砂狼の回顧録

第6話

 5年前、ディアスとカーディルの他に6人の仲間がいた。ひとつふたつの差はあれど、ほぼ同じ世代の少年少女たちであった。


 当時は戦車など持ってはいなかった。ライフル、マシンガン、火炎放射機など、それぞれ得物えものを手にとって小型のミュータントを狩るチームだ。


 カーディルはその美しさと、聡明そうめいさでチームの中心であった。対してディアスはとにかく地味であり、いうなれば愚鈍剛直ぐどんごうちょくの人柄である。会話のなかに入ることもあまりなかった。いや、正確にいえば入れなかったのだ。


  仕事はこなしている。腕も悪くない。だが、人の輪から外れた者はあなどりを受けやすいもので、チームのなかではディアスを軽く見る、そうやって見てもいい空気のようなものが出来上がっていた。


 彼よりもずっと腕のおとる者から、置いてやっているのだからありがたく思えといった態度を取られたことも幾度いくどとなくある。


 こうなるとチームを離れてよそに行くのが最善さいぜんなのだろうが、ディアスの狙撃そげきの腕はあくまでそれなりといったところであり、他のところでもろ手をあげて歓迎かんげいされるわけでもないだろう。要するに受け入れられたところで今と変わらず、置物のような扱いをされるだけだ。


  口下手なので鞍替くらがえの交渉こうしょうができるとも思えず、結局は不満を抱きながらも現状に甘んじていた。


 いつものように、チームから離れる機会はないかと頭の片隅かたすみに置きながら狩りをしていると、突如とつじょとして中型のミュータントが乱入してきた。


 蜘蛛くもの体に、犬の頭を持ったおぞましい姿だ。自然の摂理せつりとしてありない姿であり、あり得ないからこそのミュータントでもある。


 その頭も可愛かわいいわんちゃんなどではない。目を真っ赤に血走らせ、常にきばき出して口の両端りょうたんからよだれがとめどなく流れ落ちる。


 高さ2メートルほどの、蜘蛛と犬の融合体ゆうごうたい狂犬病きょうけんびょうのような状態でおそいかかってくるのだ、中型ミュータントとの戦闘経験のない彼らが恐慌きょうこうおちいるのも無理からぬことであった。


 犬蜘蛛いぬぐもの突進でひとり、岩壁いわかべに叩きつけられ即死した。さらにもうひとりが蜘蛛の足で腹部をつらぬかれ、血の泡を吐いている。


「うわああああ!」


 残った者たちは叫びながら、それぞれが手にした武器を狙いもつけずに乱射した。腹に蜘蛛の足が刺さったままの男が憎悪ぞうおの視線を向けてくるが、そんなものはお構いなしに銃弾が飛び交い、男の頭部は狂乱きょうらん鉛弾なまりだま蹂躙じゅうりんされ肉片にくへんと化した。


 最後の呪いの言葉を誰も耳にしていない。いや、たとえ聞いていたとしてもこの恐慌状態きょうこうじょうたいでは理解も出来なかったであろう。


 銃弾の雨などお構いなしに、犬蜘蛛はさらに突撃し、カーディルの足に牙を突き立て持ち上げた。


 仲間たちは躊躇ためらった。先程のように、明らかに助からぬ者を犠牲ぎせいにするのとは訳が違う。ましてや、砂漠に咲く花のごとき少女を、己が手でみにくい肉片にしようなどと……。


 彼らの心情など、どうでもいいとばかりに犬蜘蛛はまた、現れた時と同じようにすさまじい速さで去っていった。わずか十数秒の間に起きた惨劇さんげきである。


 つい先程まで狂暴なミュータントがいたことなど信じられないような静寂せいじゃくに包まれた。大量の薬きょうと、二人の死体が残り、カーディルの絶望に満ちた悲鳴が耳の奥に貼り付くのみである。


 恐怖にで顔をひきつらせる者がいた。自分は助かったと薄暗い笑みを浮かべる者がいた。誰もが言葉を発することなく、その場を動けずにいた。


 そんな中、ディアスは唇をみしめ、愛用のライフルをかつぎ直すと黙って歩き出した。カーディルがかどわかされた方角へ向けて、力強く。


「おい、どこへ行くんだ」


 後ろから声をかけられるが、答えない。ただ前だけを見据みすえて突き進む。


「何をしているんだって聞いているだろうが!」


 乱暴に肩をつかまれるが、これを振り払った。いや、相手の腕を殴ったというべきか。彼もまた冷静ではいられなかった。


 肩を掴んだ男は先程の恐怖のために腰が抜けていたのか、勢い余ってどすんと尻もちをついた。


「邪魔をするな」


 侮蔑ぶべつの視線と共にただ一言だけいい放ち、また歩み出す。男はしばらくぽかんと口を開けて見送っていたが、やがて己を取り戻すと顔面をあけに染めてわめき散らした。


 いわく、勝手な行動は全員の命に関わる。助けるならばしっかり準備をしてから行くべきだ。中型以上のミュータントを発見したならハンターオフィスに報告の義務がある。


 どれも正論である。カーディルの命に余裕があり、こいつらが負け犬の目をしていなければの話だが。


「いつからてめえはそんなにえらくなったぁ!?」


 わざわざ小走りに寄ってきて、すぐ横を歩く男がつばを飛ばしながら叫ぶ。


 それはこっちの台詞せりふだ、とディアスの中に苛立いらだちがもってきた。こちらが何も言わないからと、勝手に自分が無条件で上位の存在だと思い込み尊大そんだいに振る舞っていた奴が。本当に知りたい、いつからそんなに偉くなったのか……。


 ディアスが鼻で笑うと、男の怒りが頂点に達したか、腰の拳銃けんじゅうに手がのびる。それを目の端でとらえたディアスは振り向きざまにライフルの銃床じゅうしょうで男の頭を殴り付けた。


 血が噴き出し、糸が切れたように男はその場でがくりとくずれ落ちる。意識のない危険な倒れかただったが、もはやディアスにとってこの男の命など些末さまつなことでしかなかった。


 残された仲間たちはそれぞれが辺りを見回したり、腰を浮かそうとしたりと、何か行動を起こそうとしていたのだろうが、結局は何もできぬままディアスの背を見失った。

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