二番:保健室

 初めて来た保健室にことかんたんの息をこぼす。どこまでも白く、清潔。慣れない消毒液のにおいやせんたくに冷蔵庫。しかもベッドは二つあり、そちらも白いシーツがかれている。

 高等部から学校通いを始めたかれにとっては全てがしんせんだったが、慣れた様子でしゃおんは一つのベッドに向かっていき、外から見えないようにてんじょうからつるされたカーテンレールを動かして真琴の視界から外れる。

 簡素なてんがいのようだと感動する真琴の横でえんりょなくカーテン内へ入っていく万桜まお。多少話し声がした後、何故なぜほうじゅんかおりが真琴の鼻に届いてきた。


 少しのぞいてみようかとこうしんられたが、れいとして失礼にあたいすると思い動きを止める。そんな真琴のかたつかもりは近くにある丸すすめる。

 丸椅子は二つほどあり、他にも背もたれのないソファが二つ。教員用机の裏にかくれていた足車付きの椅子を運び、それにすわって背もたれに体を任せる未森はがおだ。

 さきほど見せたどうもうな笑顔や明るいみではない。どこまでもやさしく、あいあふれた女性らしい顔だ。養護きょうとしてきたえられた顔だと真琴は知らない。


そくになる思春期のなやみ。それはほぼ百%、人間関係ね。なにがあったのか、好きなだけ話して。もちろん秘密厳守にするから安心して」


 そう言われて真琴はどこから説明しようか迷う。波戸の自主退学か、実流を主犯としたイジメか、それともかつにも二人に関わった自分のことか。

 未森は真琴が話し出すまで待ち続けた。ちゅう遮音のベッドからはなれた万桜が残っていた丸椅子に胡坐あぐらで座り、二人の会話をだまって聞いていた。

 雨が降り始めるように、少しずつ真琴は話した。途中からは止まらなくなる、感じているじんや自己けんまで思いつく限りをしていく。


 話しながら真琴はどこかちがうような気がしていた。本当にこれが言いたかったのかわからず、胸のおくつような感情をさぐり続ける。

 実流に関してはいきどおりを感じている。どうして自分なのか、イジメをして得があるのか、らしなら他の方法があるじゃないか、きらいなら近づかないでほしい。

 波戸という少年には逆にただしかった。自主退学してまで金がしかったのか、どうしてとうばつたいかせごうと考えなかったのか、何故あんなにもにくしみの目を助けた自分に向けたのか。


 ひろゆうも同じだ。あんなに仲良くしてくれたのにどうして離れていく。友たちになってくれたのではないのか、同じりょう部屋にしようと提案したのはうそだったのか。

 全てがわからなかった。イジメがあると知りながらだれも助けてくれない。遠巻きにながめている。どくになっていく。頭の中は黒いうずが巻いていて、どんな考えもにごらせていく。

 言いながらやはり違うと真琴は思った。もっと根本的になにか違うのに答えが出てこない。言葉が出てこない。悩みを吐き出すたびに自分がみじめになっていく。


 くやしくて、つらい。ひざの上に乗せた手はこぶしを作っていた。こまめにつめを切っているはずなのに、やわらかい部分へ血がにじむくらい爪をませている。

 こんなにも様々な感情がせきを切ったように溢れてくるのに、あらゆる言葉が感情とともなって出てくるのに、何一つ解決にならない。

 実害が出ているのに、せっかく買った本は台無しにされ、頂いたプレートも失くしかけたのに、うったえる手段どころが、方法すら思いつかない。


 せまい箱の中にめられている気分だった。少しずつ箱は小さくなって、いつか自分はつぶしてれつさせるのではないかというきょう

 膝をかかえる。そこに顔をめて、強くうでを固める。そうやって自衛するしかないと思うだけで、所がどこにもないと強く自覚させられるのが苦しい。

 目元が熱くなっていく。過呼吸になりそうなほど吸う空気量が多くて、かすれたような声しか出ない。それでも真琴は今出せる限界の言葉を未森に伝える。


「もう、いやだ!! ぼくおにたおすことを目指しているのに、どうして人間に苦しめられる!? ここは鬼を倒すことを目的とした学校なのに、どうして人間を苦しめるんだ!!」


