私の三題噺「浅い眠り」「クッキー」「優しい嘘」

よつのは

第1話

後輩ちゃん、彼女は控えめに言って天才である。

大げさに言えば、この学園の象徴でもある。



この王立魔導学園は、試験さえ通れば11歳から誰でも入学でき、

通常9年かけて立派な魔導師を育てる場所である。


私も例にもれず、11歳で入学し、今年は最終学年だ。


ただし、何事にも例外はついて回るもので。


この学園には飛び級制度がある。

毎月の定期テストで特に優秀だと認められたものは、その時点で上の学年に上がれるのだ。

とはいっても、基準点は厳しく、昇級者が出ることはほぼ無い。

逆に、補習ラインの点数は甘めに設定されているため、私のような者でもなければそうそう地獄に陥ることはない。


さて、今私の横で満面の笑みでクッキーを頬張っている後輩ちゃんは。

今年11歳で入学し、そして現在、私と同じ学年になっている。

そもそも最初の月の昇級試験の時点で、

この娘っ子は私の所属する魔導ゼミの教師に見初められ、それ以来ずっとゼミにも出席している。


この事実を認識する度に、なんてやつだと思ってしまう自分は器が小さいのだろうか。

正直、この娘のことは若干苦手である。


しかし、昇級を繰り返し、そのため級友を中々作れない彼女は、

学園内の親しい相手が教師陣と私しか居ないのだと宣う。


無碍にできない、よなぁ。


独りごち、後輩ちゃんに咎められ、ごめんごめんと苦笑する。

うん、やはり嫌いではないのだ。

ただ、年齢差と頭の出来と、若干の嫉妬心が、彼女から苦手意識を拭い去らせない。


ゼミの同僚という意味では私以外にも素敵なおねーさま方がいるのに、

なぜ私だけこんなにも懐かれているのだろう。


適当に後輩ちゃんの頭を撫でながら耽ると、やはりあの件がきっかけだったのかなと思い当たる。



それは、半年前のある日。


珍しく、後輩ちゃんがゼミ室でうたた寝をしていた。


本の虫、魔導の申し子などはまだ良い方で、

口性のない人達は彼女のことを、魔王だとか、狂信者だとか、口にだすのも憚られるような言葉で呼んでいた。


言い過ぎなきらいも十二分にあるのだが、本質としては私も似たような思いを持っていたため、

自学の場で寝息を立てている後輩ちゃんを見つけたときは酷く動揺したものだ。


幸い、私以外はその場に居なかったため、誰かに見つかる前にと彼女を優しくゆすり、肩を叩いてやる。


違う、私はお母さんじゃない。寝ぼけるな。彼氏すら出来たことはない。今すぐ私をお母さんにしてみろ。


彼女の覚醒を待ち、怒っているわけじゃないからね、と前置きしたうえで、原因を聞いてみる。


すると、どうやら彼女は最近よく眠れていないのだということが分かった。


夜遅くまで勉強しているせいではと聞いてみたが、それは実家に居る頃からだったらしく、

良い悪いは別にして、ここ最近の睡眠不足の原因では無いように思えた。


そして、気づいてしまった。

そりゃあ11歳が友達も出来ずに親元離れて一人暮らしなんて、息が詰まるよなあと。

本人は否定しているが、きっと逃避気味に勉強に打ち込んで、普段よりも遅くまで起きているに違いないと。

寝ていても、寮室が自分の場所だと思えず、安眠ができていないのだろうと。


ただ、11歳であってもプライドはあるだろう。

こんなことを言ってほしいわけはあるまいし、そもそも私にそんなことを言う度胸はない。


苦し紛れに、そんなに寝れないのなら添い寝でもしてあげようか、と投げかけてみる。


なんだ、あっけに取られる顔は天才ちゃんでも私とかわらないんだな、と思ったのもつかの間、

恥ずかしそうにお願いをされてしまった。

やべえ。

かわいい。

ちがう、やっべえ。



それ以来、結構な頻度で彼女が私の部屋に忍び込んでくる。

いや、もう慣れたからいいけどさ。


せめて、リラックスできるようにと与えた自作のクッキーも、目を離すとすぐに消えてしまうようになった。


うーん、やっぱりあの時、本当のことを言えばよかったのかなと思いはするものの、

言えるわけないよなぁと思い返す。



残りの3ヶ月、この娘と一緒に過ごす学園生活はどうなるのだろう。

せめて、妹で添い寝は慣れているなんて嘘はつかなければよかったなあとつくづく思う。

絶対に実家には寄らせないし、寄らないからな、後輩ちゃん。

それか、今から父母に頑張ってもらって、妹を作ってもらうとするか。

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私の三題噺「浅い眠り」「クッキー」「優しい嘘」 よつのは @Clov_ss

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