第2話

 改めてライフルをかついで外に出ると、強烈な日差しが降り注ぎディアスは顔をしかめた。


 戦車の外部装甲も肉が焼けるほどに温まっており、分厚い手袋ごしにも熱が伝わってきた。これはたまらんとばかりにあわてて戦車からかけ降りる。


 猿の死骸しがいから3メートルほどのところで立ち止まり、無造作むぞうさにライフルの銃口を向ける。呼吸は止り、血は乾きかけてねばりをみせている。そもそも徹甲弾が胸の中央を占拠せんきょしているのだ、これで生きているはずがない。


 だが、ここから油断できないのがミュータントだ。首がもげても心臓が止まっても、しばらくは動き出す生き物は存在する。こうした体勢から油断をして命を落とした者を幾人いくにんも見てきたし、ディアス自身も危機におちいったことがある。


 死者をはずかしめることは本意ではないが、それがハンターとミュータントの戦いだ。ディアスは自分にそう言い聞かせながら、猿の死骸に数発、弾丸を撃ち込んだ。弾丸がめり込むたびに体がねるが、それ以外の反応はない。


 さらに数十秒、様子を見る。この地方特有の肉食蝿にくしょくばえが数匹寄ってきた。ようやく安全だと判断して、ライフルを肩から下ろし、チェーンソーを担いで猿の死骸に近寄った。


 手で蠅を追い払おうと振ってみたがまったくの無意味なので我慢がまんするしかない。


 猿の見開かれた目にそっと指先をわせて、まぶたを落とした。一礼し、チェーンソーを首すじに当て、稼働かどうさせた。


 血が、肉が、真っ直ぐ線を描いて飛び散る。少しずつ筋肉繊維を切り離し、頭と首が切り離されてゆく。こうした作業に慣れているのか手際てぎわがよく、ディアスに返り血が浴びせられることはない。




 一連の流れをカーディルは再度、外部カメラと視覚を連動して見ていた。その表情にわずかな不快感ふかいかんが浮かぶ。


 飛び回る肉食蝿に生理的な嫌悪がある。それ以上に彼女は全てのミュータントを憎悪していた。


 死力を尽くし戦った相手は敵であろうと敬意を示す、それはきっと彼の美点なのだろう。だが、できればパートナーには同じ方向を向いていて欲しかった。未来も、愛情も、そして悪意すらも。


 愛する男への想いのなかに、そんな暗いノイズが混ざっていることを自覚し自己嫌悪じこけんおに襲われた。


 生きたまま手足を食われ、蛆虫うじむしを植え付けられた記憶がよみがり、なくしたはずの四肢ししが気の狂いそうな痛みとかゆみを呼び起こす。今すぐ4本のチューブを引きちぎって、転がり、泣き叫びたい衝動しょうどうにかられた。


 唇をみしめ目を閉じてじっと耐えていると、突如頭上で重たい金属音がした。弾かれたように身を震わせて、それを見上げた。


 ディアスだ。ミュータントではない。


「ディアス……おかえりなさい」


「うん、ただいま。……って、少し出ていただけだろう」


 先ほどまでミュータントの首を切り落としていたとは思えぬ優し気な声を出し、攻撃的な太陽から逃げるように車内へ滑り込んだ。重たくなったクーラーボックスを車内に放り込む。


 十数分外に出ていただけで全身が汗みずくである。カーディルが車内冷房を強くすると、ディアスは笑顔で振り向いて「ありがとう」と、礼をいった。


 それだけで、少しだけむくわれた気がした。

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