 それも違う。真琴ののうに掠めた感情が、今の言葉すら否定していく。どこか本質がちがっているような、小さなかん

 未森ならばこの言葉に答えを出してくれるかもしれない、いや、してほしいと真琴は願った。すがるように大人であるかのじょを見つめた。

 しかし言葉を返してきたのは聞き続けていた万桜だった。彼女ははなすように冷たい声を出す。


「ならば学校をめるがよい。誰もお前を止めんよ。人間に負けるようならば、鬼すら倒せん」


 あしもとの感覚が消えるような気持ち悪いゆう感。いっしゅん上下の区別すら忘れるほど、万桜の言葉は真琴にとってしょうげきだった。

 少し困ったような顔でほほんでいる未森は万桜の言葉を否定しない。それは言外に、最有力手段、と物語っていた。


「鬼はもっとこわいぞ。やつらは感情のかたまりだ。いかりに我を忘れ、かなしみで一心不乱になり、喜びのあまりきょうに溢れ、楽しさのあまりあやめる。人間でも同じ部類の者はいる」

「……そうなのよねぇ。万桜先生の言う通り、鬼ってそうなの。倒したくば君も鬼になるしかないわ――鬼を倒す鬼に」


 鬼を倒す鬼。それははや共食いであり、一生鬼がきないことを指すようだった。ひじから背中まで気持ち悪いふるえが走る。

 アミティエ学園に向かう際に出会った火鬼を思い出す。あれも笑っていた。うれしそうに、車をおそい、中に入っていた真琴を焼き殺そうとしていた。

 三年。その間に鬼を倒せる力を身に着け、討伐しなければいけない。一番弱い鬼すら、実流と比べれば命のきょうであり、かいはんだった。


「過去の事例もあるから先生方もイジメに対処していくけど、でも最終的に解決するには君の力が必要よ。君自身がかぎなの」

「……それがわからないんです。その方法が、僕にはわからないんです!! どうして誰も教えてくれないんですか!? 教えて頂けたら、僕は」

「お前は誰かに従わなければ生きていけないのか? だったら自主退学が良い。従事と生存戦略は別物だ。鬼を倒したいなら、なおさらだ」


 そう言って万桜は丸椅子を体の反動で回転させた後、うさぎのようにんで降りる。そのまま教室にもどると言い残して去ってしまう。

 ぼうぜんとしている横で未森があわてて、能力【きゅうぶっ】を使ってどの栄養素をふくんだ食事を出したのか明記して、と追いかけ始める。

 二人分の足音がものすごい速度で離れていき、静かになった保健室で真琴はうなれる。結果や利益が出ないまま、惨めな自分だけをさらしてしまった。


 万桜には二度も退学を勧められ、未森には鬼になるしかないと言われた。その真意が掴めず、ぼやける視界と耳に届くえつわいしょうな自分をさらにひどくしていく。

 もどしたい。むしろ全部消してしまいたい。A4保護区に戻って、大好きな叔父おじといつまでも家の中で幸せに笑っていたい。もう一歩も歩きたくない。

 本当に鬼になれるならばなってしまおうか。人間の男性が鬼になるとしゅと呼ばれる。ならば修羅になって自分を苦しめる全てを潰してしまおうか。


 そう考えた矢先、横に誰かが立っている気配を感じて真琴は顔を上げる。いつの間にか起き上がっていた遮音が近づいていた。


「修羅になりたいとか考えているならば止めておけ。お前が思うよりもずっと苦しいぞ」

「君が、なにを、わかる……というの?」


 万桜が座っていた丸椅子に座った遮音は少しの間ちんもくした。真琴が視線をらさないまま言葉を待つが、赤い目をなみだでさらに赤くし、眼球全てを血で染めたような形しょうだ。

