薔薇香る憂鬱
きし あきら
紅薔薇と青つばめ
ある国に、やさしい王さまが住んでいました。
なかでも愛されていたのは、あふれるように若い
「この庭のだれよりも美しいおまえ。私はいつでも、おまえを愛しているよ」
長いことそんなふうにされるうち、薔薇はだんだんと
「ああ、王さまの言うことは本当だわ。あたしったら、なんて
そう言って、すこしでも気に入らないことがあると、ほかの花をたたくふりをするようになりました。
どれくらいかが
「薔薇よ。おまえのわがままがあんまり過ぎるので、このたび
「あら、そんなふうに
これを聞いた王さまがひとつ息をつくうちに、
王さまだってずいぶん悲しがりましたが、薔薇も自分のつらいすがたに、毎日を泣いて暮らすようになりました。そのうえ、とげだけは残っていましたから、ほかの花たちは遠くから、かつての薔薇を
「薔薇さん、元気を出してください。どんなすがたになったとしても、あなたには綺麗な心があるじゃないですか」
顔をあげた薔薇は、けれどもそれが鳥だとわかると、とてもいやそうにしました。声をかけたもらえた
「だれかと思えば、つばめさん。
「あなたが悲しんでいるのを見ていられないんですよ。ね、またみんなで遊びましょう。楽しいことを思い出しましょう」
薔薇はうんざりして言いました。
「あなたに、なにがわかるっていうの。あたしはいま、とってもみじめなんだから、ほうっておいてちょうだい」
それから、いく月かが経ちました。何度追いかえしても、つばめはたびたび
「いい加減にしてちょうだい。今日こそ、このとげでたたいてやるわ」
うつむいてばかりいた薔薇は、前よりもっとくしゃくしゃになったからだを伸ばして、つばめをたたこうとしました。
「いけません、薔薇さん。ぼくは知っているんですよ、あなたは一度だって、だれかを傷つけたことなんかないんでしょう」
かわいそうな、意地っ張りの花はとうとう泣きだしました。
「それはあたしが綺麗だったからよ。そんな必要がなかったからよ。でも、もうだめなの。あたしはもう、こんなに
つばめは、ぷるぷるっと羽をふるわせて
「それならもし、もとのように美しい見た目になったなら、またみんなと遊んでくれますか。そしてぼくのことを、すこし好きでいてくれますか」
「そんなの、できっこないわ。もとに戻るものなんて、ひとつもないの」
薔薇は本当にそう思っていましたので、投げやりな気もちで続けます。
「だからそうね、もしできたならいいわ。色も香りも、もとのようにしてくれるなら」
「わかりました。約束です。きっとなんとかしてみせます」
それだけ言うと、つばめは花園を飛びたって、わずかのあいだ考えました。こんなとき、渡り鳥の知恵と勇気とがどんなに役だつか、園の花は知らなかったのでしょう。
青い羽は速くはやく、王さまの庭を東へと飛びました。そのうちに夜になり、向こうから銀いろのお月さまがやってきます。
「こんばんは、お月さま」
「おや、こんばんは、つばめさん。こんな夜にめずらしい」
つばめは、はばたきながら、ちいくる、ちいくる、話します。
「ぼくは、お月さまにお願いがあってきたのです」
「なんですか、言ってごらん」
「薔薇さんに、あなたの香りを分けてあげてほしいのです」
お月さまは、
「いいでしょう。ただし、あなたの声と引きかえですよ。わたしの
「かまいません。でも、一日だけ待ってください。次にお会いするときに、必ず声をお渡しします」
飛びつづけるうちに朝になって、今度は向こうから金いろのお日さまがやってきました。
「おはようございます、お日さま」
「おや、おはよう、つばめさん。朝が早いのだね」
つばめは、ぱたくる、ぱたくる、風をうちながら話します。
「ぼくは、お日さまにお願いがあってきたのです」
「いったいなんだい、言ってごらん」
「薔薇さんに、あなたの色を分けてあげてほしいのです」
お日さまは笑って、いっそう明るくなりました。
「いいだろう。ただし、あなたの羽と引きかえだ。わたしの燃えるひかりが、あなたのはばたきのように、すみやかに、庭じゅうに行きわたるように」
「かまいません。いますぐにだって、かまいません」
「それでは、そうしよう」
お日さまに羽を渡したつばめは、空を渡る声だけになって東に飛んでいきました。やがてふたたび夜になったとき、よく通るさえずりが、まっすぐお月さまへと飛びこみました。
それで、一日が暮れ、一夜が明けるうちに、薔薇には日の色と月の香りが
「なんてことなの。つばめさん、本当にわたしを綺麗にしてくれたのね。でも、あなたはどこにいるんでしょう。つばめさん、つばめさん」
生きかえった薔薇のところへ、毎日いろいろな花や鳥がやってきました。そして、とげでいじめられないことが分かると、
「いったいどこにいるの、つばめさん、つばめさん」
これを見ていた王さまは、悲しそうな顔をして、また花園へとおりてきました。薔薇にすべてを聞かせるためです。王さまは庭の持ちぬしでしたし、
薔薇は王さまの話を聞くと、いつかのように泣きだしました。そして、今度はどんな罰でも受けますから、つばめを庭へと
「薔薇よ。おまえが知っている通り、なにもかもを、もとに戻すことはできない。けれども、おまえがこれまでのことを忘れず、あの鳥に感謝をして生きることを
薔薇は迷うことなく誓いをたてました。そして王さまのお許しのおかげで、つばめは日と月とから、もう一度生まれたのでした。
ただし、薔薇もつばめも、これまでのように庭にいるわけにはいきません。王さまが特別に呼んだとき以外、薔薇は土のしたへ、つばめは空のうえへ
ええ、一番
(おしまい)
薔薇香る憂鬱 きし あきら @hypast
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