第3話


 セネクは赤月の光の下、私とワドワクスの存在を忘れたかのように、足早に黙々と歩き続けた。私たちは、ただ無言のまま彼の後に続いた。

 四半刻しはんときあまりも歩いたろうか。辺りには民家はほとんど見られなくなり、ただサッキ茶の畑が黒く続いていた。

「あそこだ」

 セネクは闇の奥を指差した。

「何も見えませんよ」

 ワドワクスが怪訝けげんそうな顔をした。

 私の眼は、暗闇に慣れている。ぼんやりと小さな丘が闇の中に盛り上がっているのが見えた。まさに、古い墳墓ふんぼのようにしか見えない。

「あの丘の上にほこらがあるのか?」

「いいや、あの中だ」

 近づくにつれ、丘の形がぼんやりと見えてきた。どこかで甲高い白鴉の声が聞こえた。

 セネクは無言のまま歩を進めた。私とワドワクスも黙ったまま、そのあとを追った。

 やがて、麓にたどり着いた。それは「丘」ではなく、一個の巨大な岩の塊であることがわかった。ほぼ完全な半球形をしている。明らかに自然が生んだものではあり得ない。表面には、草一本、ゾイラ苔のひとかけら生えていなかった。生命の欠片すら感じられない。

「あそこだ」

 セネクが指差したのは、細い岩の裂け目だった。その奥に小径が続いているようだった。

 セネクはためらうことなくその裂け目の中へ進んだ。私とワドワクスも続いた。小径こみちは狭かった。体を斜めにして、ようやくそろそろと横這いしながら進める程度だった。子供であれば、もっと容易に入ることができたろう、と私は思った。

 五十歩も進まないうちに、私は立ち止まった。体が勝手に止まった。

 忘れかけていた感覚。忘れようとしていた感覚。忘れたはずの感覚――今、それが私の背筋を駆け上がり、動きを止め、体温を下げた。異様に口が渇いていた。唾を飲み込む。

 セネクが振り返った。

「どうしたんだよ? まだ先がある」

「ワドワクス、街へ戻って衛士を呼んでくれ」

「は? どういうことですか?」

「おそらく、もう手遅れだろう……」

 ワドワクスがいらだった声を上げた。

「いったい何なんです? この先に何があるんですか? 呪技遣じゅぎつかいじゃあるまいし」

「おそらく、数日経っている――この先には、死がある」

 二人とも、急に黙り込んだ。

「ジェク……」

 ワドワクスは、私とセネクを押しのけて小径の先へ進み出した。私たちも足早に追った。

 進むにつれて、死の匂いはますます強くなっていった。さすがに二人も何か尋常ならざる何ものかが嗅覚を刺激していることに気づき始めているようだった。

 唐突に、眼の前が開けた。外からはまったくわからなかったが、そこには、円形の広場があった。直径は十五エーム(約四・五メートル)ほどだろうか。夜空から月明かりが注いでいる。広場の中央が、私の背丈ほどに半球形に盛り上がっていた。赤月の光を浴びているにも関わらず、祠はうっすらと青く光って見える。

あお御影石みかげいしほこら――」

 ワドワクスがつぶやいた。私たちは「祠」に駆け寄った。

 蒼い御影石でできた祠は、磨かれたかのように滑らかな表面に、月光を反射していた。

「〈祈り口〉は裏だ」

 セネクが駆け出した。私たちも追った。

 そこで、私たちは見つけた。

 それは、一目見ただけでは人に見えなかった。

「ああああ! ジェク!」

 セネクが悲痛な声を上げた。

 どす黒く固まりかけた血の海の中――肉塊が転がっていた。小さかった。セネクがその肉塊に駆け寄った。私も彼の後を追った。肉塊のかたわらにひざまずいた。

 腐敗しかけた屍体――長い金色の髪。ふくよかだったはずの頬はこけている。赤月に照らされた両の眼窩の中で、蛆蟲うじむしうごめいているのが見えた。

「……ジェクじゃない。女の子だ」

 私は、酷たらしい屍体から視線をはずさず、喉の奥のほうでつぶやいた。

 セネクが、脱力したように地面にへたり込んだ。

「女の子? まさか……ティマー……?」

 ワドワクスはためらいながら、おそるおそる血の海に踏み込み、腐乱した屍体に歩み寄った。一目見ただけで、彼は顔を背けた。

「間違いありません。ティマーです。可哀想に……なぜこの子が……」

 ワドワクスは涙声で言い、すぐに駆け出すと、岩壁の隅へ行き、激しく嘔吐し始めた。

 私は屍体を改めた。おそらく死後五、六日たっているようだ。胸部に、大きな傷。

 かたわらで、セネクがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

「どうしたんだ? ジェクがやったのか? ジェクがやった証拠でも見つかったのか?」

 私は、彼らの顔をじっと見返した。

「この傷は刃物じゃない。まるで……何ものかに喰い破られたかのようだ」

「何ものかって……狼か? 人喰い鬼か?」

「ヒイロオオカミとミミナガトカゲの咬み傷は見たことがある。それとは明らかに違う。人喰い鬼でもない。やつらは、まず岩で頭を叩くなどして獲物の気を失わせる。そして、腹部の柔らかい部分から喰い始めるんだ。しかし、ティマーには胸――心の臓辺り以外に傷がない」

