四番:決闘

 はばひろい階段のような観覧席が四方に広がっている。視線が集まるのはじゅうどうの試合を行うサイズよりも少し大きいけっとう場。

 東側の入場口には青いりゅうが、西側の入場口には白いとらえがかれている。南側の観覧席内部には解説用の座席と机が用意されている。

 解説席にすわるのはぶきゆうづるである。それを背に決闘場でおう立ちしているのががらな少女のような姿をしている万桜まおだ。


「これより、スメラギ・こと対マナベ・実流みのるの決闘をかいさいする! なお観覧席には念のため結界を張っているが、破られた時は自己責任だ!」


 万桜が笛を鳴らすと同時にせいりゅうの東口から真琴、びゃっの西口から実流が入場する。一気に観覧席がにぎわいを見せる。

 アミティエ学園は男子校であるため、観覧席に女子の姿はない。それが逆に暑苦しいほどの熱気を生み、きんちょう感を生み出す。

 観覧席に照明の光はまない分、決闘場には立っている者が目を細めるほどの光が集まっていた。真琴はまぶたの上あたりに手を持ってきて、光をさえぎる。


 対面する実流はまぶしさをものともせず、ズボンのポケットに手をんだままリラックスした姿勢で立っている。

 あごを上げて見下すような姿勢だ。いやみをかべているせいで、せっかくの優等生らしいふんを台無しにしている。

 整えられたきんぱつしゃくどうひとみ。赤いブレザーによくえる色だ。もしもイジメの件がなければ、カッコイイと真琴は評しただろう。


「もうける時間は終わりだ、あとはこの鹿共の戦いを目に焼き付けろ! それでは、三、二、一、ゴー!!」


 早口のカウントダウンにも動じず、真琴は実流へ向かってぐ走り出す。その速さに観覧席から感心するような声がれる。

 解説席にいる夕鶴も真琴の身のこなしにおどろき、矢吹がスメラギ家の教育を受けた、ある意味でのサラブレッドと説明したしゅんかん、万桜も驚いて矢吹に目を向ける。


「スメラギ様、いや、隊長のむすだったのか!? 同性ではなく?」

しょうしんしょうめいつうしょうじんの息子だよ。それよりも、ほら、けるぞ』


 矢吹が目を細めると同時に実流がポケットから手を出す。その手の中には銀色に光るプレート。能力名は【ばんぶつげき】と書かれている。

 そのプレートを指先一つで飛ばす。真琴はあわてて体をひねり、たま速で飛んできたプレートをける。少しでも反応がおくれていたらくつ先にさっていた。

 能力はプレートを持ち主であるとにんしきされている限り、手からはなしても能力は使える。実流の能力ならばプレート自体が武器として使えるのだ。


 だがこれで弾数はきたと思った真琴は再度走り出す。プレートは真琴の足元であるゆかに刺さっており、小さなれきが発生しているが実流からはきょが遠い。

 弾としてあつかうにはれるしかないという真琴の読みは当たっていた。しかし弾数が尽きたという考えはあまいということをすぐに思いしらされる。

 触れられるならば、自分自身も、相手も弾速で飛ばすことができる。いっしゅんで近付かれた真琴は、実流に触れられた瞬間に決闘場のはしかべまでばされた。


 決闘場は観覧席よりも少しくぼんでおり、場外がないため壁に当たっても負けとはならない。それでも真琴がぶつかった場所は大いにくだけ、上にいた観覧席の生徒はどうようした。

