第19話 ローカル番組は危険!


 「泉美ちゃんと遊べなくなった日、私は泉美ちゃんが通っているスポーツクラブの近くにいた。泉美ちゃんから教えてもらった古本屋が近くにあったからだ」


「そこがさらわれた現場だったの?」


「そうだ。正確には古本屋を出て一つ目の交差点のところだ。角に停まっていた車の窓から奇妙な音が聞こえた。見ると、口にタオルを噛ませられた泉美ちゃんが、窓に頭をぶつけていた。駆け寄ろうとした瞬間、車が走り出した。私は近くのコンビニに飛び込み、女の子がさらわれた、110番して下さいと訴えた。……そのあとの事はよく覚えていない」


「ミドリちゃんは、運転していた人の顔を見たの?」


 結衣が訊くと、ミドリは苦しげな表情になり、頭を振った。


「残念ながら、見ていない。背格好もわからない」


「つまり泉美ちゃんはそのあたりにあるお店に呼び出されたわけね」


「泉美ちゃんはそのお店を知っていたわけだから、当然、行ったことがあるのだろう。警察も調べているかもしれないが、話を聞いてみる価値はある」


「ミドリちゃん。もしかして、泉美ちゃんが殺されたのは、自分が攫われるのを防げなかったからだと思ってない?」


 ミドリは沈黙した。しばらく沈黙が続き、やがてミドリは重々しく頷いた。


「その通りだ。泉美ちゃんは、家にも学校にも居場所がなかった私にとって、空想や本の世界を語り合える数少ない友達だった。歳こそ離れていたが、泉美ちゃんにとっても私は貴重な仲間なのだろうと勝手に思っていた。


 だから正直、思っていた以上に彼女の世界が広かったことに少しばかり嫉妬していた。彼女の語る友達の話も、わざと興味がないふりをして適当に聞き流していた。もしかしたらその中に、犯人につながる重要な手掛かりがあったかもしれないのに……すべて私のつまらない嫉妬のせいだ」


「泉美ちゃんはどんな子だったの?」


「母子家庭で、つい数年前までは母親との関係が最悪だったと言っていた。この頃、ようやくお母さんを許せるようになってきたのとも言っていた。親との関係がうまく築けていないという点でも、彼女と私は似ていた。もっとも彼女が親におびえていたのに対し、私は親に必要以上に気を遣っていたから正反対の悩みではあったけれど」


「それで、ずっと彼女の事件が気にかかっていたわけか」


「そうだ。実は優名と最初に塾で出会った時、興味を持ったのも彼女が狩野の話をしたからだ。彼女は私と出会う直前に、狩野に声をかけられていた。そして怖いから一緒に帰ってと打ち明けてきたのだ。


 もちろん、泉美ちゃんの事がなくても私は優名ちゃんと友達になっていただろう。しかし直接のきっかけはやはり、狩野の話を聞いたことだった。狩野の噂は塾に通う他の子からも聞いていたが、実際に狩野と話したことがある子は優名だけだったのだ」


「もしかして、私と仲良くなったのも、泉美ちゃんと関係がある?」


 結衣がおもむろに口を開いた。ミドリは前の質問の時にもまして、深々と頭を下げた。


「そうだ。優名ちゃんから紹介された時、私は君のアクセサリーに気づいていた。見た瞬間、私の中で泉美ちゃんからもらったアクセサリーと君のそれとが結びついた。ただ、二人をつなげる人物……つまりアクセサリーを作ったのが誰かがわからなかった」


「それで私と仲良くしていれば、いずれ私の口からこのアクセサリーの作者の名が訊けるかもしれないと思ったわけね」


「そうだ……でも、言い訳に聞こえるかもしれないが、アクセサリーの件がなくてもやはり仲良くなりたいとは思ったはずだ。優名ちゃんの時と同じように」


「でもアクセサリーや、狩野さんの話題が邪魔をしたってわけね」


「私は……優名ちゃんや結衣ちゃんの事が大好きだ。知れば知るほど仲良くなりたいと思う。いっそ、アクセサリーや狩野の事なんかなかったらよかったのにと思うくらいだ」


 ミドリが珍しく感情的な口調になっていた。結衣はふっと表情を和らげた。


「ミドリちゃん。きっかけなんかなんだっていいのよ。今は私たち、ただのお友達。そうでしょ?」


「……ありがとう」


「さ、そうとわかったら泉美ちゃんが呼び出されたお店を探してみましょう。それで何もわからなかったら、ミドリちゃんも私も、半年前の事は忘れる。いい?」


「ああ。そうする」


「私も、狩野さんとの付き合いはもうやめる」


「えっ」


「そもそもうるさいお母さんに反発しての付き合いだったし、優名ちゃんがお母さんと正面から戦おうとしてるのを見たら何だか、自分が子供に思えてきちゃった。もともとモデルになりたかったわけでもないし」


「でも、お芝居は好きなんでしょ?」


「うん。実はね、今週の土曜日にこの町で撮影される映画のロケに、エキストラとして応募してたんだ。お母さんの承諾は得たことになってるけど、本当は勝手に書類を作って提出したの。だからお母さんは私が出演することを知らない。驚かせてやるわ」