「じゃあ、いったい何だ、誰がこんなひどいことをやりやがったんだ……?」

 私は立ち上がり、屍体の周囲を見回した。周囲に、祠を形作っていたはずの蒼い御影石が、無数のかけらとなって四方に散乱していた。祠の一部が砕け散っていた。

 セネクを振り向いた。

「さっき、あんたは〈祈り口〉と言っていたな。これなのか?」

「なんてこった。〈祈り口〉がぶち破られてるじゃないか! 誰がどうやって……?」

 セネクは頓狂な声を上げ、赤月が鈍く輝く夜空を仰いだ。

「どういうことだね?」

「〈祈り口〉は、こんなに大きくない。大人族がやっと腕を突っ込める程度の窓なんだ」

「では、誰かがこの岩を壊したんですか?」

 ワドワクスが尋ねた。セネクがかぶりを振った。

「この蒼い御影石を知らねえな、あんた。大の大人がでかいつちを振るったって、壊れるような代物じゃねえ。太古に、何やら呪技がかけられたらしい。そんな岩で大蛇を封印したんだ――二度とこの地上に災いをもたらさないように」

「しかしその祠が、粉々に破壊されている。しかも……」

 私は言った。

「しかも、何です?」

 ワドワクスが首をかしげた。私は言った。

「蒼い御影石の破片だ――すべて、外側に向かって飛び散っている」

「だからどうしたってんだ!」

 セネクが激昂した声を上げる。

「きみはこの祠のなかを見たことがあるのかね?」

 セネクは、「とんでもない」と言った表情でかぶりを振り、言った。

「〈祈り口〉ってのは、封印された蛇神に蛇神崇拝者が祈りを捧げるために、あらかじめ空けられた穴らしいんだ。本来なら、全部何もかも蒼い御影石で埋め尽くすべきだったんだろうけどな。いや、そんなことはどうだっていいんだよ。あんたは何が言いたいんだ? ジェクがこの子を殺して心の臓を奪ったなんてこと、信じてるわけじゃないだろうな!」

 何かが、私の脳裏の一部に引っかかっていた。

「この南には何がある?」

「何もありはしねえ。ただ畑が広がってるだけだ」

「そうじゃない、そのずっと南だ」

「知るかよ」

「……水晶山、ですね」

 ワドワクスが代わりに答えた。

「大蛇が、七つ目の心の臓を手に入れてしまったようだ」

 私は感情を押し殺して言った。

「まさか……!」

 セネクが絶句した。

「ティマーの父親が言っていただろう、『コウモリの大群が南に飛んでいくのを見た』と。あれはほんとうにコウモリの大群だったんだろうか」

 ――大くちなわが、南へ飛ぶ。

 否応なく、フピースの声が脳裏に甦った。二人とも、何も答えられなかった。


 ベリーグ衛士隊長の拳が私の左頬にめり込んだ。

 私は吹っ飛んだ。何ものかでぬるぬるした石の床に這いつくばった。

 現場の祠に到着した衛士隊は、有無を言わさず私をテジンの都の南西に建っている、堅牢な石造りの建物――私にとっても慣れ親しんだ場所である、衛士隊本局へ連れ込んだ。

 放り込まれたのは、衛士隊本局の地下にある、通称「仕置しおき部屋」と呼ばれる取り調べのための部屋だった。私が入れられたのは、そのなかでももっとも奥に位置し、もっとも汚く、悪臭を放つ部屋だった。太い革の帯で両腕を後ろ手に縛り付けられた。

