第5話

 ハンターオフィスで賞金を受け取り、ディアスは整備工場へと戻っていた。


 工場長の執務室しつむしつたずね、デスクをはさんで対面している。そのデスクの上には賞金のうち9割にあたるクレジットがみ上げられていた。


「今回の支払いと、整備せいび燃料弾薬ねんりょうだんやく補給はきゅうをお願いします」


 ディアスの声に少しだけ硬さがあった。 目の前の男に問題があるわけではない。先程のハンターオフィスで残った不快感ふかいかんを表に出さないよう、感情を押し込めた結果である。


 白衣に身を包み、分厚い眼鏡めがねの奥底にいつも薄笑うすわらいを浮かべた男。名をマルコという。工場を取り仕切るよりも研究者、開発者という色合いが強く、周囲の人達には博士と呼ばせていた。


 この街とその周辺に学会は無い。論文を提出したこともない。だが研究に没頭ぼっとうする一種の芸術家のかげを含んだ表情と、彼の開発成果である様々な兵器を見れば、博士と呼ぶことに異論を持つ者はいなかった。


 少々大人げない話だが、彼は工場長と呼ばれると、それが己に対して投げかけられているのだと理解していても返事をしない。


 マルコは金の入ったプラスチックケースを摘み上げ、デスクに置かれた四角い機械に次々と放り込んだ。クレジットを数えると同時に、金の真贋しんがんを確める装置である。


 数え終え、数値が表示される。マルコの顔から薄笑いが消えて、クレジットの山とディアスの顔をと交互こうごに見比べる。クレジットをいくつか選んでディアスの前へと押し返した。


 まさか偽金にせがねでもじっていたのかとディアスが身構みがまえていると、マルコは満面の笑みを浮かべていった。


「これ、おつりね」


「……なんですと?」


「なにって、君はローンの支払いで賞金首を狩るたびにこうして毎回、クレジットを支払っていたんじやなかったのかい?」


「確かにそうですが、意外に早かったもので」


「早くもないさ。あれからもう5年だ」


 マルコは天井を見上げて過去に思いをせる。いかにも金にえんの無さそうな薄汚れた少年と、手足を失いうつろな目をした少女の姿が今でもハッキリと思い出せた。


「あのときは驚いたよ。いきなりやって来て、何でもするからこいつに義肢ぎしをつけて欲しいときたもんだ」


  思い出話に笑うマルコ。ディアスは少し気まずそうにして顔を伏せた。


「博士のところで人体実験の材料を探していると聞いたもので。それなら自分が引きえになってでも、と……」


「ひどいなあ。そんな噂、信じたのかい?」


「怪しげな噂でも、それにすがる以外に道はありませんでした」


 言葉を発するたびに、舌の奥から苦いものがにじみ出るような思いであった。


「なんのもない男です。差し出せるものは命以外にありませんから……」


 その言葉は過去か、現在か、いずれへ向けられたものであろうか。

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