第31話 病み

 住宅街の家宅やアパートの四角の影の中に、こつ然と浮かび上がった山のようにそびえ立つ影。 夜世界は暗く、シルエットだけでは影の正体がなんなのかまるで分からない。 ただ、私はそのシルエットに得体の知れない気味の悪さを感じていた。


 しかし、隣を歩くユノにはアレが見えているのか、いないのか、躊躇うこと無く歪な影に向かって歩を進めていくので、私も不安を心の奥に押し込め、その後に続く。



 結局、影の詳細が分かったのは、影の根本からほんの五十メートルもない距離にまで踏み込んでからのことだった。

 

嫌な予感が明確な後悔に変わる時はいつも取り返しがつかないほどの場所へ足を踏み入れてしまった後だ。 

影の姿形を明確に理解してしまった瞬間。 私は、虫が体を這い登ってくるような悪寒に、立ち尽くしていた。


 ”あれは人だ”


 あの人工物でも自然の物でもないゴツゴツとした歪な形は、生物の造形(フォルム)。 

十数メートルに達っしようという巨人が、彫刻のように上半身から上だけが地面から生えており、首をもたげ、凍えるように腕を自らに巻き付けている。 


 巨人の造形の細部までが明確になると、その姿が一見のインパクト以上に常軌を逸した歪な姿をしていることが分かってしまう。 


 巨人の体からは三本の腕が生えているように見える。 片側の肩から二本の腕が、蔦が絡み合うように。 反対から生える太い一本の腕は、指の数が異常に多い。 

 顔には、四つの目が下手くそな福笑いみたいにおかしな箇所、方向を向いてバラバラに散りばめられ、口は口裂け女のように長く裂けている。 


 巨人は、二人の人間が絡み合い、融合してしまったような歪な形相をしていた。



 何の変哲もない住宅街の一角に、巨像の建造物のように佇む、枯れ木から彫り出した彫刻のような、歪な姿をした巨人。

私は、そのあまりにも異様な光景に言葉を失い、心臓を締め付けられるようなストレスに思わず足を止めていた。


 隣を歩いていたユノが、尚も巨人ヘと向かう歩みを止めないので、私は腕を伸ばして絞り出すような声でユノを呼び止める。 足は震えて動かない。 

「ま、待って。 ねぇ、どこいくつもり....ユノ」

ユノはくるりと振り向くと、何を分かりきったことを聞くのだろうと怪訝と疑問が入り混じった表情で私を見つめる。 そりゃ、家まで送ると言ったのは私だけど。 

「どこって....」


「ユノ。 あなたにも目の前の”アレ”は見えてるわよね。 ”アレ”がなんなのか分かってるの....?」私が少し責めるような口調で、異様な背景を顎で示す。 

 

 あの巨人はおそらくタナトスだ。 それも先程の学校にいた落書きのタナトスとは比べ物にならない程、大きく、姿形も歪だ。  


ユノはちらりと異様な巨人を覗いたが、なんでもないことのように私の方へと向き直る。 

「うん、あれが私のお家、寂しくないように皆も集めたの」

「....」影を集めた....?


「お姉さん達は、明日もここに来る?」異様な背景を気にする様子はないユノは、すでに別れ際のつもりでいるらしく、子供がするような、素直に明日も会いたいと言えない、いじらしい聞き方をする。

「....うん。 多分」私は、考えのまとまらない頭のまま、曖昧な空返事をする。


「そっか。 絶対来てね、約束だからね」ユノは、私の献身的なアプローチで少しは心を開いてくれたのか、邪気の無い笑顔を見せる。

私も、どうしても視界に入ってくる背景のあの巨人さえいなければ素直に喜んでいたのだが。


「じゃあ、また明日ね。 私は、お父さんもお母さんも待たせてるから行かなきゃ」


ユノはそう言うと、絡み合う巨人の背景へと消えていった。



「マギさん?」

ユノが背景に消えてから、どのくらい立ち尽くしていたのだろうか。 私は、いつの間にか姿を現していたエルの声で、意識を引き戻される。


私は、未だドクドクと動悸の収まらない心臓を抑えつけ、エルの方を振り返る。

「学校で言いかけた話の続きを」

エルは巨人へと視線を向けたまま、鬱屈とした面持ちで話を始めた。

「マギさんとミアさん。 エルとユノさんの二手に別れ、二人の戦いの様子をモニターを通して、観戦していたときのことでした」



「多少、苦戦はしているみたいですが、ミアさんもいますし問題はないでしょう」

エルは、ユノという少女のお守りを任されたわけですが、先程からユノさんは仮想ディスプレイに映る二人の戦闘に見入っておりおとなしいものでした。 


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