「いったいなぜ私が少女を殺さなきゃいけない……私がテジンに来る六日も前に彼女は死んでいる。なぜまた現場に戻らなきゃ行けない?」

「そんな戯言たわごとが通用すると思うな、〈灰色の右手〉ゴルカンさんよ! 幼いガキを殺すなんて、貴様も落ちぶれたもんじゃないか、えっ?」

 倒れた私の腹に、ベリーグの蹴りがめり込んだ。二度、三度、四度――それ以上数えるのをやめた。とにかく、うめき声が漏れないように、歯を食いしばった。そして言った。

「伝説の大蛇が甦った可能性がある。そうすれば、この地上界は――」

 言いかけた私の鳩尾みぞおちに、ベリーグの蹴り。吐き気と悲鳴に耐えた。

 私が声を上げなかったことが、ベリーグの怒りにさらに火を付けたらしい。ベリーグは何か合図すると、二人の衛士が私の両腕をつかみ、私を無理矢理立たせた。

 薄汚い歯を見せながら、ゆっくりとベリーグが近づいてきた。ベリーグは手を伸ばすと、私の上着を一気に引き裂いた。胸がむき出しになった。

「わかってるはずだぞ、ゴルカン元隊長様なら」

 ベリーグは剣を抜いた。鈍く光る切っ先。それを私の胸骨の上に突きつけた。その先端が私の皮膚に刺さる。かすかな痛み。血がにじみ始めた。

 ベリーグはどす黒く笑った。

「ここに、クソにまみれた貴様の心の臓がある。大蛇とやらに喰わせるなら、そっちのほうがよかったんじゃないのか? えっ、そうは思わないか、ゴルカン元隊長殿?」

 切っ先が皮膚に食い込んだ。切っ先が少しずつ、私の胸の肉を切り裂いていく。生温かいものがしたたり落ちる――かつて私自身も、部下に行なわせた経験がある拷問だ。

「今のうちなら、まだ間に合うぞ。さっさと吐いちまうんだ、ゴルカン元隊長。それができないなら、俺が検分してやろう。貴様の心の臓が実際にクソにまみれているかどうか」

 ベリーグは本気だった。今ここで私を殺したところで、いくらでも言い逃れはできる。私もかつて、部下が容疑者を刺し殺した事件をもみ消した経験があった。

 ベリーグの眼に宿っているのは、怒りよりもむしろ誇らしさだった。私を葬り去ることのできるという喜び。八年前から、そこまでこの男は私を憎悪していたのか。うそ寒い思いが走った。その思いは、眼前の剣の切っ先よりも、私の心を震わせた。

 その瞬間だった。

 荒々しく鉄の扉が開かれる音がした。駆け込んでくる数人の足音。

「何をやっておるのだ、ベリーグ隊長!」

 少々かすれてはいるが力に満ちた声が「仕置部屋」に響いた。

 ベリーグの顔から血の気が引くのが見えた。私を取り押さえていた二人の衛士も慌てふためいた様子で、私の腕を離した。私は冷たく湿った床の上に膝からくずおれた。

 顔を上げると、骸骨のように痩せた長身の男が立っていた。年の頃は、ベリーグや私より数年若い。衛士の制服を着ていた。が、肩章は青銅色のベリーグとは異なり、金色に光っている。毎日磨いているのかも知れない、この男――テジンの衛士局長は。

「この者が何をしたのと言うのだ、ベリーグ隊長。こんな拷問が必要なのかね?」

「この者は……逃亡のおそれがあるため、抑制をしたところでありまして……」

「ベリーグ隊長、きみは私を愚弄しているのかね? この者が逃亡できるはずがなかろう、呪技か導術でも使わぬ限り」

「しかし局長、この者は……」

「聞こえないのか! すぐに抑制を解くのだ!」

 衛士局長は、制服が汚れるのもかまわず、血と汗と唾液にまみれた私を抱き起こした。そして、冷たく鋭い声を放った。

「ベリーグ隊長、屯所に戻りたまえ。追って沙汰あるまで、謹慎しているのだ」

 ベリーグとその部下は、不承不承、仕置部屋から足早に姿を消した。すると、痩せた衛士局長は静かな口調で言った。

「おそらく覚えておいでではないと思いますが、ゴルカン隊長殿」

「私は隊長でも何でもない。西から来た旅人だ。敬語など使わないでくれ、メラック」

「隊長殿、覚えて下さっていましたか! ベリーグには重い懲罰を与えますよ。あのゴルカン隊長殿に――〈灰色の右手〉のゴルカン隊長殿に無礼を働いたのですから」

 私は顔中の血と汗と唾液を拳で拭った。

「まさか局長殿がわざわざお越しとは――しかも、おまえさんが局長とは、ね」

「あなたを解放しろという申請があったのですが、知らなかったのです。そんな訴えは日常茶飯事ですから。すると、今度はスパレイ行政武官から直々に命令が下ったのです」

 ワドワクスめ、と私は思った。

 メラック衛士隊長は、私に向かって深々と頭を下げた。

「テジン衛士隊を代表し、お詫び申し上げます。ゴルカン……隊長、あちらの部屋へ」

 メラックが先頭に立ち、私たちは隣の棟の階上にある別室に向かった。何段の階段を上ったのか、覚えていない。私が衛士隊長だった頃と同じならば、最上階の四階に「局長室」があったはずだ。その部屋と「仕置部屋」とは、天上界と冥府ほどの違いがあった。

