一年生GW編

オタクな忍者も巻き込んで

六番:変人

 四月の終わり。GWゴールデンウィークという大型連休前のため、生徒たちうわついた気持ちで昼休みに友達と過ごし方について会話の花をかせていた。

 特に今回は土日が重なるため、ふりかえ休日もふくめて三日から六日まで四日休みとなる。中にはもう少しずれていれば一週間近く休めたのに、としがる生徒もいる。

 しかしスメラギ・真こと《まこと》は赤い目で電子学生証のカレンダーアプリとにらめっこしていた。四日間の休み。かれにとっては多すぎる休日だ。

 

 高校生になるまで学校に通ったことがない。それまでは通信教育による家庭教師や習い事で日々を過ごしてきた。勉学におくれはない上、授業態度も真面目でれいただしい。

 しかしだいしょうとしてしゅがない。体を動かすことは好きだが、休日にやることが頭にかばない。本を読もうにも、紙ばいたいは高価な時代であり、最近では買ったばかりの一冊が水にれて読めなくなった。

 では友達と休日を過ごす、というのも真琴の頭には浮かばない。なぜなら彼にとって友達や友情は未解明なことがらであり、自信を持って友人と言える相手がいない。

 

 別に入学当初から友達がいなかったわけではない。むしろ入学当初であれば友達と言えたであろう人物は二人いた。

 しかし真琴は初めて見るイジメに下手に関わり、一連の流れでハゼガワ・広谷ひろやとフジ・裕《ゆうや》という少年とぜつえん状態になってしまった。

 イジメからかばったはずの相手であるラクルイ・波戸なみとは自主退学。イジメ相手であるマナベ・実流みのるも今となってはなぐりあった仲であり、それ以来いっさい話していない。

 

 アイゼン・遮おん《しゃおん》という少年とは楽しく会話できるが、友達かと言われたらまどってしまう。友達になろうと言ったが、無理と返されたのだ。

 遮音も友達というがいねんがわからず、友人がいないと言った。半ば仲のいい知り合い状態で交流は続いているが、それが友達かと言われたら真琴はなやんでしまう。

 しかし彼のおかげで焼きそばパンを買うコツを知った真琴は、お礼のメロンパンをわたすつもりで電子学生証の通話アプリを起動する。

 

「遮音、真琴だけど……お昼一緒にいい?」

『クラスのやつと食え』

ぼくもそうしたかったけど……二つほど問題があって」

 

 ぶっきらぼうな返答を慣れた様子で受け止めつつ、真琴はここ一週間近くの出来事を少しずつ思い出す。

 アミティエ学園はとうばつ隊を目指す少年が入学する学校であり、高等部と中等部がある。そのどちらも男子校として成立している。

 世にびこおには女性の気を好む。そのため女性をおそいやすいけいこうにあり、討伐鬼隊では主に男性をようしている。もちろん女性隊員もいるが、その数は少ない。

 

 男子校というだけあって、女子生徒はいない。女性きょうきょくたんに少なく、保健室の養護教諭などは肉食系として、むしろ生徒のていそうあやぶまれているほどだ。

 そのせいでけんが多発しやすいじょうきょう下で、学園側からいさかいを治める手段としてけっとうというシステムを提供されている。生徒が一対一で戦う、かん性の喧嘩と言ってもいい。

 真琴は決闘を利用してイジメの主犯であったマナベ・実流をたおした。おかげでイジメはなくなったものの、別問題が発生していた。

 

 イジメによって遠巻きにしていたクラスの同級生達が、決闘後にいきなり親し気に話しかけてきたのだ。まるでイジメなど最初からなかったかのように。

 旧知の仲のように真琴に話しかけてくる生徒達の中には裕也と広谷も姿を見せていた。そのことに不信感をいだいた真琴は、どうしても教室に長居できなかった。

 助けてくれなかった、無視をしてきた。そんな相手が今になって仲良くしようと話しかけてくる。未知の生命体を前にしている気分が常に続いた。

 