 鬼と呼ぶにさわしいそうな姿だったが、遮音は動じないまま赤い目にあおむらさきいろの目を向ける。少しだけ赤が混じった、だが赤と呼ぶには難しい色合いのひとみ


「……おれの父親は鬼となった。友を殺した苦しみにさいなまれ、修羅へとへんぼうした」


 雪がちるように、れに昔話をする遮音。真琴はその声に聞き入った。




 遮音の父親は有名な討伐鬼隊の隊員だった。八年前に鬼の根源と呼ばれるあっせつ王がいる南のとうに討伐へ向かった。

 白い船には討伐鬼隊の中でもきょうごうと呼ばれる隊長達とその部下が乗り合わせ、史上最大の討伐作戦だとほこらしげに誰もが黒い海をわたった。

 遮音は残った親族とそれを見送った。はださむい冬の日だったが、あざやかなむらさきいろの目をした父親を送り出すためにあせが出るほどいつまでも手をった。


 しかし帰ってきた父親は変貌していた。作戦が成功したとも、失敗したとも伝えず、白かったはずのがいとうが血でよごれた上に黒くなっていた。


 その日から父親は夢にうなされては起き上がり、けないまま昼にはが当たらない場所でひたすら謝罪の言葉をつぶやき続けていた。

 時には夢から目覚めないままていたを鬼だとかんちがいし、首をめて殺そうとしたこともあった。そのたびに親族が会議を開いてはささやく。

 きっと彼のむす達が赤い目ではないからのろわれたのだ。やはり赤い目を失うとぼつらくしていき、不幸になるといううわさは本当だったんだ。おうないがしろにしたばつが来たのだ、と。


 赤い目は煌家の血をぐ証。誇らしい色。父親はまだあかに強いむらさきだったが、遮音とふたの兄は赤味が落ちた紫色だ。

 特に遮音はあおが強い目だった。親族の話を聞いては何度も目を潰そうとして、怖くなって手を止めた。首に残る手形のあざさわれば少し痛いほど心身はもうしていった。

 父親は骨を潰しそうなほど強い力で遮音の腕を掴んでは、泣きながらあやまる。最初は首を絞めたことだが、途中からは全く違う誰かに謝る。


 すまない。殺したくなかった。しかし殺すしかなかった。ああするしか道はなかった。本当にすまない。子供達の、隊員達の、全世界のために、俺は……お前を殺した。


 遮音にはその言葉の意味はわからなかった。ただ父親が手を離してうずくまれば、震える頭を優しくでた後にきしめるしか思いつかなかった。

 そうやって何度も泣いて、苦しんで、血が出るほど顔をむしって、時には部屋が散乱するほど暴れることもあった父親に変貌があった。

 けんしんてきに世話していた母親をとうとうころしてしまった父親。その額から角が生えた。捻じれた、とても小さく、しかしまがまがしいほどの感情がやぶったような、人間としてはいびつな部位。


 すぐさま父親は討伐鬼隊が管理する白だけの密閉部屋に閉じ込められた。その後をがら窓子しで遮音と兄が見守った。


 さけぶ父親。こうそく用のかわベルトを引き千切り、顔の皮をがし、全身を掻き毟って赤く染まった末に、まみれのゆかで立っていた。

 筋肉せんが覗く顔のまま血の涙を流し、赤く捻じれた角を天に向かってすように生やし、ふっとうしたお湯からあわのような声で言う。


 すまない、すまない、すまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまない──ころしてくれ


 体が破裂寸前までふくらみ、筋肉がぼうちょうしていく。理性溢れる優しかった父親のおもかげを少しだけ残したまま、見るかげもない姿へと変わっていく。

 歯がくちびるからるほどび、爪はとがり続けて病人のように黒くなり、床に零れていた血が衣服のように固まって破れた赤黒いほうへと姿が変わる。

 腕は四本、泣いた顔の裏側には涙を零しながらもおこる顔という二面相。角は合わせて四本となり、子供達の姿をとらえて唇を長い舌で湿しめらせた。


 迷わずに硝子窓の向こうにいる子供達をねらって走り出した鬼に対し、父親の部下であった元隊員と、彼が殺した友人の妻である隊長格の女性が立ち向かった。

 白かった床や天井が赤く染まっていく。硝子窓も赤い幕を張られたかのようで、それでもばされた隊員がぶつかれば水面に打ち付けられた水死体が現れるようで、おそろしさのあまり声も出ない。