 先に局長室にいたワドワクスとセネクが、その窓際に立っていた。

「ゴルカンさん、ご無事でしたか!」

 ワドワクスが大きな声を上げた。彼は私の顔中にできた痣と傷を見て顔をしかめた。

「できるだけ早く父に会おうとしたんですが……申し訳ありません!」

「あんたが謝る必要はない」

 ワドワクスが床に眼を落として言った。

「父とまともに会話をしたのが、三年ぶりなんです……」

「なんとね」

 メラック衛士局長が私に長椅子を勧めた。私は遠慮することもなく、そこへ沈み込んだ。

「詳しいお話を聞かせていただきたいのです」

 メラック衛士局長は言った。

「特に話すことなど、ないがね」

 私の答えに、メラックは不意を衝かれたような顔になった。

「少女――ティマーという名でしたね。彼女の惨殺事件について、あなたがたは何も知らないとおっしゃるのですか?」

「そうおっしゃってるわけじゃねえよ、局長さん」

 セネクが斜に構えて答えた。私は彼のあとを引き取って言った。

「私たちの言葉を、信じてもらえるかどうかわからないのだが――」

「蛇神の祠の件ですね」

 セネクが意気込んで割り込んだ。

「蛇神じゃなく、しもべの大蛇だ。やつは七つ目の心の臓を、ついに手に入れちまったんだ」

「大蛇? 馬鹿馬鹿しい。八年前の、あのマトスたちの事件じゃあるまいし」

 メラックが顔をしかめた。しかし、すぐに重々しい表情になり、私に向き直った。この男は、八年前の衛士時代と変わらず、頭の回転は速いようだ。メラックは続けた。

「我々衛士隊も無能ではありません。あなたたちの探している少年――ジェクと言いましたか――は、導術師の子でありながら、呪技じゅぎへ強く惹かれていた。そして、いかなる術を用いたのか、蒼い祠を見つけた。彼はそれを何か神をまつった存在だと考えた。地上界にはいろいろな伝説がある。ジェクは導家に生まれた子です。彼はさまざまな伝承に通じていたはずです。そこで、少女の心の臓を生け贄に捧げることを思いついた。そして彼は、よこしまな神から無限の力をもらえる――そんなおぞましい妄想を持ったんでしょう。そして彼はティマーを殺し、その心の臓を祠に捧げた……」

 そこで彼は言葉を切ると、机の上から葉巻を取り、火を付けてふかした。

「正直に申し上げますよ。私は、蛇神だろうが蜘蛛神だろうが、何かが復活、あるいは召還されたなどと毛頭信じていません。そんなことは〈黎明れいめいの戦い〉以前のおとぎ話に過ぎません。ジェク少年は自分の犯した罪に恐怖し、逃亡した。そのときに、呪技じゅぎでも使ったのでしょう。そのために、祠が破壊された」

 ふたたびメラックは葉巻をふかした。その煙は私の眼にしみた。

「八年前も同様な事件だったのですよ。彼らは、いかれた狂信者たち、いや気の違った殺人者の集団に過ぎなかった。あのとき、連中は剣で幼い子どもを惨殺しただけだった。その結果、何が起こりました? 大地が揺るぎましたか。天が二つに割れましたか? この地上に、神が姿を見せましたか?」

 メラックは三度目の煙を私に吹き付けた。

「あなた方が何を言おうと、これは単なる殺しです。確かに、幼い娘が殺され、しかも下手人が子どもと来た。私も胸が痛みます。このように悲惨な事件は数年来、テジンでは起こっていなかった。ですからゴルカン隊長、ほかのみなさんも知っているだけのことをお話しし、お帰り下さい。あとは、衛士隊の仕事です」

 セネクが意気込むようにして一歩前へ進んだ。

「やめてくれ! ティマーは刀で斬られたんじゃない。何かに喰い殺されているんだ! ジェクが殺したはずはない! あんたは遺体を見てないのか!」

 メラックは動じなかった。

「呪技遣いは、己を獣に変身させる術を持っているとか」

「何も知らないんだな。ジェクに呪技が使えるはずがない!」 

 それまで黙っていた私は、セネクに顔を向けた。

「『エ・カーワの書』……その書物には何が書いてある?」

「はあ? 何言い出すんだ、あんたは? 魂をジンパー神にでも抜かれちまったか?」

 私はセネクを遮り、ワドワクスのほうを向いた。

「覚えているか? ジェクのお婆さんが言っていた。ジェクは『エ・カーワの書』を持ち出した、と言っていた」

「確かに、そんなことをおっしゃっていたような気がします。でもそれが何なんです?」

 セネクが、ふん、と鼻を鳴らした。

「『エ・カーワ』だと? たいした導術じゃねえよ。もっとも、俺にはそんなつまらねえ術すらできないんだがね」

「それは何の術なんだね?」

「単に〈眠り病〉に罹った者を癒して目覚めさせるっていう……おい、あんた!」

 セネクが言葉を切った――口を半開きのまま。血色を失っていく。

「これはあくまでも私の想像だ……八年前、マトスたち蛇神崇拝者ヘクロノミが六つの心の臓を大蛇に捧げた後、大蛇は狭い祠の中で、すでになかば甦りかけていたのではないか……」

