機械仕掛けの抱擁

第31話

 5年間の戦いの日々。それは誰よりも臆病おくびょうで、誰かの為に強くなれる、そんな青年をひとかどの戦士へと変えた。


 昔から体だけは頑丈がんじょうであった。今はその筋肉に強さだけでなく、しなやかさが加わり、猫科の肉食獣にくしょくじゅうおもわせる体躯たいくをしている。


 この街一番の兵器工場。その所長室で堂々どうどうと立つ男、ディアス。そして目の前に座る所長、マルコ博士。


 重厚じゅうこう黒塗くろぬりの机を挟んで、何度こうして話し合ってきただろうか。


 戦車の修理や改善。ミュータントの生態せいたいや撃破報告。金銭のこと、恋人のこと、思い返せばキリがない。


 互いに様々な都合つごう思惑おもわくはあるものの、戦友と呼んで差し支えない関係となった二人が今、言葉に詰まっていた。こんな話をするのは初めてだ、と。


「戦車の支払いが完了、ですか……」


 借金など無いほうがいい、当然のことだ。


 ただ、全く意識していなかったので急にそんなことを言われても、というのが正直な感想である。目標がいきなり消えたようなものだ。


 そもそも、ローンが残っていようがいまいがやるべきことは変わらない。戦車に乗って、ミュータントを狩る。それだけであり、今さら他の生き方はできない。


 特に、彼の恋人であり四肢ししを失ったカーディルは、戦車と生きることを運命付けられたようなものだ。ディアス一人で降りるつもりは毛頭もうとうない。


 一方、マルコにしても彼の借金完済は都合の悪い話であった。これでディアスたちがいきなりハンターめます、などと言うことは無いだろうが、出撃する頻度ひんどが大幅に下がる可能性が高い。


 今までは狩りと補給ほきゅうのサイクルで平均して二日に一度は出撃していたのだが、余裕ができれば一週間に一度、一ヶ月に一度と延びるかもしれない。


 ディアスたちが持ち帰る実戦データによって、マルコの神経接続式義肢しんけいせつぞくしきぎしの研究は大きく進み、戦車との一体化以外にも様々な試みがなされた。


 当初の予定では、借金を完済かんさいするころには特殊義肢は世に広まっていたはずだった。


 マルコを中心として機関銃を腕に仕込んだ者や、足にタイヤを付けた者、そして戦車と一体化した者などなど、人智じんちえた無敵の軍団ができあがっていたはずなのだ。いささか子供じみた夢ではあるが、それを可能とするだけの力があると信じていた。


 実際のところ、あまり売れてはいない。神経接続式義肢は高価な買い物である。無難ぶなんで、確実に役立つものを買いたいと思うのが人情というものだ。


 そんな高額な取引で洒落シャレやロマンに走る奴はよほどの変り者であり、変り者の筆頭ひっとうであるマルコにはそこが読めなかった。


「あなたは貧乏人の気持ちがわかっていない」


 ディアスからも、そうハッキリ言われたことがある。


 特殊義肢を広めるために必要なものは、コストダウンした上での量産体制の確立。そして、特殊義肢はこんなにも強いのだと魅力みりょくを伝えることである。


 研究と宣伝、二つの意味でまだ彼らを手放すわけにはいかない。


「これからどうするか、迷っているのかい?」


「恥ずかしながら、そういうことです。あ、そうだ。いい機会だからカーディルと一緒にしばらくのんびり暮らすのもいいですね。散歩して、買い物をして、映画を見に行って……」


 よくねえよ、とマルコは心中で歯噛はがみした。金をばんばんかせいで、金をじゃんじゃん使ってもらわねば困る。


「ディアスくん、君は何か趣味しゅみとかないのかい?」


 できれば金のかかる趣味だぞ、と願うがそれはあっさりと却下きゃっかされた。


「ライフルの分解整備ぶんかいせいびくらいでしょうか。たまに射撃訓練場しゃげきくんれんじょうにも行きます」


(オゥ、ジーザス……ッ)


 マルコはろくに信じてもいない神を呪った。若者が趣味を聞かれて返す言葉がそれかよ、と。


 酒は飲むか、薬はやっているかと聞くと、酒に興味はなく、薬は痛み止め目的以外で使ったことはないという。


 何故なぜかとうと、5年前にそれらが手に入る所にあったら確実におぼれていた。そう思うと手を出す気になれないという。この男はどこを突いても重い過去がセットになっているので説得せっとくがしづらい。


 女遊びはどうか、と聞こうとして止めた。質問するだけ時間のムダだ。


「家に帰ってライフルだけいじっている訳じゃないだろう。他に何かないのかい」


「そうですね、あとは……」


 少し、考えた。迷っているというより、言葉を選んでいるようだ。


「キャベツ畑をたがやしています」


「そういう頭の悪いフレーズ、嫌いじゃないよ」


  要するにこいつはライフルとセックスだけが人生だと言い放ったのだ。


 趣味の面から金を使わせることをあきらめ、マルコは引き出しから分厚いカタログを取り出した。


「戦車の改造はどうかな。武装を強化したいって思うことはないかい?」


「あれはいい戦車です。不満はありません」


 嬉しいことを言ってくれるが、今聞きたいのはそんな台詞セリフではない。


「対空ミサイルランチャーなんかおすすめだよ。空を飛ぶミュータントにも対抗たいこうできる」


 ディアスは無言で首を振った。この地方に飛行する中型ミュータントはいない。小型ならライフルで落とせる。


 あまりにもマルコが熱心に勧めるので、一応の義理としてカタログをパラパラとめくっていたディアスの手が、ピタリと止まった。


「博士、もう一度借金を申し込むことは、可能でしょうか……?」


「お、何かいいものあったかい?相談に乗るよ」


 笛吹ふえふけどおどらず、そんな状況に疲れを感じていたマルコが身を乗り出す。


 ディアスは広げたカタログをデスクに置き、ひっくり返してマルコに向ける。指差したページは日常生活用の義肢。


 最新式の五本指、白くとおった、女性用の美しい腕であった。

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