 イジメに関われば自分が標的になることについて、真琴は身をもって痛いほど知った。だからといって変わり身が速すぎればついていけない。

 大体広谷と裕也に関してはかなり険悪になったはずなのだが、それでも仲をもどしたいというのはやさしさをとおして身勝手だ。筋が通らない話である。

 そのことが余計に真琴が友情について悩む要因となった。しかし真琴が今一番気にしているのはそれではなく、目の前の光景だ。

 

 かべである。学園の清潔さを表す白い壁ではなく、そうする気やまぎむ気もないいわはだの壁である。しかもただの壁ではない。壁に見せかけた布だ。

 白い壁の中に目立つ岩はだの壁布。しかも裏側には人がいるらしく、上部に布をつかむためにはみ出た指先が見えている。通りかかる人全てが布を見ては、らんりをする。

 真琴もできれば関わりたくないのだが、何故なぜかその布は真琴をこうするようについてくるのだ。もしも本当に尾行というならば、雑、の一言で終わる有様だ。

 

「メロンパンあるよ。確かあまい物好きだって聞いたけど」

『……美化委員会が管理する植物園の裏手なら人気が少ない。そこにいる』

 

 メロンパンを買って良かった。そう思うと同時に遮音の優先順位において、真琴よりもメロンパンという事実になみだしそうになった。

 必死に後ろをついてくる壁布を見ないようにしながら真琴は植物園がある方向へ足を進める。頭の中では美化委員会という単語が引っかかっていた。

 2222年。鬼が蔓延るため、ドームで保護している場所以外は、2030年ごろに起きた大戦によってとなったまま放置されている。

 

 おかげで資源は大戦前よりも貴重となり、第一次産業である農業やぼくちくはクローン技術を取り入れて、大量生産を目指している最中だ。

 特にかつが激しいのは紙だ。再利用するために専用回収ボックスなど設置されているが、上質紙やカラー用紙となるとれるのもおそろしいほど高級になった。

 エネルギー問題に関しては人工生産可能となったエリクサーという物質精製技術によってクリアされた。副産物であるけんじゃの石と呼ばれる物も高純度な電力へんかんが可能だ。

 

 だからこそ通貨やへいは存在しない。全てICカードサイズの身分証明証でまかなっている。真琴の場合は学園で使える電子学生証である。

 焼きそばパン一つ買うにも電子学生証がひっであり、授業を受ける時も机に設置されたいっかつ管理型のパソコンでキーボード入力による解答だ。

 タッチペンで字の練習し、読み上げソフトを活用することで正確な音読しゅうとく。紙やえんぴつなどを消費しないエコロジースタイルを目指した授業形態だ。

 

 様々な観点から現在、人が住まう場所は極端に制限されていると言っていい。下手にばっさいしても、昔通りの速度でもどる世の中ではないため、残った自然は現状が基本だ。

 人々や保護している自然を区切るのがドームという街をおおう壁と見えない結界だ。鬼は人を襲う。ドームは鬼を発生させないと同時にしんにゅうを防ぐ役割がある。

 このドームによる区切りを格付けした上で呼ぶ名前が保護区である。アミティエ学園はB1保護区イケブクロシティ内にある学校だ。

 

 保護区から別の保護区を移動するにはしんせい手続きや証明書の発行など、多くの時間と手間が必要になる。大人数となれば、移動時間や討伐鬼隊への問い合わせも増える。

 なのでアミティエ学園では部活動という物がない。運動するための場所も少なく、校外交流や体育会系部活による大会かいさいが困難な情勢のためだ。

 代わりにさかんなのが委員会であり、アミティエ学園では全員が委員会に所属する必要がある。美化委員会もその内の一つである。

 

