出会いは仕組まれて、しかし運命的だった
二流は三流を見て笑い、一流は二流を見て学ぶ。
僕は全てにおいて三流だけど、心構えだけは一流のように在りたいものだ。
† † † † † † † †
『レディース&ジェントルメン! 遂に、遂にやって参りました! この闘技場にて、王国と帝国、どちらの魔導騎士が優れているか優劣をはっきりさせる時が!』
その記憶が焼き付いている。魔道第四位階同士による、親善試合の名を借りた決闘の記憶が。
『東の入場門より現れますは、このエディンバーフ領最優の誉れも高きマーリエル・オストーラヴァ! 王国軍レーヴェルス空上本部航空第一部隊より選出された"騎士オストーラヴァ中尉"です! 彼女の名を知らない者は、少なくともこのエディンバーフ領には存在しないでしょう!』
柔らかい金砂のような髪を風に靡かせ、浮遊するのは私。王国軍航空騎士中尉、マーリエル・オストーラヴァ。
『西より来たりますは、帝国軍ラーブル空上本部航空第十一部隊! その一翼を担いし"騎士アールナネスタ大尉"! 過去に対魔族の戦線にて幾度も轡を並べ、切磋琢磨した国境を越えた戦友同士の対決となります! 何を隠そう、互いに齢十の頃に魔道第四位階に達した天才の中の天才! いずれは両名とも空前絶後の第三位階に達すると目されております! さあどちらが強いのか、どちらが
真っ正面に姿を現し、飛び立ったのは鮮烈な紅蓮。深紅の魔導騎士。燃え盛る紅の長髪が目に眩しい。澄みきった青い瞳は穢れなく、幼さを多分に残す美貌は涼しげだ。
機能性を重視した
名前を、アレクシア・アナスタシア・アールナネスタ。エファンゲーリウム帝国の大公爵家に生まれた、本物の貴族にして皇族。真実"天才の中の天才"と称されるに値する存在。……天才なだけのマーリエルとは訳が違う。
「貴女にだけは絶対に負けたくない」と思った。
軍に属し
それはきっと、同年代ではじめて自分を上回る怪物を知ったからこその対抗心――ではない。責任を持つ家に生まれ、義務に縛られる使命を帯び、その才能と命の全てを対魔戦線に捧げることを定められていながら――『私と同じ』でありながら――自由に、あたかもこれが本当の自分なのだと示すような、風に揺らめく炎のような魂の在り方に猛烈に嫉妬したのだ。
余裕を持って、細められた青い双眸。如何なる苦境、それこそ死の瀬戸際に立ち、実際に一度は死んだ身でありながら心の変わらない魂の強さ。意思の力だけで死を乗り越えた、黄泉返りの深紅。そんな強いひとに……憧れた。憧れて、彼女の境遇を理解して、それは嫉妬になったのだ。
彼女に勝つ。絶対に勝つ。勝ちたいと希求する感情の根底には……何があるにしろ、マーリエルはアレクシアを凌駕するためにあらゆる努力を積んだ。アレクシアの能力を研究したのはその一環である。密かに対戦を望んでいたマーリエルにとって、親善試合はまさしく渡りに船だった。
――アリクスの武装は、二つ。
一つは右腕着装の演算補助宝珠"高貴なる者の唇"……妖艶な女王を想わせる、婀娜とした造りの鋭銀の手甲である。
アレクシアが作製したそれは、手甲で触れた魔術式に干渉し無効化させることができる。またアレクシア自身の魔力を帯び、脳にある魔力炉心を加速させ、魔力変換効率を底上げすると共に身体機能全般を急激に増幅させるのだ。
そしてもう一つが左腕着装の演算補助宝珠"卑賤なる者の拒絶"である。同じくアレクシア作の、竜の鱗を彷彿とさせる錆色の手甲は、魔法・魔術・物理を問わずに干渉する魔導結界を備え、主に盾として運用された。
白兵戦の技能しか持ち得ないアレクシアの技倆は、完全にこの二つの武装を使いこなすことのみに特化している。
――アリクスの戦術パターンは唯一。
高速で走り、超速で翔び、神速で迫る。空中に在っても縦横無尽、自由自在に駆ける紅の戦乙女。とにかく近づいて直接殴打する、それがアレクシアだ。親しい者にはアリクスと愛称で呼ばれる、理不尽なまでの強靭さを持つ規格外。
その道の魔導師にはいずれは魔道第三位階、士道第三位階に至ると目されているが、その才能と欠陥を誰よりも知悉するマーリエルは――彼女なら第二位階にまで手が届くのではないか、と予感していた。
