第24話

「カーディルくんを実験体じっけんたい指名しめいした理由はご理解いただけたかな?」


 静寂せいじゃくのガレージにマルコの声がひびきわたる。生体せいたい兵器へいきわせ、新たなる生命を産み出さんとする魔人まじん哄笑こうしょう


「なんたって戦車を動かすんだ。腕一本くらいでは足りない。両手両足、フル稼働かどうさせるくらいでないとねぇ」


「ちょっと待ってください。カーディルにはまだ左腕が残っていますよ」


 あわてて訂正ていせいするディアスに、マルコは事も無げに言い放った。


邪魔じゃまだから切るしかないね」


 ディアスは耳をうたがい、言葉を失った。


ひじまで残った右腕も、肩までめよう」


 両手を失うことと、片手を失うことではまるで状況がことなる。カーディルにとって残された左手は唯一ゆいいつ許された自由行動だ。左手があればこそ簡単な食事は取れるし、本も読める。苦労はするが自分でトイレにだって行ける。


 残された希望を、この男は邪魔の一語で済ませ、切り落としてしまおうと言うのだ。こいつはカーディルの気持ちを少しでも考えたのか。いや、他人の気持ちがまるで理解できないのか。


 沸々ふつふついかりがこり、ディアスは目だけを動かして周囲しゅういを見渡した。


 マルコがつかんでいたマシンガンはどこへいったか。それを戦車の上に見つけた。


 製造過程せいぞうかていで流れてきたものだ。当然、弾は入っていないだろうし、撃てるかどうかもわからない。だが、鈍器としては充分じゅうぶん威力いりょくがあるはずだ。


 一度、やったことがある。


 そんなディアスの物騒ぶっそうな考えはカーディルによってさえぎられた。


「わかりました。その話、お受けします」


 車イスから落ちないように気を付けながら深く頭を下げる。


「待て待て、ちょっと待て!カーディル、君は自分で何を言っているのかわかっているのか!?左腕を切り落とすって、そういう話だぞ!」


「くたばりぞこないにもう一度、戦う機会きかいを……機械きかいを、与えてくれるという話でしょう?」


 堂々どうどうとした宣言せんげん。その毅然きぜんとした美しさは玉座ぎょくざ女王じょおうおもわせ、ディアスを圧倒あっとうだまらせた。


「そもそも!あなたは私に黙って実験台になるから助けてくれだなんて話を進めて!自分はよくて、私は駄目だめだってそう言いたいわけ!?」


「いや、そういうわけでもないのだか……」


 カーディルが説教せっきょうし、ディアスが狼狽うろたえるという、なにやらめずしい光景こうけい展開てんかいされた。いや、むしろこの二人の本来の性格を考慮こうりょすればこれが正しい姿なのかもしれない。


 二人の間に、まぁまぁと言ってマルコが割って入る。見た目だけなら完全に、夫婦喧嘩ふうふげんかを止めようとする近所のおじさんだ。


「腕を切れと言った張本人ちょうほんにんが言うのもなんだけどね、ここはカーディルくんが正しいと思うよ。残される者のことを考えない自己犠牲じこぎせいなんて迷惑めいわくなだけさ」


「ぬ……おっしゃる通りです……」


 ぐったりとうなだれるディアス。熱くなりやすいが、話せばわかるというのは彼のいいところだと考えながらマルコは話を進めた。


「こちらで部屋を用意するから、まずはゆっくり体力の回復につとめておくれよ。接続用ユニットを付ける手術はその後だね。こっちの準備もあるし、だいたい一週間後くらいかな」


「はい、よろしくお願いします」


「そんなにかしこまることはない。僕らはこれから長い付き合いになる、良きパートナーだ。ふ、ふ……」


 不穏ふおんかげを残しつつも、さいげられた。心からの納得はできす、苦渋くじゅうの表情を浮かべるディアスに、カーディルが優しく微笑ほほえみかける。


「これで私たち、一緒に戦えるわね」


 その笑顔に答える言葉を持たず、ただうつむくことしかできなかった。

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