 一年A組担任であるシラス・矢ぶき《やぶき》から一応の説明を受けた真琴だが、委員会という言葉に慣れていないためあくには至っていない。

 しかし四月も終わりとなり、全員が所属先希望の手続きをしなくてはいけない時期と言われてしまい、真琴はどうしようかと迷っている。

 とりあえず遮音に出会ったら相談してみようと思い、足を急がせる。追いかけてくる壁布も真琴に合わせて速くなる。周囲は一体あれはなんだと注目が集まる。

 

 そんな中で、走る壁布ではなく真琴に注目した人物がいた。その人物はかいそうに近くにいた友人に話しかけ、ついていくことを決めた。

 

 

 

「言いたいことはたくさんあるが、まずはメロンパンだ」

「カツアゲっていうんじゃないの、それ!? 僕だって最近図書室のデータベースでライトノベル関連を調べたからね!」

 

 えんりょもない遮音のメロンパン要求に真琴は最近身に着けた余計な知識をろうする。イジメにってから、関連本を調べた結果がライトノベルであった。

 若者にわかりやすく現代をモデルにファンタジー要素などを取り入れた物から、とことんまで現実を追求した青春ものまで様々なジャンルをもうしている本の形式だ。

 今まで厳格で古式な叔父おじに育てられた真琴にとって未知のジャンルであり、ひまさえあれば簡単に読めたので最近は愛用している電子しょせきだ。

 

「図書委員会はああいうのが好きな奴が集まりやすいからな。学校費用でリクエスト電子書籍をこうにゅうできる」

「そ、そうなんだ……僕もおんけいあずかっているとはいえ、自費で買えばいいのにね」

 

 言いながら真琴は周囲をながめる。ビニールハウスの壁に寄りかかってすわる遮音、その周囲も草のカーペットで青々しい。

 桜の時期が終わったため、は夏に向けて緑色を深めている。とうめいなビニールしに内部で育ついろあざやかな植物はめっに見られない物だ。

 真琴が目をかがやかせながら遮音に顔を向ける。その意図を理解した遮音はたんたんと現実をきつける言葉を選ぶ。

 

「ビニールハウス内は美化委員会のかんかつで、部外者は入れない。薬草もあるが、毒草や外気に弱い植物もあるからな」

「う、うぅ……写真集は高価だし、実物はてってい管理されてるしで、つらい」

「そういえば委員会はどうするんだ? できれば委員会までお前のめんどうは見たくないからな、ちがうのを選んでくれ」

ひどい!! いやでも確かにいつも面倒見てもらっている身としては反論できない……代わりにしょうさい教えて」

 

 申し訳なさそうにしつつも遠慮なく教えをう真琴。遮音は少しかんがんだ後、簡潔に説明していく。

 

 まずは生徒会。アミティエ学園では生徒会長、副会長、会計と書記に二人ずつの計六人体制会がある。ここを頂点に八つの委員会が公平に並ぶ。

 どの委員会にも討伐鬼隊に入った際に役立つ能力育成を目指しており、昔はもう少し多かったが、効率的に減らした結果が今の数である。

 

 保健委員会。その名の通り負傷者を運ぶなど、授業の欠席を担任に伝えるなどの役目を持つ。月の最後には保健室利用者のデータを割り出して提出。

 もんは養護教諭のマチ・未森みもり。放課後には応急処置の講座などを開いて、交流を深めていくなどのを取っている。

 将来的に回復系プレートを持たずとも、にんの処置や適切な対応が求められる場面でのかつやくを行える人材を。

 

 広報委員会。外部に向けた方法発信から内部向けのSNSまで。あらゆる学園内情報を取り仕切る集団。ネットワークにくわしい者が入りやすい。

 顧問は三年C組担任サザヤ・竹やぶ《たけやぶ》。決闘申請後の電子けいばん告知を自動的に行うシステム作りや、校内放送プログラム制作もになう。

 情報を操作することで印象操作を始めとした、情報戦にて活躍する人材の確保。また機密情報流出を防ぐプログラム生成もまれている。

 