 ぶつかった隊員が力のないまま倒れれば、まるでぞうきんで汚れをふき取ったように硝子向こうの光景がんでくる。迷わず明るい紫色の目で子供を見つめる修羅。その顔はずっと泣いている。


 泣いたあかおに。そう呼ぶにはあまりにも心がこおりついて体のしんが冷えていくような姿。涙すらも氷となったのか、流すこともできない。


 ぼさぼさの黒いかみをした若い男が指示を飛ばした。その直後に金色の髪で煙草たばこくわえた男が、りょううでを折られた状態で腹の力だけで咥えていた煙草をの要領で鬼に当てた。

 せんこうの後に音がおくれてやって来て、はじんだ血が硝子全てを染めた。ただし二本の角が悪あがきのように窓硝子に突き刺さったが、直後にしょうめつした。

 父親のそうぜつさいることになった遮音達は膝をついて、ただうめいた。涙を流そうにも恐怖のあまり身体機能が今にも止まりそうで、心臓を動かすのがようやくだった。


 ひたすら耳に届くどうだけをたよりに、修羅となった父親の思い出を引きずり出して、深くえぐれた感情を埋め直そうとやっになるしかなかった。


 両親を失った遮音と双子の兄。鬼の子供として親族からえんを切られ、行くあてもないまま貧しい保護区へと転々としていった。

 鬼の子供というだけであらゆるいんが悲鳴を上げてしまい、最終的には冬の寒い空の下で倒れ、二人でこのまま寝てしまおうと手をつなぎ合った。

 父親が悪いわけではない。彼はじゅうぶんに苦しんだ上で鬼になっただけだ。友人と母親を殺したショックで、死んでしまっただけなのだ。


 風の噂でトドメをしたきんぱつの青年が父親の部下であり、修羅を倒した功績を片手に隊長となったらしいが、遮音にはもうどうでも良かった。

 鬼になるくらいなら、誰もうらまず、憎まず、安らかな気持ちで死んでしまおう。血にまみれても泣いていた父親も母親といっしょにあの世で笑っているかもしれない。

 一緒に生まれた。ならば一緒に死ぬのも運命かもしれない。そして今度こそ家族全員がそろう場所に向かおう。まぶたを静かに閉じた矢先だった。


 二人を助けようとべる気まぐれな救いの手が現れた。遮音と兄はそれぞれ別の手を掴み、死のふちから助けられた。




「これを聞いても鬼になりたいなら止めない。ただし長い苦しみを味わい、苦しいまま死ね」


 真琴は言葉が出なかった。話でしか聞いたことがない修羅の成り立ち。それを肉親で、その死を間近で見た少年が語った恐怖。

 鬼になりたいという気持ちなど話半ばでしぼんでしまった。たんたんと語る遮音の表情ははなしたような、どこか他人事の物だった。

 受け止めているが、受け止めきれない。そんな気持ちを表しているようで、思わず真琴は短く謝っていた。そんな話をさせたかったわけではない。


「……なんでお前が泣く?」


 そう言われて真琴は自分が泣いていることに気付いた。無意識に止めようとしてしたくちびるすらんでいたが、それも効果をなさなかったらしい。

 食いしばるように両目を開き切ったまま泣いていた。それでも涙が止まらないから、赤いブレザーのそでぬぐう。煌家の赤を示す誇らしい色だが、ばんにんが持っているわけではない。