 その部屋にいる誰もが言葉を失っていた。メラック衛士局長が沈黙を破った。

「なんてことを……あの事件の後、八年間、このテジン周辺で何も異変は起こっていないのですよ! あの事件は終わったのです。支払った代償は大きかったのですが」

「マトスは捕まっていない。現に、水晶山に蛇神崇拝者たちを集めているらしい」

「噂に過ぎません」

 メラックは断じた。ワドワクスが口を挟む。

「ゴルカンさんはいったい何が言いたいんです?」

「ジェクが持ち出したという『エ・カーワの書』。目覚めの術を書いた書だ。つまり彼は、自分の力で蒼い御影石の祠に眠る大蛇を甦らせようとした、と考えられないかね?」

 セネクが鼻で笑った。

「導術が大蛇に効くなんて話は聞いたことねえ……」

 ワドワクスは、やや顔を青ざめさせた。

「じゃあ、こういうことですか。ジェクの導術により、大蛇はあの祠のなかですでに眼を覚ましていた、と。無論、本来の大蛇の姿にまでは成長していなかったかも知れない。ただの小さな蛇の姿をしていた。けれど、まだ小さい姿の蛇が、自ら〈祈り口〉から飛び出してティマーを襲った……ということなんですか?」

 私はうなずき、ワドワクスのあとを引き取って言った。

「そう、ティマーを殺したのはジェクではない。大蛇自身だ。大蛇は、蒼い御影石の祠を内側から突き破った。そして自ら、ティマーの心の臓を食い破った。ついに七つ目の心の臓を得て、本来の巨大な姿を取り戻した」

 セネクは顔を真っ青にし、あえいで声を出せない様子だった。私は先を続けた。

「そして、上空へと飛び立った。それが、ティマーの父親が目撃したというコウモリの群れだろう」

「では……ジェクはどうしたんですか? ジェクもまた、大蛇とともに飛び立ったと?」

 ワドワクスの問いに、私は答えることができなかった。

 ふたたび沈黙が部屋を支配した。

 それまで無言で私たちのやりとりを聞いていたメラックが、ためらいがちに口開いた。

「実は……さして意味のないことだと思っていたのですが……あの夜、少女が惨殺された夜、コウモリの群れ――あるいは巨大な龍の姿が飛ぶのを見たという証言が、テジン各地から寄せられているのです。よくある流言飛語のたぐいだと思っていたのですが……」

 ワドワクスが思い切った様子でメラックの言葉を遮った。

「決まったようです。我々は水晶山へ向かいます、今すぐに」

「水晶山? そこに、ジェクもいるっていうのかい?」

 セネクの問いに、ワドワクスはかぶりを振った。

「いるかも知れないし、いないかも知れない。しかし、大蛇は止めなければなりません。さもなければ、この地上界に大きな災厄が訪れます。我々が行くしかないんです」

 ワドワクスは私に顔を向けた。私は黙ったままだった。セネクが勢い込んだ。

「ちょっと待て、話が大き過ぎるぜ。なあ、衛士局長さんとやら、あんたたちが行けばいい。水晶山で、大蛇と、そいつを信奉しているキチガイどもを退治するんだ。そんだけの軍勢は持ってるんだろう?」

「私に、そんな権限はない。衛士隊は、あくまでもテジンを守るための部隊だ。南の国まで出張って行くことはできない」

 ワドワクスが身を乗り出す。

「北の国も南の国もないでしょう。セネクさん、我々が行くんです! ジェク君を助けるんでしょう? それに……」

「それに、何だよ、大先生様」

「水晶山には……ドゥイータがいるかも知れない……」

 ワドワクスは歯を食いしばった。そのあいだから苦い空気が漏れているようだった。

 その可能性は、私も考えていた。

 ドゥイータはこれまで、我々よりも常に一歩先、二歩先を進んでいる。

 彼女には、それが可能だ――八年前のあの少女が、そのまま大人になったのだとすれば。

 八年前、私はフラッカルを助けられなかった。十六歳のドゥイータが私に叩きつけた哀しみと怒りと憎しみの拳の痛みを、私は八年間、一日たりとも忘れたことはない。

 ――ゴルカンが……代わりに死んじゃえばよかったんだ!

 しかし彼女の意に反し、私は今まで生き長らえている。

「行こう」

 私は言った。ワドワクスは黙ったままうなずいた。

「お、俺もかい?」

 セネクが言った。

「それはあんたの問題だ。自分で行く先を決めるんだな。私の知ったことじゃない」

 私は冷ややかに言った。セネクはうなずいた。

「お助けできず……申し訳ありません」

 メラック衛士局長が頭を垂れた。

 私は、メラックの脇をすり抜け、部屋から出た。ワドワクスとセネクも続いた。もはやテジンの衛士に用はない。

 八年間、封印してきた何かが、私の内部でうごめき始めているのを感じた。


 私たち三人はブレジクに行き、その夜を学舎まなびや――ドゥイータが作った――で明かした。

 夜が明ける前に、旅支度を始めた。水晶山へ――新たな旅。

 ブレジクから五百洲いおす川までは蟲車を雇った。車に揺られながら、私はつぶやいていた。

「おかしなものだ」

「何がおかしいんです?」

 ワドワクスが怪訝そうな顔をした。

「こんな旅に出るとは思わなかった」

「俺だって――」

 セネクが口を挟んだ。それには構わず、私は言った。

「私はテジンを追われた衛士くずれだ。友を殺し、その妹に憎悪され、逃げるように都を後にし、西の国の村はずれで隠遁している敗残者だ。学があるわけじゃなし、技があるわけでもない。まあ、シュカの木を削ることくらいはできるが」