 体育委員会。学校の顔役としてれい作法から姿勢の作り方、発声法まであらゆるマナーをたたきこまれる委員会。

 顧問は一年C組担任マツ・夕づる《ゆうづる》。早朝から校門であいさつを大声でかえす挨拶習慣や、外部に向けた式典での代表で選ばれることもある。

 はんとなる姿の形成、人があこがれる対応や挨拶などを身に着け、どこに出してもずかしくない人材を増やす。

 

 図書委員会。電子書籍データベースの管理やこうしん、貴重な紙資料のあつかい方や虫干しの方法を習得できる。

 顧問は一年B組担任ハナミチ・桐《きりゅう》。所属者には優先的にリクエストがかなえられる権限があり、希望する者も多い。

 情報を保有する場合、データよりも紙媒体の方が安全性が高いことをこうりょしている討伐鬼隊では紙資料が多いため、それらを安全に保管できる人材の向上。

 

 学級員会。各クラスの代表。打ち上げや文化祭においての行事内容取り決めや集計を担うまとめ役を集めた会。

 顧問は教頭であるフタミ・鷹《たかお》。打ち上げや文化祭行事に必要な予算確保や領収書の取り方など、事務や会計および人々をまとめる能力が求められる。

 討伐鬼隊ではチームとして活動することが多いため、四十人規模をまとめられる人材育成としてこれ以上ない最良の活動内容である。

 

 風紀委員会。学園内のごとや規則はんだけでなく、学園外でも不良な生徒をまるための武力解決系委員会。

 顧問は二年B組担任ハジマ・万桜まお。武力解決は最終手段だが、公に相手をちんあつさせることが権限としてあたえられる。代わりに所属者が違反した場合、通常よりも重いばつが下される。

 人が集まれば問題が起きやすい。それらをいさめるしゅわんちゅうかいとしてのコミニュケーション能力、時には暴れてしまった相手を無傷で確保する力が問われる。

 

 美化委員会。貴重な植物の育成やそれらをそくしんさせる虫との交流、また動植物ぜんぱんに関する知識などを得られる場所。

 顧問は二年C組担任ヒトシズク・仁王におう。校内のせいそうも一部をっており、プール清掃もこの委員会が行っているため、校内美化を保つ面もある。

 せんとう中は荒れ地で戦うことも多いため、どろよごれても気にしない性格形成と、的確な自然への知識の確保を目的としている。

 

 用具委員会。学校内全ての精密機器から備品まで全て管理し、補修を行う。機械工学に関する知識が必要となってくる。

 顧問は三年A組担任キソ・源内げんない。配線の接続方法や効率的な修理の仕方などを学べる上に、上達すれば自作パソコンも作れるようになる。

 討伐鬼隊では車を使うことが多いため、故障した際に直せる者がいるだけでかなり違う。また多くの機械を直せるだけで、仕事効率もだんちがいになる。

 

 ここまで話を聞いた真琴は全てをめない顔で、遮音の所属先を聞く。

 

「まだ希望の段階だが、おれは保健委員会だ」

「えっと応急処置を学べる委員会だよね。確か先生って……いいの?」

 

 養護教諭であり、肉食系女子代表の筋肉大好きで男子高校生に興奮するマチ・未森を思い出す。悪い人ではないが、危機感を持ちながら接する必要がある。

 かのじょこそが保健委員会の顧問である。保健室の養護教諭としては正しい姿だが、不安感はぬぐえない。遮音は冷静な表情で、だいじょうだろう、と告げる。

 

「別に先生とこんになる必要はないし、する気もない。自分に必要な知識やスキルを身に着ける場所として、委員会を選んだだけだ」

「なるほど……なんかたくさんあったけど、万桜先生なら知ってるし風紀委員会とかいいなぁ」

 

