第13話

 ディアスはソロハンターとして活動していた。


 敵を追い込むことができず、多数を相手にすることもできない。れから離れた小型ミュータントを探して狙撃そげきする。非効率ひこうりつだが他に方法はなかった。


 倒したミュータントはその体の一部を切り取り、あかしとして提出ていしゅつするのがハンターオフィスのルールである。

 ライフルによる遠距離射撃えんきょりしゃげきを主な攻撃方法としているため、倒してから証拠を取りに行くまで数十メートルも歩かねばならない。直射日光の下、足場の悪い岩の突き出た道を何度も往復せねばならないのだ。敵を倒しても、倒せなくても、ディアスの体力はけずり取られ続けた。


 倒した死骸しがい辿たどく前に、他の複数人で構成されたチームに横取りされたことも幾度いくどとなくある。建前上、ハンター同士の殺し合いはご法度はっとであるが、特に監視かんしされているわけではないので信用はできない。


 武器をもった集団が少数を取り囲んだとき、人は際限さいげんなく傲慢ごうまんになれる。ディアスはそれをよく理解していた。口論こうろんすえ殺害さつがいされる光景こうけい容易よういに想像できる。横取りされた場合は黙って立ち去り、次の獲物を探すことにしていた。


 世の理不尽りふじんを飲み込むたびに、体が重くなっていくような気分であった。


 犬蜘蛛の情報をハンターオフィスに報告して情報料をもらおうともしたが、これはすでにに報告済みで、片目を潰したことも一切考慮いっさいこうりょされなかった。

 その後、ベテランのハンターチームにあっさりと狩られ酒代として消えたと風のうわさに聞いた。


 あの子犬蜘蛛たちはどうなったかと少しだけ気になったが、頭を振って忘れることにした。


 数十匹の子犬蜘蛛たちが全て成虫となり、街を襲撃しゅうげきすれば、たちまち壊滅かいめつすることになる。また、手足をわれたカーディルの前で、あの子たちがかわいそうだなどと絶対に言えるものではない。


 愛を利用し、その目を潰した罪をつぐなう方法さえわからぬまま、あわれなミュータントの親子は砂地に消えた。


 所詮しょせんこの世は弱肉強食と人は言う。だが、格好かっこうつけてうそぶくのではなく、真にその意味を理解して言う者はどれだけいるだろうか。


 子の生首を投げつけられ、動揺どうようする者を指差して、馬鹿な奴だと高笑いするのが現実を理解した、立派なハンターなのか。


 それだけは、納得できない。




 朝からミュータントを狩りに出かけて、夕方には病院に見舞いに行くというサイクルをり返していた。


 カーディルの精神状態はひどく不安定で、その対応は日によってまちまちである。ディアスを優しくねぎらうこともあり、激しく罵倒ばとうすることもあった。


 ディアスはそれら全てを黙って受け止めた。過程はともかく、彼女を守り切れなかったという結果は事実だ。


 躁鬱そううついずれにせよ、別れぎわには泣き出しそうな顔で「また来てほしい」と、懇願こんがんすることだけは変わらなかった。


 カーディルに必要とされている、それだけがディアスの胸に残った希望であり快楽かいらくであった。だが、それにすがって生きるにはあまりにもか細い。


 心身しんしんともに磨耗まもうしきっていた。金を稼ぐために無茶な狩りを続けていることもあるが、なによりこの生活のてに改善かいぜんされる道が見えないとこが苦しい。


 いつか良くなるということであれば今の苦しみに耐えることもできる。だが、苦しんだ挙げ句に野垂のたにするしかないのであれば、これが地獄でなくてなんであろうか。


 カーディルにも同じことがいえる。手足を失いハンターとしての活動はおろか、日常生活すら一人では送れない。

 今日生きて、明日生き延びて、それからどうなる。


 ディアスがいない間、彼女はただ独り不安に押し潰されそうになりながら天井を見上げて待っているのだ。


 ディアスは一日のなかで、じっとライフルを見つめて過ごす時間が増えた。

 どこへ向かって撃てばいい、物言わぬ人殺しの道具が答えるはずもないが、問いかけずにはいられなかった。


 ある日の夕方、病院に見舞いに行くと、廊下ろうか見覚みおぼえのある女とすれ違った。


 露骨ろこつ悪意あくいのこもった視線に射ぬかれ、さて誰であったかとしばし考えた。

 あの事件が起こるまで仲間だった女だと、ようやく思い出した頃にはその背は視界から消えていた。


 ディアスが特別、記憶力が悪いというわけではない。今は目の前の問題を片付けることに追われ、他の全ては過去のことだ。

 かつての仲間など、ブラウン管に映る人間に等しい。姿が見え、声が聞こえようと、どうしようもないほどへだたれた赤の他人である。


 女はカーディルの病室がある方向から歩いてきた。これは偶然ぐうぜんではあるまい。見舞いに行き、何事かを話したのだろう。


 あのとき、何もしなかった奴が知った風な顔をして毒にも薬にもならぬなぐさめや、説教せっきょうでもしていったのかと思うと不快感ふかいかんこる。まるで開けた口に蝿が飛び込んできたような気分だ。


 カーディルと自分だけの世界に、土足で踏み込んだ奴がいる。感情が磨耗し、無表情が習慣になっていたディアスの顔に、久々に怒りが浮き上がる。


 しかし、そんな顔のまま見舞いに行くわけにもいかず、病室の前で気を落ち着ける必要があった。


「何をやっているんだ俺は……」


 薄暗い廊下に、その独白どくはくを聞く者は誰もいない。

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