第18話 光るロボットは危険!


「ミドリ。あの日の優名ちゃんの行先に関して、わかったことがあるんだ」


 紅茶を注いだカップをミドリの前に押しやりながら僕は言った。


「本当か?誰に聞いた?」


 ミドリが目を丸くした。今日はいつものローテーブルではなく、普通のダイニングテーブルに陣取っている。作業台として使っているものを、片付けたのだ。


「教えてくれたのは優名ちゃん本人だ。陶芸教室に行く途中、マンションのコンビニで偶然、出くわした」


「優名が自分から君に話したのか」


「ああ。あの日は塾に行く途中で、知り合いを見かけて、後をつけてたんだそうだ」


「後をつけた?声をかけたの間違いじゃないのか」


「間違いじゃない。優名ちゃんが声をかけなかったのは、知り合いが思ってもみなかった人物と一緒にいたからなんだ」


「もったいをつけるのはよせ。その人物は、我々が知っている人間なのか?」


「そうだ。知り合いというのはは結衣ちゃんの事だ。そしてもう一人は……」


 僕は呼吸を整えた。ミドリは瞬きもせず、次の言葉を固唾を呑んで待っていた。


「狩野だったんだそうだ」


「狩野だって?いったい、どういうことだ」


「つまり、結衣ちゃんと狩野の間に、交流があるってことだ。具体的に言うと……」


「写真のモデルをしていたんだな」


 俊介は頷いた。ミドリは子供らしからぬ長いため息をついた。


「優名ちゃんが結衣ちゃんから聞いたところでは、色々な服を着て写真を撮っただけという事のようだが……なにせ相手の評判がよくないからな。どう発展するかわかったものじゃない」


「二人はどうやって知り合ったんだろう」


「さあ。優名ちゃんの話からだけでは何も分からない。今の話は狩野のアパートの前で張り込んでいた優名ちゃんに、アパートから出てきた結衣ちゃんが言った言葉だそうだ。要するに、優名ちゃんは結衣ちゃんが狩野に何か怪しいことをされるんじゃないかと心配で後をつけたってことらしい」


「それにしても結衣ちゃんだって狩野の評判くらいは耳にしていただろうに、どうしてアパートにまで行くようになったんだろう」


「そこだな。優名ちゃんはその辺まで聞くことができなかったようだが、話を聞いた限りでは、狩野と親しくなった背景には親へのあてつけみたいな感情があったらしい」


「親への?……結衣ちゃんの親と言ったら……こずえさんか」


 ミドリは素早くこずえの名を出した。小学生が友達の親を名前で呼ぶというのもどこか異様だったが、ミドリが口にすると不思議と違和感がなかった。


「そうだ。僕からするといまいちイメージが浮かばないんだが、こずえさんはずいぶんと結衣ちゃんに厳しいらしい。特にモデルとかお芝居とか、目立つような活動には強い抵抗を示すらしい」


「芝居?結衣ちゃんは芝居もやっているのか」


「優名ちゃんによると、ドラマのエキストラのバイトをしたことがあるらしい。当然、親の承諾が必要なはずだが、そこはうまくごまかしたみたいだな」


「ふうん。狩野のことはともかくとして、ドラマなら問題ないんじゃないか。結衣ちゃんは学校の成績もいいっていう話だし」


「まあ、よその家庭にはその家ならではの事情ってものがあるんだろう。それより、狩野との付き合いはやはり辞めさせたほうがいいように思うけどな」


「私も同感だ。思春期の女の子は、自分を認めてくれる人を結構、簡単に信用してしまうことがあるからな。ある日突然、要求がエスカレートした場合、なし崩し的に言いなりになってしまわないとも限らない」


 僕はうなった。ミドリの言っていることは内容的には別段、おかしなことではない。おかしいのは口にしているのがジャージ姿の小学生だということだ。


「後はどう説得するかだ。私か優名ちゃんが言うのがいいのだろうが、お母さん側の人間だと思われたら心を閉ざしてしまいそうだし……」


 ミドリがそう言って腕組みをした時だった。チャイムの音が聞こえた。


「お客さんだ」


「ああ。ちょっと待っててくれ」


 僕はドアに近づくと、インターホンで誰何した。


「どちらさまですか?」


「倉橋です。倉橋結衣です」


                ※


「お忙しいところ、突然来てしまってすみません」


 テーブルに付くよう勧めると結衣は頭を下げ、低い声で詫びた。


「いや、ちょうど暇な時だったから、それは構わないんだが……思いもしないお客さんだったんで、びっくりしたよ」


「ミドリちゃんが来てたんですね。……ミドリちゃん、ごめんなさい。せっかく遊びに来ていたのに邪魔してしまって」


 結衣が詫びるとミドリは頭を振った。


「構わない。ちょうど結衣ちゃんのことを話していたのだ。……たぶん結衣ちゃんも同じことについて話をしに来たんだと思う」


 結衣は沈黙した。僕が紅茶を勧めても、そのまま微動だにせず、しばらく黙っていた。


「優名ちゃんからメールがありました。秋津さんに狩野さんとのことを喋ったって」


「……そうか。じゃあ話が早い。今、ミドリと君のことを心配していた所だったんだ」


「心配されるのも当然だと思います。……でも、本当に狩野さんからは変なことをされていません。それに……あの人はみんなが言うほど危ない人じゃないと思います」


 結衣は絞り出すように言った。ミドリが言っていたことが裏付けられたと僕は思った。


「狩野が女子中学生殺害事件の容疑者としてマークされているのは知ってるかい?」


「半年前の事件ですよね?知ってます。……というか私、あの事件の被害者だった峯川泉美みねかわいずみちゃんと、知り合いだったんです」


「なんだって」


 僕は結衣の思いがけない告白に言葉を失った。ミドリは全く動じていないようだった。


「やっぱりそうだったのか。そうじゃないかと思っていた」


 続くミドリの言葉も、僕を驚かせた。


「結衣ちゃん。これと似たものを持ってるね?」


 ミドリはポケットから携帯電話を取り出した。何やらアクセサリーらしいものがついている。ミドリが「これ」と示したものはどうやらそのアクセサリーのことらしかった。


「やっぱり気づいてたんだ」


 うん、とミドリは頷いた。アクセサリーはビーズでできたクマの人形だった。胴体にごく小さな時計が埋め込まれている。手作りのようにも市販の商品のようにも見えた。


「ミドリちゃん、それ、泉美ちゃんが持っていたものよね?」


「そうだ。事件の少し前に彼女からもらったもので、いわば遺品だ。彼女はこれをこれるとき、私に『知り合いの人が作ってくれた』と言った」


「そうね。その人を泉美ちゃんに紹介したのが、私」


 そう言って結衣はポケットから携帯電話を取り出した。携帯電話にはミドリが手にしているのと同じようなアクセサリーがついていた。同じようなビーズの人形で、やはり時計が埋め込まれていた。ミドリのクマに対し、こちらはロボットの人形だった。


「泉美ちゃんとは、図書館で知り合ったの。本を買いたいけどお小遣いが少ないっていうから、アルバイトを紹介したの」


「狩野だな?」


 結衣は頷いた。ということは、結衣は半年以上前から狩野に写真を撮らせていたことになる。当然、事件の時にも、だ。


「そう。狩野さんは、私が小さかった頃に可愛がってくれたお兄さんに感じが似ていたの」


「お兄さん?」


「うん。近所の人なのか、遠い親戚なのかはわからないけど、私は四歳くらいでその人は中学生くらい。私はその人をみっちゃんって呼んで、すごく懐いてた。勉強ができて、スポーツができて、そして何より優しかった。


 すっかり忘れてたんだけど、ある日、学校の理科クラブの男子たちが、パソコンで動かすロボットで遊んでるのを見て、みっちゃんもロボットのおもちゃを見せてくれたことがあったなって急に思い出したの」


「そのみっちゃんていうお兄さんに、狩野が似ていた訳だ。狩野とはどこで会ったんだ?」


「写真展。ギャラリーの前でチケットを無くして困っていたら、通りがかった狩野さんがチケットをくれたの。狩野さんの友達が企画した写真展だったってことなんだけど、それがきっかけで話すようになったの」