 がらりんとした姿の女教師を思い出して、真琴はなごやかなふんつぶやく。実流との決闘ではしんぱんを務めてもらったつながりもある。

 しかし遮音はあからさまにを見る目で真琴を眺める。説明を聞いていなかったのか、という雰囲気すら感じさせる。

 その気配に気づいた真琴は改めて風紀委員会の内容を思い出す。武力行使可能のはんしゃを取り締まる自治組織に近い形態。

 

「最初に言っとくぞ。風紀は脳筋が集まった暑苦しい上にあせくさなまぐさいの集団で、当番制で休日返上当たり前のブラック委員会だからな」

「休日返上は別に大丈夫だけど……くさいんだ」

「そこか。変な所でおぼっちゃま気質きしつが働くな、お前」

「いや休日は本当になに過ごしていいかわからなくて……それに最近変なのがついてきてるし」

 

 そう言って真琴は、ビニールハウス横の大きな樹にたいしようとしているはながらの壁布を見る。岩肌から変えたらしいが、またもやかくす気があるのかとめたいがらだ。

 あえて無視していた遮音も仕方なく、花柄の布に目を向ける。ばれていないと思っているのか、それともとおす気なのか、布から一向に姿を現さない変質者である。

 

「どう思う?」

鹿だと思う」

 

 真琴も遮音の言葉を否定するほどの説得術は持っていなかった。むしろ否定できる者がいたとしたならば、たたえられるほどである。

 しかし花柄布は一向に動じない。例えその布をめくって内部を見る者がいてもだ。実際目の前で約二名があえて内部をかくにんし、苦笑いをこぼしている。

 小声で少し話した後、花柄布内部を見ていた二名は真琴と遮音に近付く。赤いブレザーを着ているが、顔つきや雰囲気から上級生だというのがわかる。

 

 一人は学校指定の赤いブレザーをこしに巻き、はんてんに近い形のしぶい緑色の上着を着ている。黄色に近いだいだいの目と黒に近いむらさきいろかみによく似合う。

 しかし気さくそうな顔なのだが、制服をくずしているせいかだらしない。真琴の担任である矢吹とはまた違っただらしなさだ。

 背後にひっそりと立っている友人に対し、花柄の裏側について大笑いしている。よく見ればくつかわぐつではなく、ぞうだった。

 

 もう一人は学校指定の赤ブレザーを着ているが、その下に白のパーカーを着ており、フードで顔の上半分近くを隠している。

 首筋までびた髪は銀、鼻頭まで伸びたまえがみからのぞく目は金。肌が青白いせいか、どこかばなれしたあつ感がただよう。

 手足が細長く、パーカーとブレザーを重ねているのに厚みを感じさせないたい。真琴はつい最近見たライトノベルで顔はこわい学校の不良を思い出す。そういうのはたいていいぬねこに優しかったりするらしい。

 

「あっはははは、おもろいもん見せてもろうたわ! お、あめちゃん食うか? 今ならいちごちゃんがあるで」

「……こ、これはライトノベルでしか見られない方言の一種!?」

「お前はもうライトノベルから知識を得るの止めろ。で、だれだ?」

「遠慮ないなー、こう見えてせんぱいやで? ということで二年B組のヤガン・古寺こでらがワイ。後ろにおんのが同じクラスのキヌガサ・颯天はやて

 

 さんくさ似非えせ方言を使う気さくそうな半纏男が古寺、細長い体の不良系男が颯天。どこかで聞いた名前だと、真琴は必死に思い出す。

 そういえば、実流と決闘する日に聞いた覚えがある、くらいまでしか思い出せなかった。実際はすれ違い、声を聞いていたのだが、そこまでは無理だった。

 遮音はヤガンの名前に反応したが、それ以上さぐることはなくうなずくだけで終わらせる。あいのない態度を気にせず、笑いながら古寺は話を続ける。

 

