第17話

 別れたあとも、マルコという男のことが気になっていた。


 そこでカーディルに他の医師いし看護師かんごしに話を聞いて、マルコとはどういう人物なのかできる範囲はんいで調べてくれないかと依頼したところ、カーディルは乗り気になってこころよく引き受けてくれた。


 身動きが取れず、病院のロビーに行くこともできないので、無理はするなと伝えたが、彼女は己の使命しめいを見つけたかのごとく張り切っていた。


 今さら、ちょっと気になっただけなんだけど、とは言えないディアスであった。


 神経接続式の義肢ぎしについても話してみたが、こちらの反応はうすかった。


 彼女もまた、独りで悩みに悩んだのだろう。病院の関係者が日に一度か二度訪れる、数少ない他者との交流のさいにあれこれと聞き出し、そして金銭という壁にはばまれたようだ。


「ねぇディアス、お願いだから無理はしないで。躍起やっきになって無理をして、死んでしまったらもともないのよ」

 と、逆に心配される始末しまつである。


「生きてこそ、あなたが生きていてこそよ……」

 カーディルの深い愛情と哀しみをたたえたひとみがディアスをじっと見つめている。


 彼女の想いは涙が出るほどありがたい。その一方で

(このままでいいはずがない……)

 と、いう考えが脳内を大きく占拠せんきょしていた。


 希望が見えたがそれはあまりにも遠く、手が届かない。

 例えるならば洞窟どうくつの奥深くで金塊きんかいを見つけたがあまりにも重く、持ち帰れないようなものだ。けずる道具も、かす手段もない。帰りを待つ者を思い浮かべながら、つめがれ血が吹き出るほどにき泣き叫ぶしかない状況だ。


 無理をするなと念押ねんおしするカーディルを安心させるため、彼女のただ一本残った左手を両の手で包み、約束すると優しく声をかけた。


 だが、そのときディアスの手の固さが伝わり

(この人は義肢についてあきらめていない、手にいれる可能性を頭のすみに置いたままだ。そしてきっとまた私のために危険なことをするんだ……)


 こうした何気ないところから男のうそ露見ろけんする。違和感いわかんを感じとる力、ぞくにいう女のカンの恐ろしさをディアスはまだ知らなかった。




 後日、カーディルはマルコという自称博士の情報をしっかり集めてみせたとほこらしげに語った。


 看護師にはうわさ好きが多いのか、あるいは普段からふさぎこんでいる患者が珍しく話しかけてきたので付き合ってくれたのか。いずれにせよありがたいことである。

 ディアスは顔も知らぬ看護師に心の中で感謝した。


 本人も語っていた通り、マルコはここにつとめる医師ではない。街にある工場のオーナーだという話だ。


「工場?なんでそんな人が白衣を着て病院の手伝いをやっているんだ。そもそも何の工場なんだい?」


「うぅん、何て言えばいいのかな。一言で表現すれば……ハンターのよろず屋?」


「よろず屋、って……ずいぶんと古くさい表現をするものだなぁ」


「そうとしか言いようがないのよ。ちゃんと説明してあげるから、先生のいうことを聞きなさいディアスくん」


 明るく笑うカーディルを見ていると、ディアスも胸のうちが暖かくなるような嬉しさを感じた。飛びかかって抱きしめたい衝動しょうどうおさえつつ、うなずいていてカーディルの話をうながした。


「銃や弾薬の生産、戦車の整備、ハンターの活動にかんするあれやこれやと手広くやっているんだってさ」


 ディアスは街にある工場をいくつか思い浮かべた。あれだろうか、こっちだろうかと考えるがまとまらない。彼のような小粒のハンターは直接工場と交渉などせず、弾薬は小売店で購入しているので馴染なじみがないのだ。


 しかしそれではただの武器商人であって、何でも屋というほどではないのではないか。そんなディアスの疑問の顔を読み取ってか、カーディルが続けた。


「手を食われたり、足を吹っ飛ばされたり、そういうハンターのために義肢の調整ちょうせいなんかもやっているんだってさ」


 なるほど、義肢にくわしくハンターの事情じじょうに通じているわけである。


「サイバネ医学の心得こころえがあるから手伝いに来ているというわけか。あるいは客でも探しているのか?」


 俺は貧乏人だから門前払もんぜんばらいされたけどな、とも考えたが自虐じぎゃくが過ぎるので口にはしなかった。


 カーディルは急に声をひそめて、しかしどこか楽しんでいるような口調でいった。


「ここからは噂話うわさばなしたぐいなんだけど……工場では怪しい人体実験をやっていて、その被験者ひけんしゃを探しているとか、いないとか……」


 そんなバカな、と言おうとしたが、口許くちもとが引きつって言葉にはならなかった。

 握手をしたときや、目の奥をのぞきこんだときに走った悪寒おかんよみがえる。ありえない、ただの噂と切り捨てる気にはなれなかった。


「ここは笑うところよ?なんでオバケを怖がる子供みたいな顔をしているのよ」


「うむ……本当になんでだろうな」


「一人でおトイレ行ける?お姉さんが付いていってあげようか?」


「行けなかったらあらためてお願いしに行くよ」


 二人、顔を見合わせて笑った。

 こんな冗談が言い合える日が来るとは思わなかった。


 カーディルはふと、優しげに微笑ほほえみ、

「私、あなたの役に立てた?」と、聞いた。


 そこでディアスはようやく気がついた。彼女がさきほどから上機嫌であるのは、

(俺の為に働くことができたからではなかろうか……?)


 それは自惚うぬぼれがぎる発想かもしれない。だが彼女の笑顔を見ているとそう信じたくもなる。


「それはもう、俺の期待きたい以上にやってくれたよ。本当にありがとう!いや、素晴らしい、実に、実に……」


 ひとをめることも女の機嫌きげんを取ることも不馴ふなれなディアスであったが、この時ばかりはカーディルの健気けなげな想いに応えるために貧相ひんそう語彙力ごいりょくしぼって賞賛しょうさんした。


 のちに、この怪しげな噂を聞いておいたことが命運めいうんを分けることになろうとは、今は想像すらしていなかった。

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