 波戸もそうだった。目の前にいる遮音も。ずっと幸せのままなにも知らずに生きていた真琴は幸運にも赤い目をしていただけなのだ。それでも赤をめぐって不幸が起きた。


「っお、僕、はっ修羅にっはなり、ません。そう、決めた」

んでから言え。全くわからん」


 ざつな言い方だがひどくはない。遮音はどんな目にっても、死にたくなっても、生きるのをあきらめずにここにいる。

 イジメ一つで惨めになっていた自分が嫌で、誰かの苦境を聞いて立ち直る自分も嫌で、それでも立ち上がるために必要なこととして吸収する。


「僕は鬼を倒します。鬼を倒す、人間という名の鬼になります。ぐずっ、だから、戦います」


 人間からも鬼は生まれる。鬼は人を襲う。かつての肉親や家族え見境なく。それを守れるのはプレートをあたえられた専門部隊の討伐鬼隊だけだ。

 しかし人間のまま修羅や羅刹を倒してしまうと、自身が次の鬼になる可能性がある。元人間である鬼を倒すことができる者だけが、白い外套を羽織る隊長となる。

 生易しい道ではない。考えていたよりもずっとこくで、死が身近にある。それでも遮音のように苦しむ者がいるならば、真琴はそれを助けたい。


 火鬼に襲われた時、自分を助けてくれたあの隊長のように。だから人間の行いに死をかくするわけにはいかない。ここではまだ死ねない。


「僕は絶対に討伐鬼隊の隊長になります」


 覚悟を決めた赤い目がかがやく。目元をこすった上に涙を流し続けたせいで赤味が増しているが、先程のような暗い情念は消え去っていた。

 遮音はその言葉に笑いかけることもせず、鹿にすることもなく、あきれるりも見せないまま、静かに一回だけうなずいた。


 討伐鬼隊の隊長を目指す。それは遠回しに人殺しになるということだ。しかし倒さなければ、もっと多くの人が死ぬ。

 この世は悪鬼びこる戦場だということを遮音は幼いころに知った。世界大戦から二百年近く、時代は鬼との戦争を終えられないままなのだ。

 だから父親は修羅となった。鬼さえいなければ父親が死ぬ必要も、討伐されることもなかった。だからこそ鬼の時代を終わらせなければいけない。


「俺も隊長を目指す。ある人へ恩を返し、父親の悲劇をかえさないために」

「ある人って、遮音を助けてくれた人?」

「そうだ。お前も姿くらいは見ているぞ。入学式にな」


 一体誰のことかとめようとしたが、遮音はベッドに戻り、カーテンで視界をさえぎってしまう。真琴は未森に退室を伝えるため、保健室にある書き置きにメモを残そうとした。

 メモは教員用机の上にあったので少し拝借しようとしたところで、一つの資料が目に入る。それは保健室利用者の推移まとめなのだが、一つだけ見慣れない単語が混じっているのだ。


 けっとう利用者におけるはんそう数。


 決闘の意味をあくしかねた真琴は学生証を使って調べる。電子カードでありけいたい電話の役目も持つが、基本は学校生活に利用する物だ。

 そこで専用アプリである校則一覧を開き、決闘という単語を調べていく。するとかなり下の方、注意こうから関連付けないと調べられない場所にそれはあった。




 アミティエ学園伝統の生徒自主によるとっぱつ行事、決闘。

 とうは校則で禁じられているが、学生間でどうしてもいさめたい事例がある場合、様々な条件の下で行われる試合である。


 ルールは五つ

 ・一対一でたたかい、命に関わるものはうばわない

 ・武器の使用は禁止(能力保有プレートの使用は可)