 またもや弾速でせまろうとした実流だったが、ぶつかった反動で壁からすぐ離れた真琴は腹をかかえながらうように移動する。万桜が目をらしてじょうきょううかがい続ける。

 予想以上に実流は能力を使いこなし、なおかつようしゃがない。下手したら今のいちげきで真琴は死んでいたかもしれない。少しでものがさないように二人の動きを追う。


『矢吹殿どの何故なぜ真琴殿は能力を使わない? もしや私の【けんこうばんざい】のようにせんとう向きではないと!?』

つうに使い方がわからないんだ。授業では全く使えないと言ってもいい、ピーキーな能力な上、今回初使用』


 夕鶴があせるように問いかける中、矢吹はたんたんとした様子で説明する。その間にも実流のもうこうは止まらない。

 弾速でプレートや真琴を飛ばした際にできた瓦礫。それすらも弾として吹き飛ばせる。真琴は口の中でなにかをつぶやきながら避けていく。

 案外上手に避けることに対し、実流は舌打ちする。万物、あらゆる物をてる能力だが、欠点としてはつい性がない。真っ直ぐにしか進まない弾なのだ。


 真琴の赤い目が油断なく実流の手元に集中する。もしも弾として飛ばすならば触れて、方向性を追加するなら投げるしかない。そう思っていた。

 しかし実流がった瓦礫がそのまま飛んできた時、真琴は慌てて頭を下げた。かんいっぱつで瓦礫は頭上をえていったが、今度は地面に落ちていた瓦礫がそのまま決闘場の床を走ってくる。

 片足でんで宙返りする真琴は、実流が強いことを実感する。能力の使い方にじゅうなんせいがあり、どんな場面でも生かせる。これでこんじょうさえ曲がっていなければ高評価だ。


「真琴ぉ、けんを売ったのはお前だろ? 一撃くらいはおれに入れてからたおれろよ。じゃないと楽しくねぇ」


 そう言いながら実流はどんどん増えていく瓦礫を何発も同時に撃ち出す。いっさいこうげきするひまあたえないだんまく性が増していく。

 しんぱんのためとうじょうにいる万桜も気をつけながら移動していく。カモシカのような身軽な動きに観覧席からはくしゅが送られるが、それどころではない。

 真琴は口の中で呟き続ける。使用済みの弾をもう一度撃つには、また触れる必要がある。あらゆる大きさや重さを無視して撃てる。制限はほぼ無い。


 少しずつ実流の能力を確かめていき、さきほど実流が弾速で近付いたことを思い出す。かれは速度で近付き、止まってから真琴の体に触れた。

 撃ち出された瓦礫は壁にぶつかるたびにくずれていく。そして細かく砕けては床に落ちる。撃ち出した弾を止める位置を決められるが、それを使わないのはなぜか。

 空中に固定してしまえば真琴のみちを防げるのに何故しないのか。止める位置が決められるのは一つ、おそらく実流自身の体だけ。


 もし自身以外も一つ止められるならば、真琴を撃つときに空中で固定してそのままタコなぐりにすればいい。だが、できなかった。

 安全装置に近いのかもしれない。もしも自身の体をけんじゅうで撃ち出す速度のまま人にぶつければ、自分自身もただでは済まない。だから寸前で止め、相手に触れて吹き飛ばす。