「あの木の像ですか。忘れられません。あれは見事に――」

 そこでワドワクスは言いよどんだ。

「何だね?」

「怒らないで聞いてください。あの木の像――あなたの家で見た、剣を構えた女剣士。あれはまぎれもなく、ドゥイータに生き写しだった」

 私は黙っていた。

「僕は、ドゥイータが剣を構えた姿など見たことがありません。彼女は剣など持っていません。彼女は学舎の教師です。けれど、彼女は必要とあらば間違いなく剣を抜く。そんな訓練も受けているはずです――僕の知らないところで。彼女は、大切な人のためになら、自ら傷つくことを恐れずに剣を振るって闘う――そういう人です」

 やや、間があった。私は黙っていた。やがて、ワドワクスは独り言のように言った。

「どんな状況に置かれようと、大切な人がどんな危機に直面しようと、僕は剣を抜いて振り回すことなど、できない。剣を人に向けることなんか、決してできません」

「人にはそれぞれ、できることとできないことがある」

「慰めにはなりませんよ」

「慰めなんかじゃない。あんたには私なんかには真似のできない仕事がある。子どもたちを育て、導くという立派な仕事が。むしろ、私はそれを羨むよ」

「しかし……今必要なのは、『剣の力』ではないのですか?」

「『剣の力』など、人を幸福にはしない」

「あなたの口から、そういう言葉を聞くとは思っていませんでした」

「私も、はじめて話したよ」

「もうじきエクウムの宿場だぜ」

 割り込んできたのはセネクだった。もうすでにかなり陽が傾いていた。


 エクウムの宿場は、東西南北四つの国のちょうど境、水晶湖を源流として北へ流れる大河、五百洲いおす川の畔にある。数十年前には、大いに栄えた宿場だったという。

 しかし、今では見る影もない。物乞いと安淫売宿ばかりが目立つ町に成り下がっていた。

 そんなエクウムからでも、水晶山の威容は臨むことができた。

 巨大な円錐形をした山。頂には白い雪が輝いている。この地上界でもっとも高く、もっとも美しい山――かつては荒れ狂い炎を放ったこともある、死した火山。それが水晶山だった。

「聞くところによると、水晶山の内部には、無数の回廊があるとか……」

 ワドワクスがつぶやくように言った。

「なんだ、そりゃ」

 セネクが頓狂な声を上げた。

「あくまでも伝説の域を出ません。三千年も昔、〈黎明れいめいの戦い〉の時代に、炎を噴く水晶山を闇の勢力の要塞として利用しようとしたたくらみがあったとか」

「要塞だって? あんな馬鹿でかい山を?」

「邪悪な呪技遣じゅぎつかいの一派が穴を掘り、要塞を警護する奴隷として使うために、醜い生き物を生み出した。その一部が逃げ出し、人喰い鬼になったという説があります」

学舎まなびやの先生とは思えないな。そんな世迷い言を信じるなんて」

 セネクがにやにやと笑った。私には笑えなかった。

「マトスたちも、それゆえに水晶山を根城ねじろに選んだのかも知れない」

 私はつぶやいた。

 セネクは、「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。


 私たちは、この界隈でもっともましと思われる宿を見つけ、泊まることにした。その宿の名が〈蒼蛇亭〉であることにセネクは難色を示したが、私もワドワクスも験を担ぐ人間ではなかった。

 通されたのは、宿の三階にある二段の寝台が二つ並んだ四人部屋だった。埃と汗と、それからなにやらわからぬ酸えたような匂いがこもっている。

 セネクは近所の酒屋から仕入れてきた質の悪い安物のコルメ酒をがぶがぶと飲み干し、早々にいびきをかいて眠り込んでしまった。

 私は窓を開けた。冷たい夜気が部屋に忍び込んでくる。真夜中を過ぎたというのに、淫売宿の並びのほうはまだ明るく、娼婦たちの嬌声が聞こえていた。南東の空に、下弦よりやや欠けた緑月。赤月はすでに沈んでいる――緑の夜。