 ・ゆうれつや降参を参考にしんぱん(教師)が勝敗を決める。審判の判断に従うこと

 ・同じ生徒と再戦する場合、三げつの期間を置くこと

 ・決闘をしんせいする場合、担任の許可と対戦相手のりょうしょう、専用書類を作成すること


 学校内で人気の行事であり、学生の間でけをすることもこの行事においては不問とする。

 申請が受理されてから一時間後に決闘が始まる。そこから告知があり、校内電光けいばんでも大体的に宣伝される。専用のとうじょう(場外無し)で戦う。

 そのため多くの生徒の目の前で勝負をすることになる。度胸と勝負強さが求められる。


 ただし対戦相手がきょすることもできる。代わりにそのことも電光掲示板で告知されるので注意すること。




 真琴は保健室に連れていかれる前に万桜が言っていたことを思い出す。二年の教室では次の決闘による賭けで盛り上がっていると。

 慣れない操作を続けてアプリの中にバトルチップ相場という機能を見つける。学園専用の機能らしく、生徒がどの試合に賭けるかを自動管理するシステムだ。

 機械的に平等を。もちろん身がめつするようなレートやきんは無理だが、賭けられた人数や金額に応じて倍率が変化し、内容だいではかなり稼げるらしい。


 現在では決闘の予定は表示されておらず、バトルチップ相場もいっさい動いていない。そして決闘を行う者は賭けることはできないらしい。

 それでも真琴はこれがチャンスだと思った。このまま受け身になっていては、いつまでも実流からのイジメは続く。解決するには自分の力。

 ならば学校こうにんで戦うことを認められた決闘を利用すれば、一対一で戦える。自分の力で実流に立ち向かえる。真琴は立ち上がり、カーテン越しに遮音へ話しかける。


「ごめん。寝ているところ悪いんだけど、遮音は校内で行われる決闘ってわかる?」

「……知っている。だがそれは……」

「俺、じゃなくて僕は、これで戦う。多分誰も期待しない、僕に賭けない、そんな馬鹿な内容になると思うけど……見てほしい」


 遮音は父親の過去を鬼になりたいと願った真琴に教えてくれた。話せば辛いことなのに、見ず知らずの真琴を助けるために。

 だから今度は自分が変わるところを遮音に見せたい。友達どころが知り合いになったばかりの相手だが、惨めな自分の言葉を聞いてくれた。

 それだけを告げて去ろうとした真琴はベッドに背を向ける。すると後ろ頭に軽いがこうしつな物が当たり、思わずかえる。


 カーテンをずらしてベッドにこしかけていた遮音が投げた体勢のまま真琴の足元を眺めている。その視線を追えば、四角い銀のプレート。

 陽にかざせば【はんげき先取せんしゅ】と白い字で書かれている、真琴に与えられた能力保有プレートだ。対人戦で発揮する、真琴自身でも理解が追い付いていない鬼を倒すための武器。

