第33話 ヒーロー? 幽霊?
※前回の続きではありません、話が飛んでます。
私が目覚めてから約二ヶ月の六月下旬。
私は空想のように荒唐無稽な変身と転生、そして夜世界での戦いという非日常を過ごしているのだが、世間はそんなことはどこ吹く風。 私が死のうが生き返ろうが、世界にはなんの影響もないみたいで、窓の外では相も変わらず平穏な日常が流れ続けている。
今回は、そんな現実世界でのお話。
◇
私とエルは、漫喫だのネカフェだのを生活基盤にしていたのだが、減っていくだけで決して増えることはない通帳の残高を見るのに嫌気が差して、今はとあるマンションの空き部屋を(勝手に)根城にしていた。
マンションの部屋はべつに特筆すべきような変わったところはない。 都内から少しはずれた東京近郊にある、ワンルームの一室。 電気、ガス、水道は通っているが、派手に使うと不審がられるので必要最低限の使用に留めている。
私は、洋室のフローリングの上に、持ち込んだ毛布を敷いてくつろいでいた。 部屋は八畳ほどの広さだが、何も置いてないので、やけにだだっ広く感じる。 隣ではエルが壁に背をもたれ、足を体育座りに折り曲げて、タブレットを操作するように空中で指をせわしなく動かしている。 また、ネット上から情報の収集でもしているのだろう。
夜世界の活動以外では特にやることもなく退屈な私は、エルに作ってもらった携帯端末でのネットサーフィンにも飽きてきて、視界上のAR映像のように浮かぶウェブブラウザを、虫を払うように気だるげに視界の隅にスライドする。
「はぁ、暇.... 見た目も変わって異能力を手にしても、結局はお金とか社会とか現実世界のつまらない問題に縛られるのね。 やっぱ、どうせなら異世界とか、全く未知の世界に転生させてくれれば良かったのに」
私は、独り言にしては大きな声で、愚痴とため息を漏らす。
「お金なんてその”力”を使えばどうとでもなるのに、自らこの生活を選んだのはあなたでしょう」
エルが律儀に、私の独り言に苦言を返してくる。
私は単に、退屈から話し相手を欲していただけなのでこういうときには、エルの小さな間違いも見逃せない完璧主義的な性格は扱いやすい。
「お金とかじゃなくて、単純にやることなくて暇なのよ」
「なら、外に出て働いたらどうです? 現状、資産潰しの駄ニートなんですから」
「....というか、エルが思うにマギさんは生まれ変わった新しい人生を一人の人間としてやり直すのか、”光の戦士”として全く未知の道を生きるのか。 これからの生き方をはっきりと選択すべきですね」
エルの冷ややかな目が私を見下ろす。 なんだか説教モードに入ってしまっているような....
「一人の人間として普遍的な幸せを目指すなら、社会に溶け込めるように努力をすべきですし、光の戦士として夜世界の究明に当たるなら、知見を広げるために勉強でもすればいいでしょう」
「あのね、身分も証明できない上に、明らかに未成年で人種もよく分からないような人間を雇うところがあると思う? あと、状況的にはニートというよりホームレスに近い気がするけど」
今の私の姿は、端正な顔立ちの少女に白い長髪という、ファンタジー世界のエルフのような見た目をしている。
ただ、この儚げに美しい(自分で言う)見た目も、現実世界では奇抜で悪目立ちするだけだ。
エルが何故か、訝しむような疑わしげなジト目で、私を見つめていた。
「マギさん、この社会で働く気なんてさらさらないし、別に何か思い悩んでいるわけでもないでしょう。 その力は、あなた自身の目的に近づくための手段。 一応はあなたの望む方向へと作用しているはずです。 見た目だって変えようと思えば変えられるはずですし」
むう、バレたか。 確かに、社会人として立派な地位や名誉を得ることは私の目指すところではないし、今の生活を悲観しているわけでもない。
でも、この現実世界に転生したということは、私のやりたいことはこちらにあるのだろうか。
「まあ、選択肢がないわけじゃないけどね。 人知を超えた超能力を手にしたなら、やっぱり漫画やアニメのヒーローみたいに犯罪者と戦ったりすべきじゃない? そんで後々、警察やら市民やらにも認められて....」
私は両手を広げ、茶化すように軽い口調で言ったつもりだったのだが、エルは表情を崩すことなく、真剣な目つきで私を見据えたままだった。
「....前にも言いましたが、あなたの力を民衆の目に晒すようなことは絶対にやめてください」
「....何でそんなに人に知られることを恐れるのよ」
私は単に、楽しく雑談がしたかっただけなので、エルの堅苦しい態度に嫌気が差して、ぶっきらぼうな口調になっていた。