 南向きの窓の真っ正面に、巨大な湖、水晶湖の黒い水面がぼんやりと見える。そのはるか向こうにそびえるのは、白い雪を頂いた水晶山だった。

「水晶山に、ほんとうに、いるんでしょうか?」

 不意に背後からワドワクスの声がした。彼はもう眠っていると思っていた。

「大蛇が? それともジェクが?」

「わかってるでしょう」

 私は黙っていた。ワドワクスも私の脇に立ち、そびえる水晶山を見つめた。

「彼女は間違いなく、いますよ。誰にも頼ることなく、危険のなかに飛び込んでいく。たった一人の子どものために。そうでしょう?」

 私は無言だった。

「あなたのほうが、ドゥイータのことをよく知っている。悔しいけれど、それは事実です。彼女は間違いなくあの山にいる」

 私は依然、言葉を発しなかった。ただ、窓の下の光景を見やっていた。

 眼下に蟲車が停まる音がした。一台の二頭立て蟲車が〈青蛇亭〉の前に停められていた。そこから男たちが降り立つのが見えた――四人。

「事件から六日もたってます。なのに彼女から何も便りがない。なら、彼女はまだジェクを探しているのか、あるいは危険な目に遭っているのか……」

 私は剣を体に引き寄せた。

「その前に心配することがある」

 私は小声で言った。

「何ですか?」

「我々の命だ」

 眼下の四人の男たちのうち三人は剣を帯びていた。残りの一人は、首から拳大の暗緑色の丸石をつなげた輪を下げている。ワドワクスも眼下の男たちに気づいた様子だった。

「あの丸石の首飾りの男、呪技遣じゅぎつかいですね。珍しい」

「石の色と形を見るんだ。邪な呪技を使う連中の仲間だ。昔、相手をしたことがある」

 私は身支度を始めた。

「セネクを起こせ。ここを出る」

 男たちが、〈蒼蛇亭〉へ入っていくのが見えた。

 ワドワクスに起こされたセネクが、いらだたしげに声を上げた。

「ちくしょう、何だってんだ? 蛇神でも出たってのか?」

「当たらずとも遠からずだ」

 私は答えた。

 ワドワクスがセネクに無理矢理服を着せ、荷物をまとめさせた。

 私はそっと部屋の扉を開けた。

 無人の廊下は静まりかえっていた。耳を澄ます――複数の足音。階段を上がっている。

 階段を使わずにここから出る方法はないのか。素早く思案した。廊下の反対側の突き当たりに、非常用の階段があるかも知れない。

 ないかも知れない――確認していなかったことに内心で毒づいた。

 廊下に、男の姿が現れた――眼と眼が合った。

 私は、考えることに時間を使い過ぎていた。自分自身を呪う間もなかった。

 男はすでに剣を抜いていた。茶色い東方の装束――剣も、東方でよく使われている細身でやや湾曲したものだった。

 突進してきた。

 私も剣を抜いた。刃と刃。ぶつかり合う。火花が散った。男の背後に、もう一人現れた。抜き身を構えている。やはり東方の剣だ。呪技遣いとあと一人の姿は見当たらない。

 男の剣を払いのけた。突いた。手応え。切っ先が男の右の腹に刺さった。男はうめいて廊下に膝を突いた。が、致命傷ではない。二人目――左頬に醜い傷跡がある。上段から振り下ろしてきた。かわした。踏み込んだ。胴を払った。男は剣で受けた。一番目の男とは違う。かなりの遣い手だ。背後に気配。第一の男が立ち上がっていた。下段から一気に斬り上げる。絶命して男は倒れた——まず、一人。