「いやー、まこ坊にはかせがせてもらって感謝しとってなー、これ先輩からのおごりや。二人で仲よう食べてな」

 

 そう言って古寺は密閉容器を真琴に渡す。ふたを開ければ、中には寿を輪切りした物がめられていた。

 具材は決してごうな物ではないが、にんじんきゅうりに玉子金糸を使って色鮮やかな料理となっている。和食が好きな真琴はあわてて古寺にお礼を言う。

 話を聞けば家庭科実習で作った残り物らしく、古寺は颯天が作った大量の失敗作を食べすぎておなか一杯だという。つまり実質0円の奢りである。

 

しいです! 海苔のりの代わりにけたの皮で巻いているんですね」

「海苔なんて高級品や! 海が黒くなって以来、海産物は全部高級品やで! 学校の実習でおいそれと使えるかい!」

「海水を再現したようしょくじょうで自給しているレベルだからな。というか古寺、うるさい。金に厳しいのはいいが、うるさいのはかなわん」

「せやな。どっかの誰かさんが実習で米を巻くだけの簡単作業でああなると思ってなかったら、こんなにヒートアップせんかったわ」

 

 古寺の余計な一言に颯天は無言で首めの技をかける。流れるような武術の動きだったが、加減はしているらしく古寺が慌てた様子でうでを叩くゆうがある。

 一体巻き寿司でどんな失敗をしたのか気になった真琴だったが、横から巻き寿司を次々食べていく遮音に気付いて慌てて自分の分を確保していく。

 にぎやかな様子が気になったのか、花柄布が少しずつきょを縮めてくる。それに気付いた古寺が首をめられつつも真琴に話しかける。

 

「あんな、まこ坊。決闘でけた三人、その内がワイや。もう一人は知らんが、残りの一人も知っているで」

「え!? 本当ですか!?」

 

 決闘には学校こうにんばくシステムがへいようされる。観客である生徒が少しでも興味を持ち、観戦するように仕向けるためだ。

 真琴は実流との決闘を行う際、三人にしか賭けてもらえなかった。その内の一人が遮音であるが、残り二人の正体は知らない。

 賭博という内容であるため、名前を明かさないのがつうである。特に実流との決闘に関しては、負けた人数が五百人近くいたのでなおさらだ。

 

「そこの花柄や。いい加減隠れるのやめぇや。話したいことあんなら姿現した方が得やで。時は金なり、されど金は時にならずや」

「え、えええええええええええ!? そこの変質者が!?」

おだやかな容姿に反してようしゃないな。スメラギ、おそらくお前にいんねんがあるかもしれない。気をつけろ」

「ぼ、僕あんな変な人知らないですよ!? しゃ、遮音は!?」

「……ナイヨ」

 

 明らかに片言なかんまんさいしゃべかたで否定した遮音。言外に心当たりがあるというしょうだが、聞くのはためわれる言い方だ。

 真琴が遮音の腕を掴み、死なばもろともという意味で一緒に近寄る。遮音はいやそうな顔しつつも腕をはらうことはしない。そんなこうはいを見守る古寺達。

 花柄布は最初ふるえたがげることはせず、真琴が近づくのを待っていた。そして距離が近くなったころ、布を下げて姿を現す。

 

 白いニットぼうにカーキ色のヘッドフォンを組み合わせ、くろかみの半分を隠している。男子としては少し長めだが、後ろで小さくまとめた、ひっつめに近いかみがただ。

 目の色は黒く、じゃっかんねこをしている。体は思いの外小さく、赤いブレザーのそでが若干余っている。持っていた花柄布は手早くたたみ、ポケットサイズにしてから腰につけていたウエストポーチに収納。

 しかし真琴としては胸ポケットからはみ出ている女の子の姿をした人形が気になった。それをマスコットストラップだという知識が真琴にはまだない。

 