異形の魔力波長は内に閉じ、放出系統の魔術は一切使用できない欠陥があるが、その代わりに身体強化に類する魔術には抜群の親和性を誇る。
研究した、努力した、そして万全の態勢と調子を整えて、何ヵ月も前から報されていた親善試合に臨んだ。
――だがマーリエルは彼女に敗れた。負けたくないと思っても、力が及ばなければ負けてしまう。それが世の道理だ、努力が実を結ぶとは限らない。なぜならマーリエルだけでなく、アレクシアもまた日々研鑽を積んでいるのだから。
悔しがる必要はない。同盟国にアレクシアという強者がいるのは喜ばしい。数世紀続く対魔大戦を戦い抜くにあたり、彼女ほど心強い味方は滅多にいないのだ。同じ人間として、同じ人類連合軍としてアレクシアがいる。頼もしい味方なのだから、悔しく思う気持ちは一切無用である。
そう自分に言い聞かせてみても、マーリエルは二年後の現在でも当時の口惜しさを拭い去ることができていなかった。
「……」
二年前におこなわれた親善試合。その映像記録を映し出すのは人工精霊の居住者補助端末だ。
この人工精霊は『居住者の補助をするための端末』と銘打たれてはいるが、その実態は闘技場の登録者に対する監視要員である。
発掘闘技都市で産み出された人工精霊の能力は、軍用の演算補助宝珠に匹敵し、過不足なく登録者の要望を叶えるが、影ながら登録者を管理するのが最大の役割だ。
そして最重要任務の一つに、登録者の資質と思想形態の調査がある。有為の人材の発掘のため、その才能開花に可能な限り融通するのだ。
主に判定されるのは以下の四点。置かれた状況を理解して努力を惜しまない理解力、行動力が一点。保有する魔力量と魔力形質が二点。伸び代の有無の判断材料としての年齢が三点。そして感情と論理を切り離せる合理的な思考形態を持っているかが四点。これら全てに符合すれば、軍にスカウトすべき人材であるとし、他の者とは一線を画する便宜を図ってもらえる。無論、軍への徴兵を強要はしない。闘技場を無事に生き抜いたとして、無事に出ていったとしても、諸事情により冒険者になるしか道は残されていないのだから。
冒険者は危険な職業だ。人類に寄与するところ極めて大であると言え、今も人類が存続できているのは過去の偉大な冒険者の功績によるところも大きかった。
冒険者と民間の勇士を呼び始めたのは誰だったか。それはマーリエルの与り知らぬものだが、魔境と化した土地を渡る彼らは真実『冒険する者』と言ってよい。
主に軍隊での活動に適さない人物達が、それでも巨万の富や人類への貢献を求めて危険を侵すのである。その功績は万人に讃えられるに足る。故に冒険者となる者を、発掘闘技都市は止めはしない。むしろ推奨するだろう。無形有形の差はあれ後援はするはずだ。
――何も、変わってない。
ぼんやりと戦闘記録を眺めながら、胸中に溢れ落ちるのは色のない感慨。
七歳の頃に王国と帝国の共同軍学校、カウィンハース航空騎士訓練校に入学し、九歳で卒業して、対魔大戦の戦線に配属された。十二歳の頃にアレクシアと親善試合をした時は、思いもよらぬ帰郷の機会を得たわけだが、それだって二日しか滞在しなかった上に父と顔を合わせる機会もなかったのだからカウントしなくてもいいだろう。
それ以後も帰郷することなく更に約二年間、対魔大戦に身を置かされ……後二ヶ月で十四歳になるマーリエルは、戦線が安定したことでやっと生まれ故郷に帰ることができた。あくまで一時的に、ではあるが。
その感想が、冷淡な呟き。それだけだった。
国軍より許された骨休めの期間は、意外と長い。半年もここにいることが許されている。無論非常事態があれば即座に招集はされるのだが、それは言いっこなしだ。
特になんの感慨もなく、マーリエルは約七年前に住んでいた自室にて仮想空間を展開し、二年前の自分とアレクシアの交戦記録を閲覧している。
再現された虚像には実体がなく、高濃度の魔力波が周囲に撒き散らされていた影響で、再現映像は鮮明な像を結んではいないが。それでもマーリエルの記憶には、これよりも遥かに色濃い戦闘記録が残っているから不都合はなかった。