 実流に悪戯いたずらで能力を使われて投げられた弾速のこれが遮音の頭をいた。それを思い出して、胸の奥で煮え立つ物が火へと変化してくすぶり始めた。


「回収したまま返すのを忘れていた。ベッドに入りながら血だけは拭ったが、念のため洗っておけ」


 銀色のプレートには確かに血はついていない。先程横に立っていたのはプレートを返そうとしたからだったのだろう。

 拾い上げたそれは少しだけ重みが増した気がして、真琴は大事に手の中ににぎる。決闘では武器は使えないが、プレートは使える。

 お礼を言いながら歩き出そうとした真琴の背に遮音が言葉をかける。静かだが、今までとは違うつような声。


「俺はお前に賭ける。だから勝て」


 短いげきれいだった。かざもなにもない、必要なことだけを伝えるだけのもの。それでも真琴にとっては熱い言葉だった。

 がんれと言われるよりも、負けるなと言われるよりも、期待していると言われるよりも。どの言葉を並べても負けないほど体を軽くする。

 背中越しに頷いて、今度こそ真琴は保健室の外に向かって歩き出す。全ての迷いがれたわけではないが、悩まずに進むには充分だった。




 担任であるぶきを探すため、先程血に塗れたろうに残っているだろうかと足を向ければ、そう用具片手に話している実流とその仲間達。

 思わず廊下のかげに隠れて様子を見る。矢吹の姿は見えないため、職員室に戻ったか担当教科である化学を教えるため化学室にいるかもしれない。

 かんとして一年C組担任であるゆうづるが注意しているが、意にかいさずに思い思いにしゃべる実流達。内容は主に掃除に対すると先程のことだ。


「全く。勝手に頭ちぬかれた馬鹿が悪いのに俺達が掃除かよ。ちょうがいしゃじゃねぇか」

「本当にな。あれくらいで死ぬ方が悪いんだ。いやでも死んでないらしいけど? 結果オーライ? ぎゃっははははは!」

「汚れすぎだし、落ちなさすぎ。けなくせに血までしつこいとかまじありえねぇ」

「それよりも真琴の顔見たか? 怒る度胸もなくてよ、鬼になってくれたら殺せる口実できるのにな」


 あまりにもな内容だった。鬼となった人間とその家族の末路も知らない、どうしてこうなったかの因果をゆがめるようながいしゃと加害者のすりえ。

 彼らはずっとこうなのだろう。自分がしたことの大きさも知らず、笑い飛ばして忘れてしまう。あまつさえ人が鬼になればいいと告げた。

 多分許してはいけない。ここで許したら、彼らは繰り返す。今度こそ取り返しのつかないことが起きて、本当に誰かが死んでしまうかもしれない。


 気付いていたら実流に近付くために歩いていた。それに気付いた実流と仲間達は嫌な笑みをかべて待ち構える。

 ただし夕鶴は真琴が身にまとう気配が変わったのを感じ取り、視線を厳しくする。なにかあればちからくで止めるために身構える。


「なんだよ? もしかして俺達の代わりに掃除してくれんのか。じゃあ友達にしてやってもいいぜ? 本当の友情探してるんだろう、なぁ」


 実流は舌を出しながらからかうように告げる。真琴がかばんの中に友人の作り方を教授する本を持っていたのを知っている。

 ついでに真琴が裕也や広谷に話した、父親から本当の友情をみつけてこい、という目的も噂で聞いていた。それを心底馬鹿にした上での申し出。

 友達になればもうイジメない、わけではない。しかし真琴は役目を達成する上に実流のこまとなる。利害関係はいっしていると実流は考え、受け取ると思っていた。


「絶対に嫌だ。お前と友達になっても、意味はない。僕が探しているのは、そんな安い物じゃない!!」

「ああん? 真琴くんのくせにいきがるじゃねぇか。じゃあ何の用だよ?」


 真琴にとって友情は難しいままだ。友人の定義もわからず、あんなに仲良くしていた広谷と裕也が離れたことにより、それは難解さを増した。

 誰かを好きになるよりも難しい。愛を見つけるよりも、真実を探すよりも、友情というのはあいまいで奥が掴めない。それでも真琴は一つだけ理解していた。

 実流にイジメられ続ける限り、まことと呼べる友情は見つからない。命を賭けるに値する友情は、誰かにしんらいしてもらえるほど強くなければ得られない。


「僕は君に決闘をもうむ!! 討伐鬼隊の隊長を目指すためにも、君に勝つ!!」

「……言うじゃねぇか。お望みどおり、負かしてやる」


 その宣言に呼ばれるように近くの教室から生徒達が顔を覗かせ、浮きたったように顔を見合わせ、かんせいを上げた。

 アミティエ学園の伝統ある突発行事。それは賭けが始まる合図であり、男同士のしんけん勝負。らくの少ない中で、最も力比べとして明確で、優劣をつける。

 見守っていた夕鶴はほうけていた。先程までぎょうの良いぼっちゃん風味のイジメられっ子が、イジメ相手に勝負をける度胸を身に着けたのだ。


 そんなじょうきょうを、事態を、会話を、見せつけられては夕鶴さえ男らしい笑みを浮かべて背筋を震わせてしまう。

 鬼を倒すために鬼を育てる教育機関。学校というへい空間で人間同士がけずり合い、強い者へとしょうされていく場所。

 これだから教師は止められないと夕鶴はかんに震えた。男子校だからこそ、あらくもせったくされていく原石達。


 宣戦布告は済んだ。後はぶたを切る準備をすること。真琴は実流をにらみつけてから矢吹を探しに化学室へ向かった。

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