「ど、どちら様ですか?」

「失敬。せっしゃは一年C組所属のランバ・覗見うかがみでござる! にかかれて大変きょうしゅくの至り。なお、遮音殿でんとは同じ教室でござる」

「ラノベニンジャ!?」

「違うでござる。拙者はオタクにんじゃでござる。忍者オタクではない、これ重要でそうろう

 

 横で聞いていた遮音が、どうでもいい、という顔で二人を眺めていた。背後では古寺が笑いすぎて颯天の背中を叩き、再度首を絞められていた。

 真琴はライトノベルで読んだ忍者の登場におどろきつつ、でもあれってフィクションで実際の人物に関係ないはずだよなという、全く違う方向に思考を飛ばしている。

 

「拙者、ラクルイ・波戸と友人……と言える立場にいたでござる。しかしたびは彼の者とえんる事態が発生したが故、最後はとなって……」

 

 少しずつ声が小さくなっていくが、真琴の耳にはしっかり届いた。目の前にいる覗見は真琴がイジメに関わる原因となった人物の友人。

 真琴の思考がいっしゅんにして全停止する。波戸は高等部で手に入る能力保有プレートをはらい、それが原因でイジメに遭いつつも自主退学した人物だ。

 今でも忘れられない存在として真琴の脳内にきざまれた人物の一人である。助けたはずがぜんしゃとうされたのは、思い出すだけで苦しくなるおくだ。

 

「だから、その、拙者は……しからばめんっ!!」

 

 言葉を探していた最中でえ切れなくなった覗見は近くにある木の枝に一足飛びで乗り、枝や壁を使って逃げていく。

 予想以上の身のこなしに真琴だけでなく遮音もぼうぜんとし、姿が見えなくなるまでその場に立っていた。足元にマスコットストラップが一つ。

 拾い上げたそれはわいらしくデフォルメされた女の子の人形で、目を前髪で隠しつつほおを染めた愛らしい少女の姿をしている。

 

「それはあれやろ。ときキスっつー、大戦前から残ってるれんあいゲームのキャラクターやんけ。確か……るいちゃん言うたかな?」

「く、詳しいんですか?」

「二次元は金になるんや。特に人気作及びキャラクターを売りにしているのは固定ファンがいんや」

「へー。恋愛ゲームって恋愛するんですか? 誰とゲームするんですか?」

 

 真琴の問いに古寺のがおが固まる。問いかけるように遮音に顔を向ければ、かたすくめられるだけで終わってしまう。

 まずネットにうとい上に、このねんれいまでゲームどころがライトノベルも知らなかった真琴。恋愛ゲームという単語すら初耳である。

 二次元の可愛い女の子と恋愛シミュレーションを行う一人遊び用、をどうく伝えるかで古寺が悩んでいる内に、昼休みしゅうりょうを知らせるかねが鳴る。

 

「あ、あー、あれやな! 次は移動教室やし、はよ戻らんと! じゃ!」

「そういうことだ。自分で調べてくれ、スメラギ。アイゼン、なんでもかんでも教えると本人のためにならんぞ」

「なんか颯天さんには言われたくない気がする」

 

 すために走り出した古寺を追いながら助言を残した颯天。残された真琴と遮音は顔を見合わせ、それぞれの教室に帰るかと頷きあう。

 

「あ、この人形は同じ教室なら遮音が返してくれないかな?」

「断る。それよりも……五月六日は暇か? 前に言っていた奢り、その日ならいいぞ」

「う、うん! 大丈夫」

 

 密閉容器とマスコットストラップを持て余していた真琴だが、悩んでいた休日の一つに予定が入り、浮かれた気持ちになる。

 しかし放課後にて様々な予定がまれていくのを、現段階では知るよしもなく、また当初の目的である命を賭けるにあたいする友情探しも止まっている。

 そのことに気付かないまま真琴はひたすら浮かれていた。学生時代の休日の過ごし方を一切知らなかった真琴に対し、現実は容赦なくおそかってくるものだ。

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