やることがない。何かをする気にもなれない。部隊に残って訓練でもしていた方が、まだ日常のルーチンをこなせるから落ち着ける。こうして長期休暇をもらっても、有効に過ごせる気がしなかったから、必要もない戦闘記録を見ているのだ。
最早マーリエルにとって故郷とはエディンバーフ領ではなく、レーヴェルス空上本部……自身の所属する基地だった。それでもエディンバーフに帰郷したのは、軍に休暇を押し付けられたからというのもあるが、肉親である父の顔をふと見たくなったからだ。
帰郷してより六日。その父親とは、まだ会えていないわけだが。相も変わらず多忙を極め、過労死寸前の仕事に自分から臨み、ぎりぎりの綱渡りをしているのだろう。仕方ないと言えば仕方ない。半年の間に、せめて一度だけでも顔を見られれば御の字かなと思うに留まる。
現在のマーリエルの視線の先で、再現体のマーリエルが、渾身の魔術を放っていた。数百初もの魔力弾、テラ――"
瀑布のごとく空間を席巻するそれに、再現体のアレクシアは怖じ気る様子は微塵もなく。
近づかせまいと逃れようにも彼女の方が速く、進撃を阻まんと弾幕を張っても正面から粉砕され、搦め手を用いて縛ろうにもその手の策は聡明なアレクシアには通じない。
最も確実なのが真っ正面からの凌ぎ合いだ。それがアレクシアにとって最も得意な土俵であろうと、それしかない。純粋に彼女より強くなければ、アレクシアを下すことはできないのだ。故にマーリエルは自身の
第四位階魔術のテンペスタース、"
二年前も今も、マーリエルの士道位階は第六止まりだ。しかし魔道位階に特化し第四位階にまで上り詰めている。術式への魔力変換効率と、魔術行使の精密さでは、同じ第四位階魔導師の中で誰にも負けない自信があった。
自身の魔力波長の及ぶ任意の空間に、組み上げた魔術を多数生み出すことなど造作もない。魔術行使の回転率を高める魔力弾量産術式の術式構築工程を、腰に吊るした短剣型演算補助宝珠に丸投げしてしまえば、後は必要な魔力を注ぎ込むだけで指定した通りに魔力弾"
翻るにアレクシアは魔道も士道も第四位階だ。魔導師としての欠陥がある故に、魔導騎士であるアレクシアは士道も同時に修めている。当時十三歳と、マーリエルより一歳年上ではあるが、前代未聞と言える成長速度だった。
古典的に言えば純魔法使いタイプであるマーリエルの魔力形質はイエローカラー。風と土、雷の属性に長じる形質持ちだ。レッドカラーと違い近接戦は然程得意な属性とは言えない。しかしマーリエルは違った。
遠中近で苦手な距離などない。元より近づかれたら弱いというのは古代の脆弱な魔法使いに限った話であり、マーリエルは魔導師にして、若くして騎士の称号を持つ魔導騎士だ。軍属の魔導騎士は程度の差こそあれ、白兵戦に持ち込まれたら不利になるということはない。
小柄な体には不釣り合いな二挺拳銃を、虚空に佇む再現体のマーリエルが構える。
左右の肩の位置に大口径の魔導砲を追加で召喚し、空間に固定。爆音と共に砲撃を開始。平行して仮想砲身を魔力波長の力場で展開し、地場に干渉して操作すると巨大な二つの円を描く磁界を構築。それを圧縮して大型二挺拳銃に術式を秘め、磁場に反発する弾丸を銃身へ秘めた術式の中に置いて射出する。即席の魔導式電磁投射砲によって、着弾すれば
アレクシアはひたすら回避する。空を切った無数の弾丸で空間が拉げ、地面が無惨に陥没し、砂塵が舞う。観客席側に向かった流れ弾は、魔導式電磁投射砲の弾丸、魔導砲の砲弾や
闘技場の空が閃光と爆音に満たされる。弾雨の中を深紅の貴種は優雅に飛翔していた。
弾丸の縫い目に沿って飛び、隙間がなければ二本の腕で切り開き、阻むもののない無人の空を翔ぶようにして翔んでいる。絨毯爆撃のただなかを、ほとんど無傷で切り抜け続けていた。観客席の声援、歓声など全てマーリエルの砲撃の嵐に掻き消されているのに、声援に応えるように帝国の戦乙女は徐々にマーリエルに接近しつつある。
やがてアレクシアが右上腕までを覆う手甲に火炎を纏う。体外に魔力を放出できないアレクシアは、欠陥の対価として自身の肉体を魔術式に変換し人型の炎と化すことができた。右腕が紅蓮の炎と化し、急激な魔力消費によって
