竜闘虎争 5
“真人”は、強過ぎる。
彼らへ客観的な評価を下すなら、その一言に全てが集約されてしまうだろう。
なんら魔的強化の施されていない素の体で、科学文明が誇る軍事兵器のほぼ全てに平然と耐え、魔術による強化を行なったなら水素爆弾にも耐える驚異的な耐久力を発揮する。のみならず極超音速で迫る物体を視認し、そこへ記された極小の文字の識別をも可能とする動体視力があった。
そして、それに追随する反射神経と思考速度も併せ持つのだ。膂力に関しては何をか
そうした“真人”が一定数存在するのだ、“真人”以下の人間がどれほどの研鑽を積んだところで、いてもいなくても同じ雑兵としか見られない向きも、ある意味仕方のない一面が確かにあった。
いなくてもいい。本音を言えば邪魔にならない分、いない方がマシとまで言い切る“真人”も存在する。
無論それは傲慢な意見だろう。実戦となるとどうしても彼らの手が回らない事態は発生するし、そうした時に戦局的な空隙を埋める人員は必要とされる。如何に“真人”が強大だとはいえ所詮は少数派なのだ。数の力というものは、案外馬鹿に出来たものでもない。
だが公然と一般兵を不要と目する軍人が存在してしまうほど、“真人”とそれ以下の者の力の差は歴然としているのだ。謂わばアメリカン・コミックスの、一部の行き過ぎた力を持つ超人が、有効戦力としての最低ラインなのである。そしてそんな“真人”でなければ、地球という母なる星の半分以上を版図とする、恐るべき化け物達に対抗し得ないのが現実だった。
“真人”以下の兵士のほぼ全ては、“真人”になるために訓練している――語弊がないよう率直に言ってしまえば――訓練兵のようなものである。
その現状を打破すべく立ち上がったのが、防衛省魔導技術研究本部の魔導師達だ。彼らの執念は、数多の異質特性保有者を解体・解剖・解析し、“個人が有する異能”を“大衆にも利用可能な技術”に落とし込んで来た実績から見ても本物である。
そんな魔導師達の研究の末、“真人”以下の者にも行使できる情報集積文字の開発が為された。太古の剣と魔法の原始時代に幅を利かせていた魔法使いとは別種の、現行のルーン時代における魔法使いが誕生した歴史的瞬間だ。
だがしかし、それでも“真人”にとって魔導師以下の魔法使い、士道位階にも達していない兵士は雑魚の魔物を駆逐する、露払い専門の清掃班といった程度でしかなかった。無理からぬ事である。偉大なりし神王の加護である概念位階の力を、人如きの智慧が生み出す技術の産物で並べられる道理などありはしないのだから。
そして、そんな“真人”という括りの中でも、厳然たる力の差というものが横たわっている。
過去から現在に至るまでで、人類最高位の力を持つ“真人”は、魔道と士道の概念位階に於ける第三位階到達者である。そして現在は第四位階到達者こそ最高格だ。
位階が一つ違えばそれだけで次元が違う。第六位階と第五位階の“真人”には筋骨隆々の大人とひ弱な子供ほどの差が存在し、第四位階到達者にとって第六位階など一般兵と大差ないように見えてしまう。
その九人の中の一人が、マーリエル・オストーラヴァである。
もうすぐ十五歳となる少女は、類稀な才覚によって魔道第四位階、士道第六位階を修めた魔導騎士だ。他が老境に差し掛かった、成熟した大人であるのに対し、まだ四半世紀も生きていない身でその高みへ至っているマーリエルは紛れもない天才だと言える。
魔術とは物理法則の上位に位置づけられる、神々の規定したメンダシウムの法則に属するものである。物心つく以前から父に英才教育を施され、虚構の法則に慣れ親しんで育ったマーリエルはその事を知悉していた。魔術とは、魔法とは、魔力とは、総じて人の想像力を形にする画材道具なのだと。
人の想像力が筆であり、魔力がインク。現実が画用紙で、描かれた絵が魔法や魔術と呼ばれる。そして魔導師や魔導騎士が行なう戦闘行為とは、この例えで言う画用紙の奪い合いに終始するのだ。術者の力量の及ぶ範囲内――すなわち魔力波長内の領域が術者にとって脳の内側であり、それを完全に掌握し切ったのなら相手に何もさせず完封してしまえるのである。
魔力波長にて相手の領域を支配してしまえたなら、圧倒的優位に立つ事が叶う。魔道に携わる全ての者にとって、まさしく基本にして奥義であると言えた。
「そういえば、この私に戦の作法を説いたわね?」
――ユーヴァンリッヒ伯爵の強い希望を受けて、軍部から一時的に帰郷させられていたマーリエルは、軍人としてのキャリアはまだ五年と経っていない新米同然の身の上だ。
だが激戦区である対魔戦線に於いて、小競り合いを含めれば出撃回数100回を優に超すベテランでもある。文字通りの百戦錬磨であり、実戦経験は豊富という他にない。
基本に忠実に。応用も堅実に。確かな経験値と膨大な知識を下敷きに、傑出した才覚を活かすマーリエルを相手取るには、実戦経験がほぼ無いと言えるクーラー・クーラーはあらゆる意味で未熟であった。
だが、事はそう単純でもない。未熟なクーラー・クーラーは万全で。対してマーリエルは、先刻受けた奇襲で持ち得る力が半減している。
力の差を埋める状況が、クーラー・クーラーの与り知らない所で成り立っていた。
「無礼者のくせしてよく言えたものだわ。良い面の皮だって感心しちゃう。ええ……だからこれは返礼よ。礼儀知らずには礼節の
それでもマーリエルに怯懦は有り得ない。勝算がある。負ける気はしない。故に――銃声一閃。
音を媒介にした干渉式がその正体。魔力の結合を解れさせ、銃声の衝撃波に耐えられない強度であれば粉砕する破滅の角笛だ。
瀟洒なレイピアを象った四十四本の氷弾が、僅か一発の銃声で全て撃墜される。
クーラー・クーラーは、自身が挑発の意を込めて嘯いた「残すなよ」という台詞を、過たず履行された光景に唖然とした。
今の音の魔術は識っている、対魔人を念頭に置いた教練で聞き及んでいた。第六位階魔術とやらだ。精神に作用するもので、本当ならそれ以外の効果はない。対象となった者の鼓膜を撃ち破り、脳に働きかけて恐慌状態に陥れる雑魚散らしが主な用途であるはず。
そんなもので自らのルーンを破壊されたのである。彼女の驚愕は一入であり、同時に屈辱的な結果だった。だが聡明であるが故に、即座に理解に及んでもいる。この魔人は魔導師に寄った性質の存在であると。初歩の魔術如きでこれだけの事をしてのけた以上、他の魔術の練度もまた推して知るべし。遺憾ながら認めざるを得ない、魔術の腕は相手が数段上である。
そうと認めても、クーラー・クーラーに焦りはなかった。魔導師は自分にとって
即座に同数の氷細工の矢を精製する。今度は様子見ではない、全力だ。虚空に出現したそれらを撃ち出すや、即座に空砲の音色が奏でられ、三十の氷剣が粉砕された。
魔人の小娘は表情を動かさない。クーラー・クーラーは計算する。本気でやれば全部を打ち消されるわけではない。が、あの小娘の出力がこれで限界である保障もないし、余力を残していると想定するべきだ。で、あるならば、勝機は接近戦にあり。
そうであると悟りながら、遠中距離でやり合う輩がいたなら馬鹿の極みだと笑われるだろう。―――が、弁えている。賢い選択ばかりが正答に辿り着くのではなく、馬鹿の極みと言える選択が正答を得る道筋に成り得る事を。
そして如何に愚かしく見えようと、実行した手段にれっきとした計算が含まれているのなら、時として奇策と成り効果的に機能するのだ。
左手の
「初対面の人にはね、最初に挨拶をするの。自己紹介も兼ねてこんなふうに――
“はじめまして、私の通常火力がこちらになります”」
嘘か真か、親切にも自己申告がなされた。
撃ち放たれた弾丸は、第四位階魔術“
大地の名を冠する魔術装填弾の威力は、ただ一発の弾丸のみで自由の女神の像を粉々にしてしまうだろう。その真価は弾丸による貫通ではなく、直撃した箇所を基点に衝撃を拡散させ、対象全体を強く打ち据える打撃力にあった。
数にして四発。聞こえた銃声は一発。飛来するそれに、射手の早打ちの腕を冷静に見定めながら、クーラー・クーラーは目を見開く。カシャリ、とカメラのシャッター音に似た音がした。
弾丸と擦れ違うように耳へ届いたその音を、マーリエルは敏感に聞き拾う。そして敵手の挙動に目を細めた。
白氷の才女は、手の中に土塊の如き棍棒を現すや否や、銃弾の悉くを叩き落としてみせた。同時に棍棒が自壊する。
別段難易度の高い魔術ではない、同一のそれを使われたのに驚きはないが、マーリエルは不意の異音と、クーラー・クーラーの青い瞳が一瞬光ったように見えた事に着眼していた。今の音と、目の光はいったい……? 物理的に目が光ったのはなぜ? と。
――待った。魔族が、私と同じ魔術式を使った?
人類のそれは、魔族のそれを模倣した情報集積文字を基盤とする。である以上、似通った魔術があってもおかしくはないが、基本的に人類と魔族の扱う魔術は別物である。故に全く同じ、同一の魔術を使用してくるなどほとんど考えられない。
空砲の音の魔術により、魔術の腕は自分が上であると気づいたからこその牽制射撃だった。これで相手に“遠中距離戦は不利”と認識させ、接近戦に持ち込ませるつもりだったのだが――余裕の表情で構える魔族の女。その余裕の正体はなんだ? 訝しみながらも次の一手を打つべく、基本に則りマーリエルは黄色い波動を発する。
「………挨拶も返してくれないなんて、つれないのね」
「フン」
マーリエルの回りくどい挑発に対し、鼻を鳴らすだけに留めたクーラー・クーラーは、今度は濃密な白魔力を内包した細剣を形成し右手に握る。
剣先を下に向けたまま、スリムなフォルムの
「お招きいただけるなんて感激だわ。じゃあ厚意に甘えて、私から往くわよ」
絶妙にこちらの神経を逆撫でにする声音と、小馬鹿にした表情だ。いちいち癪に触って仕方がない。クーラー・クーラーはマーリエルの囀る言の葉を、全て聞き流す事にした。要らない苛立ちで手元が狂って敗北するなど、末代までの恥である。
マーリエルが挑発の片手間で、一瞬の間に発動した魔術は二つだ。
身体強化魔法“
自身の周囲を、蛍光色の三つの浮遊板が固めた。“
カシャリ、と再びカメラのシャッター音らしきものが鳴った。
「―――」
音の発生源を確認、とベレスフォードが念話で報告してくる。魔族の女の眼から聞こえたようだ。音が鳴った瞬間のみ、瞳が銀色に光っている。
シャッター音の正体が仮にカメラであるなら、敵はこちらの記録を取っている? 距離を空けての戦闘では不利だと分かっているはずなのに、消極的な姿勢を変えようとしないのは、隙を見て離脱するためだろうか?
確かに戦局を見るに魔族の女がマーリエルとの戦いに拘る理由はない。逃げ隠れし、時間を稼ぐのがあちらにとって有効な戦術だろう。
別に構わない。こうして戦闘に入った以上、逃がす気はなかった。マーリエルは自身の思考回路を分割、意識と思考を加速させ、自らもまた加速する。
極超音速で彼我の間合いを埋める。距離の有利不利など知らないとばかりに突貫した。魔導師としての側面が強いマーリエルが、自ら接近してくるとは思っていなかったのか、やや面食らっている氷人に二丁拳銃を拳に見立てた打穿を見舞う。氷人の貴種は虚を突かれはしたが応手を誤らず、銃口から身を躱しながら細剣で銃身を捌く。直後、マーリエルは魔力炉心内で精製していたルーンを自らの視線に乗せた。
ルーンが形作った魔術式の名称は第四位階魔術“
至近距離から放たれた破壊の光線を、氷人は咄嗟に首を傾け回避するも、遥か彼方まで飛んでいく黄色い稲妻は無駄打ちとはならない。今なおグラスゴーフ上空で、激しく戦う炎の女と溶岩の巨漢目掛けて突き進み、魔族の男を背中から穿った。貫通した黄色い光線は夜空を覆いつつあった雲に風穴を開け、月光を地上に落とす。
体勢を崩して喀血した人型のマグマを、紅蓮の戦乙女は容赦なく殴打し雲の上まで吹き飛ばした。追撃に出る刹那、上空のアレクシアが背中越しにマーリエルへ振り返り苦笑を溢す。軽く手を振って援護への感謝の意を示すと、太陽の如き残光を引き連れて飛翔していった。
「ッ……?! 貴様ッ、この私と対峙していながら、私以外を狙うとはッ!?」
「貴女の相手が退屈だったから、つい」
激昂して斬撃を見舞ってくる氷人の細剣を、二丁拳銃“パッション&ロンリネス”を交差させて防ぎ、互いの魔力波長で鬩ぎ合う。黄色と白銀の魔力の波がぶつかり、銃と剣で鍔迫り合いながら密着して、互いの顔を睨みながら押し込み合った。
マーリエルは魔族の女の膂力に驚いていた。僅かに力負けしているのである。
これまでの経験上、魔族側の身体強化魔術の技術は大した事がないのが判明していた。強化倍率で言えば、こちら側が五十倍であるとすると、魔族側は高く見積もっても十倍が精々。素の肉体性能では魔族側へ圧倒的大差で軍配が上がる故に、それでようやく対等になるのだ。
が、マーリエルの個人的資質に拠った魔術なら、大概の魔族にも力負けしない倍率を叩き出せる。実際、今まで誰かに膂力が劣った事はなかった。魔術の腕でマーリエルに劣っているのだから、この魔族の女に対して力で負ける道理はないはず。
なのに実際はこちらが力負けしていた。魔力波長による領域の奪い合いはともかく、肉体を用いての鍔迫り合いでは押し込まれつつある。力負けする原因を、分割している思考回路を費やして分析しながら、現実の戦闘に集中する。
額に汗が浮かんだ。バイザーに隠れた顔を覗き込むようにしながら、長身の魔族の女が嫌悪を込めて囁きかけてくる。
「いいだろう、誇りにかけて貴様を退屈させん」
「………?」
「我が名はクーラー・クーラー。この名を覚えるがいい、貴様を殺す女の名だッ!」
激憤した魔族クーラー・クーラーの名乗りを右から左に聞き流し、マーリエルは衝撃に備えた。
下から掬い上げる形で細剣を跳ね上げ、二丁拳銃を握るマーリエルの両手を上方へカチ上げてきたのだ。無防備となったマーリエルの胸の中心に氷柱が突き立つ。が、それは
二つあった“
クーラー・クーラーが白銀の“
「――ベレスフォードッ!」
呼び掛けは鋭く、右手のパッションを放り捨てるや、短剣型の魔力派共鳴式魔導管制杖を引き抜く。演算補助宝珠であるそれに黄色い“
幅約二Km長さ約二十七Kmの大規模竜巻を具象化した。
第四位階魔術“
二丁拳銃の銃身が半ばから縦に割れ、薬莢を全て排出するや二丁を組み合わせ一丁のライフルへ形を変え、落ちてきた短剣を銃身に組み込む。火花を散らして形態を変えたライフルを提げ、
「――ッ!? またデコイか!?」
目晦ましに次いで囮を出し、自身は武装を変えたマーリエルを視認しクーラー・クーラーは忌々しげに睨みつける。だがそれには構う義理もなく、相も変わらず押し合う互いの魔力波長の狭間からルーンを組み上げ、黄銅の魔導騎士はそそり立つ“結界”を作りクーラー・クーラーを隔離した。
「小賢しいッ!」
時間停止の鎖が可視化された。時を縛り付けるそれは、時空間そのものに直接干渉するもの。第五位階魔術“結界”を打ち砕くには充分な威力を発揮する。
細腕に巻き付けた鎖を二度、三度と振るい、マーリエルの“結界”を破壊したクーラー・クーラーを尻目に、魔導騎士は加速化した思考の中で演算補助宝珠の報告を聞いていた。今、
『解析完了。魔族クーラー・クーラーの使用魔術式の組成がマーリエルのそれと一致。現在魔族クーラー・クーラーの身体能力を強化しているのは“
――なるほど、道理で力負けするわけね。でも、なぜ? 魔族が人類側の魔術を使用するなんて、聞いたこともないわ……。
『逆算も完了。魔族クーラー・クーラーから、解析不能の魔力波形を感知。解析不能領域を介してマーリエルの魔術式を投影している模様』
――ああ、そう。分かってみれば答えは単純ね。
「
原理は不明でも効果が解ればそれでいい。
世にも稀な異質特性、それを二つも併せ持つ魔族の存在にマーリエルは顔を歪めた。
検知不能の異次元の門と、カメラのシャッター音。その正体がそれである。銀色に光った瞳が、マーリエルの魔術式をコピーしたのだろう。人類側の情報集積文字が象る魔術式の組成は、第一級機密事項である。それがよりにもよって魔族側へ露呈するなど看過できることではない。
もしクーラー・クーラーの魔境への帰還を許してしまえば、魔族側の魔導技術を向上させてしまう事になる。そうなれば拮抗している戦線は崩壊するだろう。元よりそのつもりだったが、是が非でも此処でクーラー・クーラーを殺さねばならない。
体感時間の停滞を解く。無駄な魔力消費はできない。長期戦も以ての外。短期決戦で勝負を決める必要があるが――
「
天高く撃ち放った光線、半秒とはいえ具象化させた竜巻。これだけ派手にやり合っているのに、一向に等級三位の
キュクレインは士道第四位階、魔道第五位階の特記戦力である。戦闘の現場が分かればすぐにでも駆けつけてくるものと思っていただけに誤算だった。マーリエルの勝算とは彼との共闘であるのだから。
某かのトラブルでもあったのか、はたまたまだ隠れていた魔族を見つけて戦闘に移っているのか。いずれであっても、キュクレインが戦闘を行っている様は観測できていない。
どこで油を売っている? 苛立ちが脳裏を過るのを抑え、マーリエルは意識を切り替える。“結界”を破り突貫してくる魔族を見据え、単騎での撃破に乗り出す覚悟を固めた。
――“反物質砲”……は駄目ね。仕方ない、“電磁投射砲”を軸に戦術パターン“D”で行くわ。準備して、ベレスフォード。
白いライフルの先端に取り付けた銃剣を振り上げ、氷人の細剣を受け止める。これまで小揺るぎもしなかった第三幕壁が揺れ、マーリエルの両足を起点に亀裂が生じた。
残り少ない魔力を全燃焼させ、最悪この危険な女を刺し違えてでも滅ぼす気概を胸に、マーリエルは炉心にさらなる火種を投入した。
† † † † † † † †
突如として巻き起こった竜巻の烈風、それが内包する魔力の余波を受けた少年が、多数の魔物の死骸に巻き込まれ地面を転がっていた。
全身を強く打ち、意識が飛びかける。もしも特注の鎧兜で身を固めていなければ死んでいたかもしれない。うめき声を上げながら両手を地面につき、よろめきつつ立ち上がった少年は呆然と第三幕壁を見上げる。
「な……にが……?」
底と高さをまるで把握できない、圧倒的なまでの力の差。それを感じて少年は全身が震えるのを抑えられなかった。
恐怖だ。生存本能が逃げろと叫んでいる。
なんだってこんな所まで来てしまったのか。まるで場違いでしか無い。自分が如何に雑魚なのかがよく分かった。もし今の竜巻に比する規模の魔術が乱舞する戦場だったら、自分なんて何かをする間もなしに吹き飛んで死ぬだろう。
「………」
それでも、行かねばならない。相方の言を信じるなら、苦境に立たされているかもしれない友人の助けになれるかもしれないから。
何より自分のためにも、ここで引き返すわけにはいかないのだ。
萎えそうな勇気を振り絞り、欠片も勇気が湧いてこない自分の臆病さに笑えてきながらも、少年は自らの感情と体を切り離し脚を動かした。
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