「女の子の写真を撮ってるってことは、わかっていたのか?」


「うん。知り合ってすぐ、見せてくれた。でもいやらしい感じとかはまったくなくて、ただ女の子を撮るのが好きなんだなって思っただけ。みんなはあの人を怪しい人だと思ってるかもしれないけど、本当はまじめでサッカーが好きな普通の人よ。

 写真でベストショットを撮った時の感覚は、サッカーでゴールを決めた時の感覚に似てるんだって」


「なるほど。今の話を聞く限りでは、犯罪を犯しそうな人物という気はしないな」


 僕が唸ると、結衣は強く頷いた。


「こいつを作ったのも、狩野なんだね?」


 ミドリは自分の携帯電話を掲げ、ぶら下がっているクマのマスコットをつまんでみせた。


「そう。それを作ったのも、狩野さん。でも、泉美ちゃんも別におかしなことはされてない。狩野さんとあの事件とは何の関係もないわ」


「そうだろうか」


 ミドリが唐突に異を唱えた。僕はぎょっとしてミドリの言葉を待った。


「事件のあった日、私は泉美ちゃんと遊ぶ約束をしていた。しかし直前になって泉美ちゃんから『今日は遊べないかもしれない』と断りのメールをもらった。『ずっと探してた本が見つかったって、お友達が教えてくれたからちょっと買ってくる』という内容だった」


「その『お友達』が私だっていうのね?」


 ミドリが頷いた。結衣は目を閉じると、大きく息を吸った。


「正解よ。泉美ちゃんにあの日、メールをしたのは私。だけどあの日……泉美ちゃんは書店には行っていない」


 えっ、と僕は思わず声を上げていた。ミドリも驚きで目を大きく見開いていた。


「どういうこと?」


「私がメールしてからしばらくして、泉美ちゃんからメールが来たの。ごめん、今日は本屋さんに行けないって」


「つまり、私に本屋さんに行くと言った後だな」


「たぶん。メールはこういう風に続いてた。『知り合いの人からメールが来て、今、自分の働いてる店にユービックのメンバーがお忍びで来てるって教えてくれたの』」


 ユービックというのは中高生に人気のあるロックバンドだった。泉美という女の子はおそらく、ファンだったのだろう。


「それで、本屋さんの方もすっぽかしてそのお店とやらに直行したわけか」


「でも泉美ちゃんは、そのメールから一時間もたたないうちにさらわれてるの。おかしいと思わない?」


「……ということは、もしかするとそのメール自体が犯人の嘘?」


「そうだと思う。でもそう考えると犯人は泉美ちゃんの好きなバンドの事まで知っていたことになる。かなり付き合いがあるってことよ」


「やっぱり、狩野か……」


「その時、結衣ちゃんは?」


「狩野さんの部屋で、写真を撮っていたわ」


「なんだって……」


 ミドリが絶句した。結衣はミドリを見て、寂しげな笑みを浮かべた。


「たぶん、警察やこのあたりの狩野さんを知っている人たちは、彼が犯人だと思っていると思う。でも残念ながらはずれよ。泉美ちゃんが殺された時、狩野さんは私といたわけだから、あの人は犯人じゃない」


「そのことを、警察には?」


 結衣は黙って頭を振った。そして「調べればわかることだと思ったから」と付け加えた。


「じゃあ、泉美ちゃんを殺したのは、少なくとも狩野ではないという事か」


 ミドリが言うと、結衣は力強く頷いた。


「泉美ちゃんがどこに行って誰に連れ去られたのか、それは私には一切わからない。わかっているのは私と狩野さんが無実だってことだけ」


「つまりこの半年間、捜査線上に浮かばなかった秘密の友人がいるということだな」


「その人物がメールで泉美ちゃんを呼び出し、さらったわけだ」


「せめて呼び出したお店がわかれば、どこでさらわれたかもわかるんだけど」


 僕は新聞記事を思い出した。携帯電話の類は見つかっていない、そう書いてあったはずだ。つまり結衣や犯人との送受信の記録も確かめられないというわけだ。


「わかるかもしれない」


 沈黙を破ったのはミドリだった。


「どういうこと、ミドリちゃん」


「私は泉美ちゃんがさらわれた現場にいたのだ」


 結衣が初めて驚愕の表情を見せた。結衣は声を震わせながら「詳しく話して」と言った。


               〈第十九回に続く〉

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