相手の自滅を待たず、自身の手で決着をつけたがるアレクシアの悪癖を――マーリエルはもちろん把握していた。
まんまと自身の距離にまでアレクシアが近づいた瞬間に、再現体のマーリエルが嗤い。あらかじめ自身の
自分自身をも巻き込む自爆の一撃。これにアレクシアは堪えられない。彼女の
『――いい、戦いだった。またやろう、マリア』
はにかんでアレクシアはそう言った。
吐瀉を吐き出すマーリエルの視線が困惑していた。なぜ、と疑問をも吐き出している。再現体のアレクシアが言った。
『死ぬかと思ったが、気合いで堪えた』
『――き、あい……?』
『うん。正直気絶しそうなんだ。
『なにそれ……。アリクス、貴女はなんて――』
――理不尽なの。
マーリエルは呟いた。「映像消して。仮想空間も」と。人工精霊アビゲイルが応答し、観客と闘技場、二年前のマーリエルとアレクシアの姿が幻として消え去った。
なんの変哲もない、必要な生活器具だけを置いた殺風景な部屋に戻る。マーリエルはベッドに仰向けに倒れ込み、手持ち無沙汰ゆえの無気力さで天井を見上げる。茫洋と過ごし、何度目かになる思考を走らせた。
「……気合いって、何よ」
幾度計算しても、意味がわからない。あれを人間が受け、意思の力だけで堪えられる理屈が理解不能だ。完璧に勝ったと思った、あの一戦だけで魔力を空にするほどに死力を振り絞った。合理的な計算の結果、導き出した戦闘結果が、その気合いとかいうよく分からないもので捩じ伏せられた。
納得がいかない。あれはマーリエルが勝っていなければおかしい。しかし現実にはマーリエルは負けた。ならどうすれば勝てるのかを考えるしかなくて。
つまるところ、実力が伯仲しているだけでは話にもならないのだろう。
圧倒的に上回れば、あんな理不尽は起こり得ない。マーリエルはやはり、最後にはその結論に行き着くのだ。
休暇は返上して部隊に戻ろう。訓練だ、鍛練だ、研鑽だ。どうせ仕事人間な父は会おうとはしない。肉親の情があって娘として可愛がってはもらったし、大切に想ってくれているのは知っているが、その上でなおも仕事を優先する人だ。会えないならここにいる意味もない。
何度もそう思い、しかし父には会いたくて。その迷いが、この一連の流れをマーリエルに繰り返させていたけれど。六日も無駄にしたのだ、いい加減割り切って部隊に戻ろうと決意する。
「アビゲイル、通信を入れ――」
『
言い切る前にアビゲイルに告げられたマーリエルは、薄い表情の中に戸惑いの色を浮かべた。
「……誰から?」
『回答いたします。
「
年相応のあどけない表情で、マーリエルは呟く。
暫し無言で黙り込み、アビゲイルに命じた。
「……読み上げて」
『了解。「マリア、今更だがおかえり。本当は直接伝えたいところだが暇がないんだ。すまないが暫く会えないだろう。今回はきみに報せたいものがある。どうするかはデータを添付しておくから、マリアが見てから決めてくれ」』
アルドヘルムの、声。狂おしいほど懐かしい、父親の声。マーリエルは複雑な心境になりながらも、アビゲイルに促した。
添付されているデータを開いて、と。
それに目を通す。
登録者"コールマン"。魔力量、成長率、魔力形質、魔力波長、思想形態。そして――
「レッドカラー? アリクスと同じ。歳は私と同じで……異質特性? 魔力が……
驚嘆の声を上げ、マーリエルはベッドから跳ね起きた。
そして余りにも
やれとは言わず、しかしやらざるを得ないと自分で思わされてしまう誘導方法。素直に頼んでくればそれでいいのに、変に気を遣う不器用な接し方。
「私に、彼と会えって言いたいのね。魔力量二乗化の仕組みを研究して、模倣できたら研究成果を報告しろと。最初からそう頼めばいいのに。ばかなひと……あなたもそう思う? アビゲイル」
人工精霊はあくまで畏まって応じた。
『回答不能です、お嬢様。不敬となります』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます