二番:保健室
初めて来た保健室に
高等部から学校通いを始めた
簡素な
少し
丸椅子は二つほどあり、他にも背もたれのないソファが二つ。教員用机の裏に
「
そう言われて真琴はどこから説明しようか迷う。波戸の自主退学か、実流を主犯としたイジメか、それとも
未森は真琴が話し出すまで待ち続けた。
雨が降り始めるように、少しずつ真琴は話した。途中からは止まらなくなる、感じている
話しながら真琴はどこか
実流に関しては
波戸という少年には逆に
全てがわからなかった。イジメがあると知りながら
言いながらやはり違うと真琴は思った。もっと根本的になにか違うのに答えが出てこない。言葉が出てこない。悩みを吐き出すたびに自分が
こんなにも様々な感情が
実害が出ているのに、せっかく買った本は台無しにされ、頂いたプレートも失くしかけたのに、
膝を
目元が熱くなっていく。過呼吸になりそうなほど吸う空気量が多くて、
「もう、
それも違う。真琴の
未森ならばこの言葉に答えを出してくれるかもしれない、いや、してほしいと真琴は願った。
しかし言葉を返してきたのは聞き続けていた万桜だった。彼女は
「ならば学校を
少し困ったような顔で
「鬼はもっと
「……そうなのよねぇ。万桜先生の言う通り、鬼ってそうなの。倒したくば君も鬼になるしかないわ――鬼を倒す鬼に」
鬼を倒す鬼。それは
アミティエ学園に向かう際に出会った火鬼を思い出す。あれも笑っていた。
三年。その間に鬼を倒せる力を身に着け、討伐しなければいけない。一番弱い鬼すら、実流と比べれば命の
「過去の事例もあるから先生方もイジメに対処していくけど、でも最終的に解決するには君の力が必要よ。君自身が
「……それがわからないんです。その方法が、僕にはわからないんです!! どうして誰も教えてくれないんですか!? 教えて頂けたら、僕は」
「お前は誰かに従わなければ生きていけないのか? だったら自主退学が良い。従事と生存戦略は別物だ。鬼を倒したいなら、なおさらだ」
そう言って万桜は丸椅子を体の反動で回転させた後、
二人分の足音が
万桜には二度も退学を勧められ、未森には鬼になるしかないと言われた。その真意が掴めず、ぼやける視界と耳に届く
本当に鬼になれるならばなってしまおうか。人間の男性が鬼になると
そう考えた矢先、横に誰かが立っている気配を感じて真琴は顔を上げる。いつの間にか起き上がっていた遮音が近づいていた。
「修羅になりたいとか考えているならば止めておけ。お前が思うよりもずっと苦しいぞ」
「君が、なにを、わかる……というの?」
万桜が座っていた丸椅子に座った遮音は少しの間
鬼と呼ぶに
「……
雪が
遮音の父親は有名な討伐鬼隊の隊員だった。八年前に鬼の根源と呼ばれる
白い船には討伐鬼隊の中でも
遮音は残った親族とそれを見送った。
しかし帰ってきた父親は変貌していた。作戦が成功したとも、失敗したとも伝えず、白かったはずの
その日から父親は夢にうなされては起き上がり、
時には夢から目覚めないまま
きっと彼の
赤い目は煌家の血を
特に遮音は
父親は骨を潰しそうなほど強い力で遮音の腕を掴んでは、泣きながら
すまない。殺したくなかった。しかし殺すしかなかった。ああするしか道はなかった。本当にすまない。子供達の、隊員達の、全世界のために、俺は……お前を殺した。
遮音にはその言葉の意味はわからなかった。ただ父親が手を離して
そうやって何度も泣いて、苦しんで、血が出るほど顔を
すぐさま父親は討伐鬼隊が管理する白だけの密閉部屋に閉じ込められた。その後を
筋肉
すまない、すまない、すまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまないすまない──ころしてくれ
体が破裂寸前まで
歯が
腕は四本、泣いた顔の裏側には涙を零しながらも
迷わずに硝子窓の向こうにいる子供達を
白かった床や天井が赤く染まっていく。硝子窓も赤い幕を張られたかのようで、それでも
ぶつかった隊員が力のないまま倒れれば、まるで
泣いた
ぼさぼさの黒い
父親の
ひたすら耳に届く
両親を失った遮音と双子の兄。鬼の子供として親族から
鬼の子供というだけであらゆる
父親が悪いわけではない。彼は
風の噂でトドメを
鬼になるくらいなら、誰も
一緒に生まれた。ならば一緒に死ぬのも運命かもしれない。そして今度こそ家族全員が
二人を助けようと
「これを聞いても鬼になりたいなら止めない。ただし長い苦しみを味わい、苦しいまま死ね」
真琴は言葉が出なかった。話でしか聞いたことがない修羅の成り立ち。それを肉親で、その死を間近で見た少年が語った恐怖。
鬼になりたいという気持ちなど話半ばで
受け止めているが、受け止めきれない。そんな気持ちを表しているようで、思わず真琴は短く謝っていた。そんな話をさせたかったわけではない。
「……なんでお前が泣く?」
そう言われて真琴は自分が泣いていることに気付いた。無意識に止めようとして
食いしばるように両目を開き切ったまま泣いていた。それでも涙が止まらないから、赤いブレザーの
波戸もそうだった。目の前にいる遮音も。ずっと幸せのままなにも知らずに生きていた真琴は幸運にも赤い目をしていただけなのだ。それでも赤を
「っお、僕、はっ修羅にっはなり、ません。そう、決めた」
「
イジメ一つで惨めになっていた自分が嫌で、誰かの苦境を聞いて立ち直る自分も嫌で、それでも立ち上がるために必要なこととして吸収する。
「僕は鬼を倒します。鬼を倒す、人間という名の鬼になります。ぐずっ、だから、戦います」
人間からも鬼は生まれる。鬼は人を襲う。かつての肉親や家族
しかし人間のまま修羅や羅刹を倒してしまうと、自身が次の鬼になる可能性がある。元人間である鬼を倒すことができる者だけが、白い外套を羽織る隊長となる。
生易しい道ではない。考えていたよりもずっと
火鬼に襲われた時、自分を助けてくれたあの隊長のように。だから人間の行いに死を
「僕は絶対に討伐鬼隊の隊長になります」
覚悟を決めた赤い目が
遮音はその言葉に笑いかけることもせず、
討伐鬼隊の隊長を目指す。それは遠回しに人殺しになるということだ。しかし倒さなければ、もっと多くの人が死ぬ。
この世は悪鬼
だから父親は修羅となった。鬼さえいなければ父親が死ぬ必要も、討伐されることもなかった。だからこそ鬼の時代を終わらせなければいけない。
「俺も隊長を目指す。ある人へ恩を返し、父親の悲劇を
「ある人って、遮音を助けてくれた人?」
「そうだ。お前も姿くらいは見ているぞ。入学式にな」
一体誰のことかと
メモは教員用机の上にあったので少し拝借しようとしたところで、一つの資料が目に入る。それは保健室利用者の推移まとめなのだが、一つだけ見慣れない単語が混じっているのだ。
決闘の意味を
そこで専用アプリである校則一覧を開き、決闘という単語を調べていく。するとかなり下の方、注意
アミティエ学園伝統の生徒自主による
ルールは五つ
・一対一で
・武器の使用は禁止(能力保有プレートの使用は可)
・
・同じ生徒と再戦する場合、三
・決闘を
学校内で人気の行事であり、学生の間で
申請が受理されてから一時間後に決闘が始まる。そこから告知があり、校内電光
そのため多くの生徒の目の前で勝負をすることになる。度胸と勝負強さが求められる。
ただし対戦相手が
真琴は保健室に連れていかれる前に万桜が言っていたことを思い出す。二年の教室では次の決闘による賭けで盛り上がっていると。
慣れない操作を続けてアプリの中にバトルチップ相場という機能を見つける。学園専用の機能らしく、生徒がどの試合に賭けるかを自動管理するシステムだ。
機械的に平等を。もちろん身が
現在では決闘の予定は表示されておらず、バトルチップ相場も
それでも真琴はこれがチャンスだと思った。このまま受け身になっていては、いつまでも実流からのイジメは続く。解決するには自分の力。
ならば学校
「ごめん。寝ているところ悪いんだけど、遮音は校内で行われる決闘ってわかる?」
「……知っている。だがそれは……」
「俺、じゃなくて僕は、これで戦う。多分誰も期待しない、僕に賭けない、そんな馬鹿な内容になると思うけど……見てほしい」
遮音は父親の過去を鬼になりたいと願った真琴に教えてくれた。話せば辛いことなのに、見ず知らずの真琴を助けるために。
だから今度は自分が変わるところを遮音に見せたい。友達どころが知り合いになったばかりの相手だが、惨めな自分の言葉を聞いてくれた。
それだけを告げて去ろうとした真琴はベッドに背を向ける。すると後ろ頭に軽いが
カーテンをずらしてベッドに
陽に
実流に
「回収したまま返すのを忘れていた。ベッドに入りながら血だけは拭ったが、念のため洗っておけ」
銀色のプレートには確かに血はついていない。先程横に立っていたのはプレートを返そうとしたからだったのだろう。
拾い上げたそれは少しだけ重みが増した気がして、真琴は大事に手の中に
お礼を言いながら歩き出そうとした真琴の背に遮音が言葉をかける。静かだが、今までとは違う
「俺はお前に賭ける。だから勝て」
短い
背中越しに頷いて、今度こそ真琴は保健室の外に向かって歩き出す。全ての迷いが
担任である
思わず廊下の
「全く。勝手に頭
「本当にな。あれくらいで死ぬ方が悪いんだ。いやでも死んでないらしいけど? 結果オーライ? ぎゃっははははは!」
「汚れすぎだし、落ちなさすぎ。
「それよりも真琴の顔見たか? 怒る度胸もなくてよ、鬼になってくれたら殺せる口実できるのにな」
あまりにもな内容だった。鬼となった人間とその家族の末路も知らない、どうしてこうなったかの因果を
彼らはずっとこうなのだろう。自分がしたことの大きさも知らず、笑い飛ばして忘れてしまう。あまつさえ人が鬼になればいいと告げた。
多分許してはいけない。ここで許したら、彼らは繰り返す。今度こそ取り返しのつかないことが起きて、本当に誰かが死んでしまうかもしれない。
気付いていたら実流に近付くために歩いていた。それに気付いた実流と仲間達は嫌な笑みを
ただし夕鶴は真琴が身に
「なんだよ? もしかして俺達の代わりに掃除してくれんのか。じゃあ友達にしてやってもいいぜ? 本当の友情探してるんだろう、なぁ」
実流は舌を出しながらからかうように告げる。真琴が
ついでに真琴が裕也や広谷に話した、父親から本当の友情をみつけてこい、という目的も噂で聞いていた。それを心底馬鹿にした上での申し出。
友達になればもうイジメない、わけではない。しかし真琴は役目を達成する上に実流の
「絶対に嫌だ。お前と友達になっても、意味はない。僕が探しているのは、そんな安い物じゃない!!」
「ああん? 真琴くんのくせに
真琴にとって友情は難しいままだ。友人の定義もわからず、あんなに仲良くしていた広谷と裕也が離れたことにより、それは難解さを増した。
誰かを好きになるよりも難しい。愛を見つけるよりも、真実を探すよりも、友情というのは
実流にイジメられ続ける限り、
「僕は君に決闘を
「……言うじゃねぇか。お望みどおり、負かしてやる」
その宣言に呼ばれるように近くの教室から生徒達が顔を覗かせ、浮きたったように顔を見合わせ、
アミティエ学園の伝統ある突発行事。それは賭けが始まる合図であり、男同士の
見守っていた夕鶴は
そんな
鬼を倒すために鬼を育てる教育機関。学校という
これだから教師は止められないと夕鶴は
宣戦布告は済んだ。後は
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