第28話

 左腕を切り落とし、戦車と一体化し、そして半年の時が流れた。


 今、ディアスとカーディルの乗った漆黒しっこくの戦車は荒野を駆けている。初めての実戦投入である。


 戦車の後ろには機関銃を4門搭載した装甲トラックが続いている。荷台にカメラと様々なコンピュータを積み込んだデータ収集用の車両であり、マルコもそこに同乗していた。


 じっくりと慣らしたおかげで、カーディルが車酔くるまよい、あるいは義肢酔ぎしよいとでも呼ぶべきものは起こさなくなった。


 時間をかけた分、マルコは社員たちから随分ずいぶんと文句を言われたようだ。それだけに、今回の遠征で結果を出すことに意気込いきごんでおり、緊張もしていた。


 ディアスたちにしても、なんだかんだで自分たちを守ってくれたマルコの為にも実力を示したい。また、実戦で結果を出せず、やはりこいつらは使えないと追い出されてしまってはたまったものではない。


 適度てきどな緊張感に包まれた一行は、中型ミュータントを探して走り回っていた。野犬サイズの小型ミュータントはちらほらと見えたが、高さ数メートルクラスの中型はなかなか見当たらない。


「いて欲しい時はいなくて、いて欲しくないときに来るのよねこういうのって」


「中型ミュータントにいて欲しいだなんて願う日が来るとは思わなかったよ」


「そうね、あのときは……」


 二人とも、言葉に詰まる。犬蜘蛛におそわれ、仲間が一瞬で惨殺ざんさつされ、カーディルがさらわれたあの日のことをは言葉にはしたくない。


 どれだけ時間がとうとも、全ての思い出が色あせるわけではなかった。セピア色の写真にかかった血の色は薄れない。


 ピー、という電子音が静寂せいじゃくを破った。ディアスのわき設置せっちされたモニターに、モノクロで砂嵐まじりのマルコの姿が映し出された。


「やあ、お二人さん。ドライブ楽しんでる?」


「何かイベントがないと彼女を退屈たいくつさせてしまいそうです。近くに景色けしきの良いレストランとかないですか」


 笑い合う二人を、カーディルは少し意外そうに見ていた。いつの間に冗談を言い合えるほど仲良くなったのだろう、と。


 浮気の心配があるわけではないが、ディアスに自分の知らない一面、交遊関係があるということがなんとなく気に入らなかった。


「人間用のは知らないがね。ハンターオフィスの情報によると、この先でミュータントが食事でもしたんじゃないか、って」


「お客さんの種類はわかりますか?」


 口調くちょうこそふざけているが、その表情は真剣そのものだ。


はらわたを喰われたハンターの死体が見つかったというだけの話だからねぇ。細かい情報はなにもないんだな、これが」


 なんともたよりない話だが、この付近ふきんに中型ミュータントがいるかもしれないという、重要なのはその一点だ。


「ディアス、ここで止まって索敵範囲さくてきはんいを広げてみるわ。後ろにもそう伝えて」


 カーディルは車両を停止させ、目をつぶり全神経をアンテナへと向ける。2倍、3倍と感度を高め、あらゆる生命の存在を探ろうとした。脳内に、光の粒が浮かび上がるレーダーのイメージが展開てんかいする。


 座禅ざぜんを組む達人のような厳粛げんしゅくさを感じさせるその姿に、ディアスは何も言えず見守るしかなかった。何の反応も示さないところを見ると、ここら一帯に中型ミュータントはいないということだろう。


 残念であり、安心もしている複雑ふくざつ心境しんきょうであった。


 今日は空振りだ、誰もがそう思っていた。マルコと研究員たちが帰り支度したくでも始めようかと立ち上がったとき、突如とつじょとしてカーディルが叫んだ。


「三時方向に生命反応!中型ミュータント、来るわ!」


 はじかれたようにみなが準備に取りかかった。砲塔ほうとうを旋回させ、敵を待ち受ける。装甲トラックも指示された方向に機関銃を向けた。


 荒くなる呼吸、汗ばむ手。まばたきもせず、照準しょうじゅんを覗きこむ。


 影が、飛び出してきた。


 ここだ、と最高の自信を持ったタイミングで放った徹甲弾てっこうだん。しかし、予想以上に敵は素早く、その背をかすめることしかできなかった。


 トラックにいたっては反応すらできなかった。1発も応射おうしゃすることなく、敵の体当たりを受けて大きく揺れる。


 マルコたちはふわり、と宙を浮く感覚を味わった。数秒にも、一瞬にも思える体験の後、激しく壁に叩きつけられる。


 装甲トラックが横転おうてんしたのだ。荷台上部に取り付けられた機関銃がむなしく青空を撃つ。


 射線しゃせんがトラックの車体によってふさがれた。このままではミュータントの姿が見えない。


「カーディル、回り込んでくれ!」


 振り向いて叫ぶディアス。 だが、戦車は動かない。


「あ、あぁ……ッ」


 歯をかちかちと打ち鳴らし、その場に固まるカーディル。ゴーグルに顔半分がおおわれていても、おびえの色はハッキリと見てとれる。


 敵は横転したトラックによじ登り、その足で荷台の横腹を撃ち抜いた。たった一撃で20ミリ厚の装甲が貫かれ、数センチ大の穴が開けられた。


 そうだ、よく知っている。あいつが素早いのも、足の一撃が強烈きょうれつであることも。


「つくづくえんがあるらしいな……」


 ましげに呟き、荷台に覆い被さるミュータントを睨み付けた。


 ディアスとカーディルにとっての、悪夢の体現者たいげんしゃ醜悪しゅうあくなる死神。


 犬蜘蛛である。

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