 もうこれくらいでいいだろう。そう断定した真琴ははやがねどうに耳をませ、赤い目だけを実流に集中する。攻撃しようと瓦礫をつかんだ手がこちらに向く。


 瞬間、真琴は実流の右ほおに左のこぶしき入れていた。さわがしかった観覧席が静まり返る。


 殴られた実流は床に打ち付けられながら、すぐに起き上がる。しびれた感覚の右頬に触れ、痛みで顔をゆがめる。

 拳をげた体勢のまま、真琴は実流へ赤い目を向けていた。それが血の色に見えた実流は背筋をふるわせ、理解を追いつかせようとした。

 審判として注意深く見ていた万桜ですら一体なにが起こったのかあくできなかった。わかったのは実流が攻撃しようとした瞬間、真琴が攻撃していたということだ。


『これが真琴の【はんげき先取せんしゅ】だ。相手の攻撃に反撃を先取る。正直、攻撃系能力の天敵だ』


 矢吹の説明に観覧席が再度ざわめきをもどす。どういう仕組みかと矢吹が説明する前に、実流はその正体を掴んだ。

 攻撃しようとすると反撃してくる。しかも相手の攻撃より早く反撃する。カウンターを先手必勝に変えてしまう。順序を逆にする。

 因果律にかんする能力だ。では何故これが授業では使えないか。簡単だ、戦闘以外で使う必要がない。反撃する機会がなければ使えない。


 もしも真琴の拳が一撃必殺のりょくを持っていたら、終わっていた。だからこそ実流はそれが弱点だと気付く。


 能力で与えられたのはあくまで反撃を先取るだけのこと。攻撃の威力を上げるわけでも、速度を上げるわけでもない。

 問題はそれが避けられるか。攻撃しようとしている間にぼうぎょなどできない。実流の能力は万物を弾として撃ちだすという内容だ。

 つまりは実流が攻撃を続ける間、真琴は何度も反撃してくる。その反撃全てが先手となり、避けることも防御もできない。動揺する実流に真琴が声をかける。


「一撃、いれたよ。さぁ、これからだ。立て、実流」


 実流に対してていねいさのかけもない対応。同格かそれ以下か。見下されていると思った実流はいらちながら立ち上がる。

 そして持っていた瓦礫を撃ちだそうとした瞬間、またもや殴られる。今度は胸の上。一瞬で息がまった実流はつんいになって咽せる。

 把握できたところで対処できない。攻撃しようとした瞬間、殴られている。どんな強い能力でも、行使する暇がない。


 しかし実流は殴った姿勢のまま動き出すのに時間がかかる真琴を見る。赤い目を白黒させて動揺している顔に、笑いかける。

 真琴は能力を使い慣れていない。だから本人も使った時、把握に時間を要する。もう一度瓦礫を撃ちだそうとした瞬間、真琴の拳が腹にめりむ。

 笑いながらそれを受け止め、実流は腹に拳を突き入れた真琴のうでを掴む。目を見開いた時には壁に飛ばされている。見ている方はしゅんかんてきな攻撃の数々にまどうしかない。


『今のは反撃された瞬間、相手側に生まれる把握に対する空白を利用した反撃の反撃だな。これで予想通り、五分五分になった』


 矢吹の説明で何人かがうなずくが、全部理解できる者はいなかった。しかし腹を抱えてうずくまる実流も、壁に寄りかかりながら立ち上がる真琴もじんじょうじゃない目の光を宿していた。

 歯を食いしばっておたがいに立ち上がり、実流は瓦礫を片手に、真琴は拳を固めて待ち構える。にらうように立ったまま動かない二人に、万桜はどうやって勝敗をつければいいのか迷う。