「お母さんには、映画が完成するまで黙ってるの?」


「まさか。実はね、ロケの合間に『のがスゴ』の取材を受けることが決まってるの。その映像をお母さんに見せてやるの」


 『のがスゴ』とは『のがすな!スゴゴヌーン』というローカルバラエティ番組の略称だった。おそらく情報コーナーのような時間帯で取り上げるのだろう。


「映るかな?エキストラまで」


「必ず映ってやるわ。それでね、二人にお願いがあるの。今度の土曜、ちょうど島谷さんのお部屋でエスニックパーティをやるでしょ。うちのお母さんも誘われてるみたいなのね。で、二人にそれに参加してほしいの。そしてちょうど三時になったら適当な理由をつけてTHKテレビをつけてほしいの」


「そこに結衣ちゃんが女優として映るってわけだ。ちなみになんていう映画?」


「『わたしたちのエンドレスロード』っていう映画よ。主演は真妙寺雪江」


 僕は思わず目を見開いた。ミドリがじっとこちらを見ているのがわかった。


「見に行きたいだろ、シュンスケ」


「秋津さん、真妙寺雪江のファンなの?」


 僕は観念し、頷いた。珍しいミドリのニヤニヤ顔が、妙に憎らしく思えた。


「でもロケを見に行きたいとまでは思わないよ。役者さんたちも気が散るだろうし」


「そうか。じゃ、パーティーの時は君がきっかけを作ればいい。まず私が「そういえば今日、ロケやってるんだ。『のがスゴ』で中継するって」って言うから、そしたら君が「僕、真妙寺行絵の大ファンなんですけど、『のがスゴ』みさせてもらってもいいですか」って」


 僕が返答をためらっていると、結衣が「いいわね」といい、ミドリと笑いあった。


「狩野と距離を置くのいいとして。みっちゃんの行方はどうするんだ?」


「本当はみっちゃんにも会いたいんだけど……狩野さんと知り合ってからも、私はみっちゃんにずっと会いたいと思ってる。もう二十代だと思うけど、引っ越すと同時に会えなくなっちゃったから、今どこで何をしてるのかだけでも知りたいの。お母さんに聞いたんだけど『そんな人もいたわね』ってとぼけた答えしかしてくれない」


「当時住んでいた町にまだいるってことはないのかな?」 


「それがどこの町かわからないの。お母さんも『いい思い出がない場所だから』って絶対に教えてくれない。だから私、占い師の人に聞いてみたの。畑があって、山に日が沈む町なんですけど、わからないですかって」


「あ、もしかしてその占いの人って、津久井さん?」


「そうですそうです。知ってるんですか?」


「ああ。実は一度、占ってもらったことがある」


 店の前で結衣を見かけた事が直接のきっかけだった……という事は黙っていた。


「でも、それは占いの範疇だろうか?交番か役所に聞いたほうがいいのではないか?」


 ミドリが言うと、結衣は少しだけ不服そうな表情になった。


「でもその人、なんだっけ……サイコトリ?」


「サイコメトリー。アメリカの小説なんかによく出てくる、事件の遺留品に触るだけで事件発生時の状況が見える能力の事だ。……まあ、ほとんどインチキだとは思うが」


「インチキかどうかはどうでもいいの。とにかく、占い師さんがそれっぽいことをしたことがあるっていうから、四つくらいの時に使ってたクレヨンとか色々見てもらったの。そしたら、『はっきりとはわからないけど、サッカー場か野球場がある』って答えてくれて。それで、後は自分で探してみようって決めたの」


「うん、まあ調べればその条件に該当する町が必ずあるだろうね。……でもみっちゃんとかいう人の情報が得られるとは限らないよ」


「いいんです。駄目でも。一度、きちんと調べてみないと、子供の頃がどこかに消えてしまうような気がして、落ち着かないんです」


「だったら、気が済むまでやってみたらいい」


 そう言ったのは、ミドリだった。


「私も半年前の事件の事をいまだに忘れられないでいる。せめて、一つでも自分の手で証拠をつかめないかってね。実は事件から二か月くらい経った頃に、私は街角で泉美ちゃんを攫った車によく似た車を見かけているのだ。テールランプが片方割れていたことも、ナンバープレートの隅が錆びていたことまで同じだった。


 だが、私はその車が泉美ちゃんを攫った車と同じであるという確信が持てなかった。警察に通報しようかするまいか悩んでいるうちに、その車はそこから姿を消してしまった。その時から私のこだわりはさらに強いものになった。たとえ、無駄な努力だと人に言われたとしてもだ」


「私も、記憶の中の町を探してみる。その前にロケが始まっちゃうかもしれないけど」


「まあ、始まったらそっちを楽しめばいいさ。こだわりすぎるといいことはないからね」


 僕は言いながら、はてこれは津久井聖子に言われた言葉だったかな、と独りごちた。


              〈第二十話に続く〉

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