第26話

 義肢ぎし調整ちょうせい稼働かどう順調じゅんちょうであった。だが、神経接続式の戦車はそう簡単にはいかなかった。


 動く。動くには動くが、本来のコンセプトである手足のごとく自在じざいに動かせる新兵器にはほど遠く、普通に動かした方がずっとマシという状態であった。


 また、しばらく動かしているとカーディルが体調不良をうったえるのである。


 実験開始から二週間ほどのある日、カーディルとディアスは戦車に乗り込んで工場裏手の演習場えんしゅうじょうを走っていた。


 カーディルのかたひざに、本来の手足と同じ太さのチューブが付けられており、頭には大きなゴーグルを装着そうちゃくしている。


 ディアスは介添かいぞえとしてすぐそばひかえていた。


 一時間ほど走ると、カーディルの顔に脂汗あぶらあせにじみ出した。顔の上半分がゴーグルにおおわれているのでディアスからは気付きにくい。おそらくもっと前から悪寒おかんを感じていただろう。


 己の迂闊うかつさをめながら、ディアスがさけんだ。


「もう限界だ、実験を中止しよう!」


「大丈夫、まだ、いけるわ……」


 気丈きじょうに答えるもその声に力はなく、すぐに言葉が途切とぎれてあごがあがった。


 まずい、と思う間もなく激しく嘔吐おうとし、びしゃびしゃと音を立てて胃液と朝食のブレンドが床にぶちまけられた。せまい戦車内に刺激臭しげきしゅう充満じゅうまんする。


 ディアスは素早く水筒を取り出し、カーディルの口に当て、かたむけた。口にふくんでうがいして吐き出す。もう一口、今度は飲み込む。


 れタオルでカーディルの口元をいて、吐瀉物としゃぶつ処理キットを取り出して汚物おぶつの処理にかかる。実に手慣てなれた動きであった。

 もう、何度もこんなことを繰り返している。


 通信機を取り上げ、有無うむを言わせぬ口調で言い放つ。


「今日の訓練はこれで中止にします、よろしいですね!」


 工場でデータを取っているマルコの返事も聞かずに受話器を叩きつけ、カーディルの四肢から伸びたチューブを取り外しにかかった。


 ゴーグルを上げると、カーディルの疲労した顔があらわになる。だか、その眼にはまだ闘志とうしの光が宿やどっていた。


「待って、まだ、やれるわ……」


 荒く息をつきながらも気丈に振る舞うカーディル。そのひたいを、ディアスは指で軽く弾いた。


「痛ッ、何すんのよ」


「己の体調を把握はあくし、適切てきせつに行動せよ……ハンターの鉄則だ。無理をしました、やられました。それは俺たちの世界ではただの間抜まぬけだよ」


 短く、それでいてハッキリとしかりつけたあと、安心させるように優しく微笑ほほえみかけた。


「頼むよ、君の身になにかあったら俺はとても悲しい。ここはひとつ、俺のためと思って退いてはくれないか」


 カーディルとしても、ここまで言われては引き下がらざるを得ない。軽くため息をつく。それは己の強情ごうじょうさと、ディアスに心配をかけてしまったことに対するものだ。


「ごめん。それじゃあ、部屋までエスコートしてくれる?」


 ディアスは操作を通常モードに切り替え、戦車を工場へと向けて走らせた。


 まだ操縦そうじゅうに慣れていない。壁に激突して破壊するようなことはなくなったが、おっかなびっくり動かしていると有様ありさまで、振動しんどうもひどい。


 ディアスのすぐ隣の席にシートベルトで固定されたカーディルはまだ吐き気が収まっていないのか、青白い顔をしている。


 そんな彼女にまた水筒を差し出すと、どうせ帰るのだからと一気に飲み干した。


「いつになったら成功するのかしらね……」


あせるなよ。人類初のこころみなんだ、そう簡単に成果がでるはずもない」


「それはそうだけど……」


  何かを言いかけて、口を閉じた。言葉にはしなくても、ディアスにはその気持ちがよく理解できる。思いをつなぐように、言葉を続けた。


「俺たちはずっと、目に見えない不安に追われ続けてきた。君が焦る気持ちは、そのまま俺のものでもある。それでも、確実に前へ進んで来たんだ。それだけは自信を持ってもいいと思う」


「そうね。最悪からの出発だったけど、あのころよりはずっと、ね」


 戦車が工場にたどり着くまで、どこか遠くを見るようなディアスの横顔を、カーディルはきずにながめていた。

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