『攻撃すれば反撃を先にらう。反撃すれば反撃を食らう。あとは意地の見せ所だ』


 そう説明した矢吹の目の前で、実流が瓦礫を投げようとして真琴の拳をこつに受け、視界の端にとらえたブレザーを掴んで真琴を壁まで飛ばす。

 一番骨がている部分に攻撃を受けた実流は息をし、かたうでで上体を起こそうとする。震えるひざしっし、立ち上がろうと顔を上げる。

 壁からずり落ちた真琴もかたで息をし、胸をさえながら立ち上がる。せきした瞬間、小さな血がくちから垂れる。肺に傷がついたと矢吹は説明する。


 万桜が止めようと笛を鳴らそうとした。これ以上は危険と判断し、今の状況で勝敗をつけようとした。


『止めるなっ!!』


 真琴と実流。対立しているはずの二人が声をそろえて万桜にけんせいをかける。さすがの万桜も肩を震わせ、指先から笛を落とす。

 落ちた笛に見向きもせず、宿敵であるかのようにお互いの顔をにらみ続けるが、その表情はどちらも不敵な笑みだ。あらい息を吐き出しなら言う。


「ここで、勝ち負けを決められてたまっか……かんなきまでにたたつぶす。じゃないと、気がおさまらねぇ!」

ぼくも同じだ。白黒はっきりしよう……僕は君に、いや、見ている全ての人の前で、勝つ!」


 一瞬の交差。攻撃しようとした実流の頬に真琴の拳が入る寸前で実流の腕がそれを掴んでいる。攻撃に反撃を先取ろうとして受け止めた結果。

 矢吹も説明を入れる暇がなかった。実流が真琴を吹き飛ばそうとする前に反撃で蹴ろうとして、それを足で止める実流。攻撃と反撃と受け止めが続く。

 じゃんけんであいこが何度も続くように、至近距離でのなぐいをお互いに成立させようとしては引き分けになる。能力が働いているのに、五分五分のまま動かない。


「俺はお前が気に食わない。赤い目だとか、スメラギ家だとか、そんなんじゃない。お前自身が気に食わねぇ!!」

「僕もだ。君がイジメてきたとか、原因だとか言うつもりはない。単純明快に、君を倒したくて仕方ない!!」


 お互いにののしる顔は笑っている。瓦礫が散乱しては何度も倒れた結果、うすよごれた顔が殴られたあとや打ち身によるしょうげきで赤や青に染まりつつある。

 実流が能力を使わずにきを仕掛ける。拳は両方とも掴まれているため、反撃するには真琴も頭を使うしかない。かたい骨がぶつかる音がひびく。

 額から血が出ても視線をらさず、殺すように相手の瞳をのぞむ。お互いに相手の姿しか瞳に映らない。衝撃で頭に火がいたように馬鹿になっていく。


「お前とはもっと早く会いたかったぜ。能力さえなければつぶすのはやすそうな顔しやがって」

「僕も君とは早く出会いたかった。その顔を能力なしで変形させる機会を失った」


 お互いに笑い、一瞬で離れ、一歩で近付き、交差するように拳を相手の頬に突き入れる。衝撃で同時にあおけで床に倒れる。

 今のははや能力使用どころではない。単純な殴り合い、力の限り、加減も考えずに相手へと一撃をんだ結果。欠けたおくを吐き出す実流。

 真琴もくちびるを自分の歯で切っていた。こぼれる血であごしたまで染まり、よごれていた白シャツにあとをつけていく。解説席の夕鶴が失神して矢吹にもたれかかり、筋肉の重量を受け止めきれず矢吹も倒れる。


 しかしどちらも倒れない。負けない。勝たない。万桜はがわからないまま見守る。一瞬で勝負がつくのか、そうでないのか。矢吹が倒れた今、行く末はわからない。

 先に動いたのは実流だった。汚れたブレザーをぎ、そのまま真琴に向かって飛ばした。視界を遮られた真琴は、はんの広いブレザーからのがれることで実流の行動を見失う。

 その間に実流は足元にあった際限のない瓦礫を地面に置いたまま撃ちだす。床を走る弾速の瓦礫はおそかるだくりゅうのようで、真琴はちょうやくして避ける。


 そこへひときわ大きな瓦礫が真琴の顔に当たる。避けることができなかった真琴は真正面から受け、顎がって背中から落ちる。

 呼吸すらうばう衝撃に真琴は目のしょうてんを失う。ぼやける視界の中で、自分の鼓動とほこったような実流の声が聞こえてくる。


しゃおんとかいうやつにだな。生きてるらしいが、お前のせいで痛い目にった馬鹿な奴」


 呼吸すらあやうい中で、肺のおく、心臓の底、さらにしんえんへと続く部分ではじける火花に似た感覚を掴む。


「お前に関わる奴は全員大馬鹿さ。命を賭けるにあたいする友情? ばっかじゃねぇの!!?」


 何度も弾ける。同時にくすぶっていた物がごうごうと燃え上がっていく。少しずつ焦点が合っていく最中、覗き込む万桜も気にせず実流の声に耳をかたむける。


とうばつたいの隊長? お前なんかがなれるわけねーよ!! 俺に勝てない奴が、もうげんほざきやがって」


 のどの奥に血がまり、何度もせる。呼吸をしているのか、心臓だけが動いているのかわからないまま耳を傾ける。

 否定したいのに声が出ない。まず言葉が出てこない。だけれどあと少しでわかる、本当にさけびたかったおもい。

 それが引きずり出されていく。感情が先に正体を現し、兵隊のように単語があふれていく。あと少しと真琴は実流の声に集中する。


「お前に賭けた奴は賭けぐるいかいっとうせんねらう馬鹿だろうぜ! 負けろ! 三人しか賭けてくれない勝負なんか、馬鹿のきわみだ! 賭けた奴も同じだ! お前なんか信じてない、きんに目がくらんだ馬鹿だ!!」


