第7話

 まだ風にさらわれていない真新まあたらしい巨大蜘蛛の足跡あしあとと、何かを引きずったようなあと


 ディアスはかわいた大地をみしめながらおのれに問う。何故なぜこんなことをしているのだろうかと。


 たとえカーディルを助け出すことができたとしても、仲間たちがまた受け入れてくれるとは思えない。誰もが納得しないだろう。


 仲間も、ディアス自身も。


 よくよく考えてみれば、仲間として共に戦っていた頃からカーディルとは仕事以外の話をした覚えが無い。他にはせいぜい挨拶あいさつと天気の話くらいか。そんな相手をなぜ助けに行くのか。助け出すことができたとして、何の見返りも無いはずだ。


 対して敵は仲間たちを一瞬いっしゅんほふり、暴風ぼうふうごとく去っていったミュータントである。ハンターとして武器も経験も貧弱ひんじゃくな青年の手に負えるものではない。


 助ける、などと口にすること自体が盲目的もうもくてきですらある。8割方、ただの自殺だ。


「本当に、馬鹿みたいだな……」


 自嘲じちょうしながらも歩みは止まらない。


 しばらく考えながら歩き、ふと気付いたことがあった。自分は、この状況を心のどこかで楽しんでいる、と。


 生きていても良いことのない人生であり、この先良くなる希望は微塵みじんもない。これといった死ぬ理由がないから生きているだけである。


 そして今、もっともらしい理由ができた。魔物にさらわれた美しいお姫様を単身、助けに行く。これこそ男の子のロマンだ。


 お姫様の笑顔が自分に向けられはしないだろうということが難点ではあるが、どうせなかばば死ぬつもりなのだ。必死に助けようとはした、その事実、建前さえあればあとはどうでもいい。


 彼はすべてに納得した。己が死の運命さだめも、チーム内でうとんじられていたことも。


 いつも目の端で死のかげを追っているような奴と話が合おうはずもない。


 ライフルを肩から下ろして目線の高さまで持ち上がると、銃床にベッタリと乾いた血がこびりついていた。


「ちょっと悪いことしちまったかな……」


 と、苦笑したものの、わずかな罪悪感はすぐに霧散むさんした。疎んじられる理由はわかったが、侮辱ぶじょくされて黙っていなければならない義理はない。


 開き直りにも似た暗い笑みが浮かび上がり、彼の歩みはいっそう力強さを増した。


 戦いのなかで華々はなばなしく散る、それは殺しあいを生業なりわいとする者にすべてにとって甘美かんび誘惑ゆうわくだ。これに関しては彼が特に例外というわけでもない。


 だが死の運命を受け入れてなお、彼の見通しは甘かった。社会という他人との関り合いのなかで、何の後腐あとくされもなくきれいさっぱり死ぬことが、いかに難しいかということを。

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