 二番目の男が突いてきた。剣で受けた。向き直った。

 やはり呪技遣いの姿が見えない。そしてもう一人の剣士も。

「なぜ私たちを狙う?」

 私の問いに、頬に傷のある男は鼻で笑うような声を出した。

「マトスの差し金か?」

 男の顔つきがかすかに変わる――その表情こそ、雄弁な返答だった。

 マトスは生きている――八年前の悲劇を起こした張本人が、ふたたび動き出している。

「マトスにいくらで買われた?」

 私が問うと、男は気色ばんだ。

「ゴルカン、貴様を斬って名を上げようとする剣士は、この世界にいくらでもいるんだ」

「なんとね、私は妙なところで有名だな。過去の負け犬を斬って何になる?」

「〈灰色の右手〉――明と暗の、正と邪の『あわいの剣』を操る〈灰色の右手〉――貴様と手合わせできるとは、俺は果報者だ」

 その瞬間だった。ワドワクスたちの部屋から悲鳴が聞こえた。

 剣士の顔にゆがんだ笑みが浮かんだ。

 気づくのが遅かった。このあいだに、呪技遣いともう一人の剣士が、何らかの呪技を使って姿を消し、部屋に入ったのだ。

 振り返った。ワドワクスたちの部屋に向かって走った。

 背後から剣が襲いかかった。かろうじて払いのけた。部屋に飛び込んだ。

 遅かった――背の低い第三の男の剣が、セネクの脇腹に突き刺さる瞬間だった。

 セネクは絶叫し、そのまま床にうつぶせに倒れた。

 ワドワクスは、屁っぴり腰で椅子を摑み、二人の侵入者に向かって構えている。が、そんなことが手練れの剣士と呪技遣い相手にどれだけの意味があるというのか。

 私は背の低い第三の男に斬りかかった。男は素早い身のこなしでかわした。この男も、相当の遣い手だ。

 呪技遣いが小声で何かを呟いていた――呪文。そして呪技遣いはワドワクスに向けて、首から下げた暗緑色の石を構えた。

 駆け出した。ワドワクスに体当たりした。二人そろってもつれあった。倒れ込んだ。

 耳を貫く轟音。次の瞬間に、光。先ほどまでワドワクスがいた背後の壁に、炎の矢が突き刺さっていた。これが呪技というものか――久しぶりの相手に戦慄した。

 呪技遣いは、私に暗緑色の丸石を掲げた。まじないの言葉を唱えた――第二撃。

 衝撃を覚悟した。

 何も起こらなかった。

 呪技遣いは唖然とした表情だった。そのすぐ脇の壁に火の矢が突き刺さって燃えている。

 火の矢が跳ね返されていた。

「貴様も……呪技を遣うのか?」

 呪技遣いがあえぎつつ言った。にらんでいる相手はセネクだった。セネクが左手で脇腹の傷を押さえながら、必死の形相で立っている。その右のてのひらを呪技遣いに向けていた。

「こいつは俺が何とかする! あんたはあいつらをぶった斬ってくれ!」

 セネクが怒鳴った。

 私はすぐに行動した。東方の剣士たちに向かって突進した。

 剣士たちは、呪技遣いがいることで油断していたのだろう。反応が遅れた。次の瞬間、私の剣が、背の低いほうの剣士の胴を薙いだ。男が血を吹き出しながら床に倒れる。もう一人に剣を振り下ろす。かわされた。もう一撃。刃同士がぶつかって火花を散らした。

「ムウシペス・ムウリメエ!」

 呪技遣いがまじないを唱えた。次の刹那、暗緑色の丸石の先端からまばゆい緑色の閃光が放たれた。

「ヤシンハ・ゲンルペス!」

 セネクが手をかざして叫ぶ。

 信じられない光景だった。

 緑色の閃光が、セネクのかざした掌の直前で跳ね返された。閃光は壁に命中し、突き破って穴を空けた。穴の周辺から火が上がる。

 セネクは顔面蒼白で、今にも倒れそうだった。

 私は柄を握り直し、呪技遣いに向かった。剣を振り下ろす。呪技遣いの丸石をつなぐ糸が切断された。暗緑色の丸石が床に散らばり、床を転がった。呪技遣いの唖然とした顔。

 一息に剣を振った。

 呪技遣いの首が飛んだ。その生首はくるくると宙に回った。やや遅れて、胴体から鮮血。噴水のようにほとばしる。

 返す刃――最後の剣士の胸を深々と突き刺した。剣はあやまたず、東方の剣士の心の臓を貫いた。剣士が無言のままうつ伏せに倒れるのと、呪技遣いの胴体がくずおれるのは同時だった。呪技遣いの首は床をころころと転がり私の足元で止まった。

「セネクさん!」

 ワドワクスの声――

 セネクが床に倒れ込んでいた。顔は蒼白で、肩で激しく浅い呼吸を繰り返していた。

 私は言った。

「驚いた。あんたがあんな呪技を使えるなんて」

「あれだけだよ……俺に、できることは……あれが限界さ……」

「セネクさん、しゃべらないで。今、医者を呼んできます」

 ワドワクスが震えながら言う。が、セネクは唇に薄い笑みを浮かべた。

「医者は要らねえよ、先生。本物の呪技遣いじゃないやつは、報いを受けるのさ……」

 セネクは急に激しく咳き込んだ。

「セネクさん!」

「笑っちまう……俺は、真の導術師にも、真の呪技遣いにもなれなかった。結局は、半端者で終わっちまうんだな……情けねえ生き方じゃねえか……」

「そんなことありません! あなたのお陰で、僕たちは命を助けられました!」

「慰めなんか要らねえよ、先生。そんなことより、ジェクを助けてくれ。やつはきっと苦しんでる。後悔してる。あいつを……大蛇の〈拠代よりしろ〉なんかにさせるわけにいかねえ」

「もういい。しゃべるな」

 私は言ったが、セネクは弱々しくかぶりを振った。

「ジェクを……助けてやってくれ……蛇神から……あいつ自身の暗い心から、あいつを救ってやってくれ……〈汚穢おわいの者〉の、最後の頼みだ……」

「セネクさん、あなたは汚れてなんかいない!」

 ワドワクスが叫んだときには、もうセネクは事切れていた――宙をにらんだまま。

「セネクさん!」

 ワドワクスが悲痛な声を上げた。


「蛇神覚醒」第四話につづく

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