 そう言って大声で笑った実流は勝ちを確信した。万桜は決闘しゅうりょうの合図を知らせる笛を鳴らそうとしている。

 笛の回数で機械が自動的に終了を受け取り、審判が入力した勝敗が結果となる。そして勝負は目に見えていた。

 観覧席からは実流の名前がひたすらコールされ、真琴の名前は一文字もない。だいかんせいの実流をたたえるは体のおくそこを震わせた。




ちがう」




 だがしょうさんは真琴の静かな声で止まる。大声で笑っていた実流も目を見開き、倒れていた真琴に目を向ける。

 横に転がり、右半身に力を入れて立ち上がり始める真琴。その口からは固まった血が吐き出され、額の血も止まりつつあるが大きな傷だ。

 まんしんそう。一撃でも蹴りを入れれば倒れてしまいそうなのに、実流はできなかった。真琴のはくに押され、あと退ずさる。


「違う。一人だけ、俺を信じてくれた人がいる……俺に勝てと言ってくれた人がいる」


 意識がもうろうとしているのか、地なのか。真琴のいちにんしょうが変わっていた。実流は聞こえてきた言葉に鼻で笑う。

 まさか先程馬鹿にしたことに対して返事するために立ち上がるとは思わなかった。ただそれだけでもう一度痛い目にあいたいと思うなんて馬鹿と言うしかない。


「そりゃあ、お前が勝てばおおもうけするからだよ! 利用されてんだよ、ばぁか!!」

「それでも……」


 彼の本心を真琴は知らない。どうして信じてくれたのか、勝てと言ってくれたのか、こんな自分に賭けると言ったのか。

 誠実な友情を知らない、信じ方もわからない。友達の作り方すら困難で、あっさりと裏切られた末に、真琴はわらを掴むように声をしぼす。


うれしかった」


 初めて価値をもらえた気がした。戦っていいのだと、自信を与えてくれた。拳をるう勇気を分けてくれた。

 やさしいわけではなかった。それでも真琴にとってはえのない出会いだった。立ち上がるにはじゅうぶんな理由だった。

 まずは片腕、次に片足。腹に力を入れ、こしや膝が震えても折れないように真っ直ぐ姿勢をばしていく。む息すらなまぐさいが、ブレザーのそでで口元をぬぐう。


「だから俺は戦う。お前に勝つまで、戦う……俺自身のために」

「一にんしょう変えたからって……強くなるわけじゃねぇだろうがっ!!」


 そう言って実流は立つのがようやくの真琴に殴りかかった。瞬間、思い出す。攻撃に反撃を先取る能力を。

 攻撃系の能力を使わずとも使える、戦闘向きの能力。思い出した実流はめつかくで自分を止めることなく弾として撃ちだす。

 自分ごと真琴を壁にたたきつけて倒す。そうすれば今度こそ自分の勝ちだと確信し、笑みを浮かべた。


 くぼむ顔面。眼前に広がる固められた拳。弾速で迫った自分に、それよりも先に撃ち込まれる一撃は、こんとうするに十分だった。


 実流が吹き飛ばされて床に倒れていく最中、朦朧とした意識で真琴は伝えたいことを口にする。


「俺はおこるべきだったんだ」


 ようやくわかった感情。大火のように燃え上がる気持ちがあとしするように言葉を焼いていく。

 火傷やけどのように、焼き印のように、のうに刻まれていく感情にようやく真琴はなっとくし――理解した。

 なげくでもなく、泣くでもなく、絶望するでもなく、あきらめるでもなく、最も原始的で単純な感情の答え。


「全てを諦めるくらいなら、怒って立ち上がるべきだったんだ」


 実流が決闘場の床に倒れて動かない。拳を突きだしたまま動かない真琴を背に、万桜が実流に近付いて容態をかくにんする。

 すぐ後に場内にひびわたる笛の音が三つ。終了の合図であり、勝敗が審判によって与えられる瞬間で、賭けの結果が決まる瞬間。

 万桜は動かない真琴に手を向けて高らかに宣言する。


「勝者、スメラギ・真琴!!」


 一瞬の空白、まばらな拍手、からの大喝采と賭けに負けたごうが場内をめ尽くした。熱い勝負だったと讃える声がじゃっかん多い。

 そして野太い真琴コールが頭上に降り注ぐが、本人が一切反応しないまま拳を突きだした姿勢から動かない。少しずつ声がしぼんでいく。

 万桜が真琴の顔を覗き込み、肩をすくめた。ようやく夕鶴を退けて起き上がった矢吹が「どうした?」と声をかける。


「立ったまま気絶している。全く、男は馬鹿だな」


 その言葉に矢吹も肩を竦め、急いで保健室にはんそうするため未森に電子職員証でれんらくを入れた。ちなみに失神した夕鶴は自力で起き上がるまで放置されたのは別の話である。

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