこんなつまらないものが欲しいのかい?」


 借金を背負せおわせて働かせようという当初とうしょの目的はどこへ行ったのか。同好どうこうを増やしたいという欲求よっきゅう優先ゆうせんされているようだ。


「とても気に入りました。もちろん、購入こうにゅうするかしないかはカーディルにも相談して、実物を見てからの話になりますが」


「日常生活用の義肢なら、もうあるじゃないか」


 こういうところがマルコと話が合わない理由だな、とディアスはしみじみと考えていた。三本爪でコードがき出しの油臭いロボットアームを付けられて、年頃としごろの女性が何も感じていないとでも思っているのだろうか。


 外出するときはじるようにマントですっぽりと体をおおうカーディルの姿を間近まじかで見てきただけに、マルコの無神経むしんけいさがかんさわることがある。


 もっとも、あの義肢は実験に協力する対価たいかとしてもらったものであり、品質ひんしつに文句が言えるような筋合すじあいでもないが。


「それとさ、部品は無駄に良いものを使っているから、高いよ?値下げしてあげたいところだが、これでもギリギリの価格設定かかくせっていでね。こっちも足がでちゃうんだ」


 趣味しゅみの悪いジョークを無視して、ディアスはカタログの価格に目をやった。確かに高い。


 今使っているような、とりあえず動くものとは比べ物にならない。


 だが、自分たちも5年前とは違うのだ。中型のミュータントを安定して狩れるようになった今、頑張がんばれば支払しはらえない金額ではない。


「問題ありません。スペック通りなら妥当だとうな価格設定かと」


「多分、君が今考えているだろう金額の四倍はかかるからね」


「え?」


 覚悟かくごを決めて乗り越えようとしたかべに、さらなる巨大な壁が追加された。


 あわててカタログを手に取りじっくり見ると、これは腕一本の価格だ。四肢をそろえれば四倍近くになるのも道理どうりであろう。


 ああやっぱりな、そんな顔をしてマルコは続けた。


だますつもりじゃなかったんだ。義肢を買いに来る奴はだいたい腕一本、足一本という買い方をするわけで、手足全部失って全部買いに来る奴なんてそうはいない。写真は手足合わせて四本載っているが、まとめての金額じゃないんだ」


 確かにその通りだが、左腕を切ったのはお前だろうと言いたくもなる。


(いや、そのけんめるのはお門違かどちがいだろう。納得なっとくした上でやったことなんだ。りきれない部分があるのは仕方しかたないにしても、決して口にしてはいけないことだ……)


 しばしの沈黙ちんもく。己の中に渦巻うずまく暗い感情を押し込め、落ち着いたところで口を開く。


「とりあえず今日はこれで失礼します。ええと、カタログをいただいても?」


「いいとも。できれば他のページもじっくり見てほしいものだね」


 未練みれんがましいマルコの言葉を聞かなかったことにして、一礼いちれいし、ドアノブに手をかけた。


 ふと、何かが気になって振り返る。


 その視線はマルコのわきにあるもうひとつの、正面に比べればやや小さめのドアに向けられていた。


「何かあったかい?」


「いえ、何も……」


 あらためてドアを開く。


 どこにでもある普通のカタログを、ディアスは宝物でも扱うように丁寧ていねいに抱えて出ていった。

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