第22話 急な誘いは危険!


 数日後、僕はメールの着信音で目を覚ました。表示を見るとミドリからだった。


『新聞かネットを見たか?昨日のロケに関する記事だ。見たら返信をくれ』


 ミドリにしてはひどく昂った物言いだった。ただ事でないことを直感した僕は、そのままネットに繋ぐとローカルニュースを見た。記事のトップにそれはあった。


『映画『わたしたちのエンドレス・ロード』で出演者重傷』


 記事の内容は、昨日のロケの後、テレビの取材を数名が欠席したこと、その中にけが人が出たという物だった。怪我をしたのはヒロインの友人役の女優で、ロケ地である公園の階段から転落し、意識不明の重体となったとのことだった。


 僕が絶句したのは、その後の一文だった。女優はヒロインの真妙寺雪江と以前から折り合いが悪く、事故当時なぜか二人が取材をすっぽかし所在不明だったことから、事件と何らかの関係があるものと見られていると書かれていたのだった。


 記事には加えて、事情を聴くため、地元警察は出演者全員と撮影クルーから事情聴取をしているとあった。ということは、結衣も警察に呼ばれて事情を聴かれているのかもしれない。


 そんなばかな、と僕は思った。何度となく記事を読み返してみたが、肝心のなぜ、二人が取材の時に姿を消したかには憶測も含めて全く触れられていなかった。

 どこかに、より詳しい情報がないか……そう思っていると、不意にチャイムが鳴った。


「どちらさまですか」


「私だ。入れてくれないか」


 ミドリだった。どうやらメールは近くからしていたらしい。


 リビングに招じ入れると、ミドリは普段にもまして硬い表情で椅子に腰を下ろした。


「記事を見たか」


「見た。えらいことになったな。結衣ちゃんも警察に呼ばれたんだろうか」


「おそらくな。転落した女優、岩淵加奈いわぶちかなはどうもほかの出演者たちと折り合いがよくなかったらしい。結衣もそうで、公募の新人の癖に監督に演技を褒められていい気になっているとか、色々と難癖をつけられていたようだ」


「どうしてそんなことまで知ってるんだ」


「昨日の夜遅く、結衣と電話で話したのだ。警察には通り一遍等の事しか聞かれなかったようだが、なにぶんアリバイがあるからな。すぐ解放されたようだ」


「真妙寺雪江の方はどうだったんだろう」


「そちらのほうがより深刻らしい。なぜかというと、被害者の加奈が相当、雪江を煙たがっていたらしいという証言があったのだ。それだけならまだいいが、実は現場に、雪江の私物と思われるものが落ちていたそうだ」


「そんな。まさか……」


「いかにも、という感じだろう?あまりにもあつらえたような状況だから、警察も雪江を陥れようとする人間の工作ではないかと疑っているようだ」


「だといいんだが……本人は当然、犯行を否定してるんだろう?」


「それについては結衣も言っていなかったが、間違いなくそうだろう」


「どうもその女優はかなりのトラブルメイカーだったようだな」


「そうだな。結衣によると、主演の中崎計馬も、彼女に言い寄って気まずい空気になっていたようだ。結衣の友人役の滝沢莉愛は、子役時代からのライバルだったというし、もう敵だらけという感じだ」


「彼女はなぜ、事故現場に行ったのだろう。呼び出されたんだろうか」


「少なくとも警察はそう見ているようだ。加奈の携帯は犯人によって証拠隠滅されたのか見つからなかったようだが、雪江の携帯から、加奈を呼び出すような内容の送信済みメールが発見されたらしい」


「……ということは、やはり雪江が呼び出したのか?」


「いや。本人は否定しているようだし、警察も何者かが雪江を語って彼女の携帯から送信したものとみているようだ」


「犯行当時、雪江はどこにいたんだろうか」


「雪江によると、加奈から全く違う場所にメールで呼び出されて行っていたそうだ。ご丁寧に時計まで狂わされていて、マネージャーからの電話でようやくテレビ出演に自分が遅刻していることを知ったらしい」


「ということは、それも誰かが加奈を語って彼女の携帯から送信したってわけか?」


「そうなるな。犯人は加奈と雪江の携帯から、それぞれに偽の呼び出しメールを送ったわけだ。目的が加奈に危害を加えることと、雪江を陥れることだとすると、犯人は二人に憎悪を抱く人物という事になる」


「それはわからないぞ。たとえば真妙寺雪江に恨みを持つ人間が、そこから自分を特定されないよう、無関係の岩淵加奈を巻き込んだのかもしれないし、あるいはその逆かもしれない」


「あるとすれば真妙寺雪江を巻き込んだというほうだろう。真妙寺雪江を陥れるためだけに、全く無関係な加奈を突き落とす馬鹿がいるとは思えない」


「どうかな。いろんな奴がいるからな。特に芸能界は」


「いずれにせよ、容疑のかかっている人間が限られている以上、真相はすぐに解明されるだろう。問題は結衣が今回の事件でまたしばらく芸能活動を制限されるという事だ」


「あ、そうか。なるほど、確かにそうだろうな。しかし結衣ちゃんが悪いわけじゃないんだし、犯人が捕まればまた状況は変わるだろうよ。あとは結衣ちゃんがどう親を説得するか、それだけだ」


「そうだな。私もうまくいくことを願っている……が、君は大変じゃないのか」


「僕が?」


「ああ。真妙寺雪江の事が気になって絵本どころじゃないんじゃないのか」


「なあ、僕だってこう見えても一応、社会人だぜ。いくらファンでも、そのことで自分の仕事をおろそかにしたりはしないさ」


「そうか。ならいいんだが。泉美ちゃんの事件も手詰まりだし、しばらく面倒なことから離れたほうがいいかもしれないな」


「たしかに。わざわざ教えに来てくれてありがとう」


「いや、真妙寺雪江の事が気になっているんじゃないかと思って来てみたまでだ」


「結衣ちゃんじゃなくて?」


「ああ。ファンなんだろう?」


「まあ確かに。ずいぶんと親切だな」


「とにかく、好きな人がいるというのはいいことだ。じゃあ、私はこれで失礼する」


 ミドリは僕が出した紅茶にも手をつけず、アパートから去っていった。僕はため息をついた。ミドリには仕事とファン心理は別だと言ったが、実はそうでもなかったからだ。


 とにかく、待ってみるか。


              〈第二十三回に続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る