第19話

 二人が精神のみならず、肉体的にもむすばれたのは当然の帰結きけつといえるだろう。むしろ遅すぎたくらいである。


 ディアスがある日、狩りから戻ると、カーディルは少し緊張した面持おももちで、体をいて欲しいといった。


「ええと……俺が?」


「他に誰がいると思う?」


 もっともな話だ。ここは病室ではなく、カーディルの世話をするものはディアスの他にない。


 部屋のすみに置いたポリタンクから洗面器に水を注ぎ、タオルをひたす。


 緊張しながらも、時間をかけてカーディルの服のボタンを外した。


 二つに分かれたシャツの隙間すきまから、白い肌と、ゆたかな乳房が現れた。さくら色の突起がちらちらと見えて、ディアスの視線がそこへ向いたり、理性をもって外したりとせわしなく動く。


 カーディルの今現在の服装は、上は大きめのシャツ一枚、下はショーツ一枚と、よくよく考えれば扇情的エロティックに過ぎる。


 これからどうしたものか、彼女はどういうつもりなのかと悩み、戸惑とまどいながらタオルを固くしぼるディアスの背に声がかかる。


「ねえ、ディアス。あなたは私になにかと遠慮えんりょしているのだろうけど、たまにはあなたの方から強く求めて欲しいの。そうでなければ不安になるわ」


 襟元えりもとを指でもてあそび、シャツをひらひらと動かす。正直なところ、かなり恥ずかしい。これでディアスが乗ってこなければただの痴女バカだ。強がってはみたものの、今になってほおしゅがさした。


 実際のところどうなのだろうか、という不安はある。事件の前ならいざ知らず、手足がもがれ、つやがあり美しい髪も今は白髪混じりだ。救出時に比べれば多少ましにはなったものの、体はほそりあばら骨が少し浮いているといった具合だ。


(私に女としての魅力は残っているのかな。ディアスはどう思っているんだろう……)


 聞きたかったが、言葉にならなかった。答えを聞くのが怖かった。


 臓器ぞうき鷲掴わしづかみにされているような息苦しさに耐えていると、突如とつじょとして視界がぐるりと回った。押し倒されたのだと理解するまでに数秒の時を要した。


 ディアスの体がおおかぶさり、くちびるは唇にふさがれ、武骨ぶこつな手がシャツを大きく開いて胸元を探る。やがて唇を離すと、ディアスが耳元でささやいた。


「俺も、ずっとこうしたかったんだ。君が欲しかった……」


 カーディルは心中で快哉かいさいを叫んだ。ディアスからの自分を見る目に情欲じょうよくの熱があるだろうことはわかっていた。だが、手足をなくした己が身と比べると、愛される資格があるのだろうかという不安が鎖のようにからみ付いていた。


 今、ディアスに激しく求められている。それだけであらゆる劣等感コンプレックスが溶けていくようであった。


 快哉を叫ぶとはいうものの、さすがにロマンティックな初体験、情事じょうじの最中に


(よっしゃあ!)


 ……などと本当に叫ぶわけにもいかず、代わりに自らの体を押し付けるように、ディアスの背に回した左腕に力を込めた。


 力強くも優しい愛撫あいぶ恍惚こうこつと身を任せ、やがてディアス自身が侵入を果たしたとき、カーディルの目元から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……つら「いのか?」


 痛い、ではなく、辛いかと聞くところにディアスの苦悩くのうにじみ出ていた。


「馬鹿ね。今さら何を言っているのよ」


 カーディルは笑って、ディアスの鼻をまんでみせた。困惑こんわくしながら身を起こし鼻をひくひくと動かすディアスを、カーディルはしてやったりと満足げに笑って見ていた。


「私は今、多分……幸せなんだなって、そう思っていたのよ」


 ディアスの困惑はますます深まった。


 手足を食われ、地獄をさ迷い、地下牢にも似た一室で冴えない男に抱かれて何が幸せなのかと。


 つながったまましばし考え、思い直す。彼女が幸せだと言うのであれば、やるべきことはおのれ卑下ひげすることではないだろう。


 無茶でも無理でもなんでもいい。少しずつ前に進むことだ。金を貯めて義肢ぎしを買おう。全部いっぺんにでなくてもいい、両手がそろっているだけでもずいぶんと違うはずた。


 カーディルのうるんだ目をまっすぐに見据みすえ、優しく囁いた。


「愛しているよ、カーディル」


 万感ばんかんの想いを込めた告白に、カーディルは泣きながら笑っていた。

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