エルが足を崩して、私の方へと向き直る。
「いい機会ですし話しておきましょうか。 ヒーローだか、何だか知りませんが、それがあなたのやりたいことであるなら、エルは強制は出来ませんが、特殊な力を持った個人が大衆と付き合うなら、今から話すことを覚悟しておく必要があることは知っておいてください」
◇
「まず、人という生き物は、自分たちとは異なるものや理解できないものを排他する生き物です。 これは差別などではなく人が持つ生き残るための本能的な利己心」
「仮にマギさんがその力を駆使して、アメコミヒーローのように犯罪者やテロ組織と戦ったとします。 初めこそはマギさんの言う通り、もてはやされ、ヒーローになれるかもしれません」
語るエルの声は、乾いて聞こえた。
「初めこそは?」
「ええ。 魔女狩りに代表されるように人間は、他とは違う特別な存在を迫害します。 初めの好奇の視線や期待は、いずれ恐れと妬みへと変わり、あなたは残酷な人の悪意にさらされることになるでしょう」
「無論、すべての人間が無慈悲というわけではありませんが、人が集まった時、大多数の人間はどうしても愚かな方向へと誘導されてしまいます。 これはすでに人の惨たらしい歴史が証明している」
エル冷たく醒めたニヒルな瞳が、焦点が合っていないようにどこか私の後方を見つめていた。
「だから、最終的に”光の戦士”と人間、そのどちらかが消えてなくなるまでの、人類を相手とった全面戦争をする覚悟がマギさんにあるのなら、エルは止めはしませんけど」
エルは私から視線を外すと「もちろん過程や結末がどうあれ、エルは最後まであなたの味方でいます」と、補足のように付け加えた。
「な、なんでそんな話になるのよ.... 私は雑談のひとつのネタとして言っただけで、そんな深いこと考えて言ったわけじゃないから、そんな怖い顔しないでよ」
私はエルをなだめるように、言い訳を重ねる。
「知られない方が良いって言うならその通りにするわよ。 実際、芸能人とか有名人とか見てると目立ってもロクなことなさそうだし」
エルは、私の取り繕うような言葉を見透かすように、じっと私の顔を眺めていた。
「ま、それなら良いんですけどね」
エルの表情と口調が緩んだので、私はホッとする。
「エルはサポートですから、悪魔で主導権はマギさんにあるのですが、今は夜世界に集中して現実世界ではおとなしくしていましょう、というのがエルの意見です」
◇
「元はと言えば、単に暇つぶしの話し相手が欲しかっただけだから」
「じゃあ、暗い話はやめにしましょう。 話題をリセットして、この部屋のことについてですが」
私達が私物化しているマンションの空き部屋は、エルが選んだ場所だ。 その理由については聞いてない。
ちなみに、この部屋に誰か来るようだったら、エルが知らせてくれる手筈になっている。
エルは、ネットワーク上のすべての情報にアクセスできるので、企業や会社の機密情報まで調べることができるのだと得意げに語っていた。 その情報を元に、この部屋が長らく空き部屋であることや、管理人などがここに来る日にちまで完璧に分かってしまうのだ。
今のところは誰も来ていないし、管理がいい加減なのが、このマンションを選んだ理由だと勝手に思っていたのだが。
「マギさんは”幽霊”を信じていますか?」
エルが私に、唐突にそう聞いてきた。
「何を突然.... んー、全く信じてないわけじゃないけど、実際に見たことはないから、なんとも言えない感じかなぁ」
私はこの姿になって、すぐそばに存在しているのに、知らない世界があるということを知った。 常識に囚われた考えで、頭ごなしに否定は出来ない。
「ふむ」
「ところで何で?」
「いえ、この部屋、都心近くで条件も悪くはないのに、なぜ入居者がいないのか、というとね....」
エルは言いかけて、私の後方の一点を見つめたまま時が止まったように動かなくなる。
「....何よ!?」
私は反射的に、首を痛めるかと思うくらいの勢いで背後へ振り返る。
しかし振り返った先には、白い壁と木目のフローリングのガランとした何も置かれてない部屋が無機質にそこにあるだけだった。
「何よ! 何もないじゃない!」
怒鳴る私の心臓はドクドクと跳ね上がっていた。 銃や刃物が怖くない程の異能力を手にしても、目に見えないものは怖いものだ。
(途中です)
転生魔法少女マギ クズの願いが世界を変えるまで Ātman(アートマン) @Atman
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