第5話蝶と遊ぶ彼女

久方ぶりに休みをもらった。

だけど、特にやりたいことも、行きたい場所もなかった。


**


「それで、何も思いつかなかったから、ここに来た、と。……あなたはなかなか変わった人ね」


「君も同じだと思うけど。昆虫館に1人で来る女子なんて聞いたことがないね」


「それはあなたに女の子の知り合いが少ないからよ。女の子はみんな、可愛いモノが好きなのよ。例えば——」


蝶々とかね、と彼女は続けた。


行きたいこと、やりたいことが特になかった僕はとある昆虫館に来ている。温室が併設され、多種多用な植物と綺麗な蝶々僕を出迎えてくれた。ひらりひらりと、僕の周りを誘うように羽ばたいている。

ちなみに、僕は虫好きではない。小さい頃、周りが蝉やカブトムシで騒いでいる時に、僕は教室の片隅で読書をしていた。だが、蝶は別のようだ。見ているだけで心が柔らいでいくのを感じる。


そもそも、僕がどうして昆虫館に来ているかというと、『なんとなく』である。物事全てに理由があると思ってはいけない。人は理由なく人を虐げるし、殺したりもする。むしゃくしゃしていた、誰でも良かった、というのは場当たり殺人の定型句だ。


「僕に女の子の友達がいない、か。それは当たらずともとおからず、だな」


話を眼前の少女に移そう。

車椅子に乗った、少し口の悪い少女。彼女はここの先客だ。蝶と戯れ、零す笑顔が妙に蠱惑的でつい話しかけてしまった、という次第である。ちなみに、僕と話している今の彼女に先ほどの笑顔はない。大人しく眺めていた 方が良かったかもしれない。余計なことをして失敗するのは人生もアメリカ経済も同じである。


「何? さっきまでは女の子の友達なんていなかったけど、今この瞬間、僕と君は友達になれたからハズレ、とか言うんじゃないでしょうね」


「おっと、心を読まれた」


「馬鹿ね。こんな少しの会話で友達になれるわけないじゃない」


「じゃあ、どうすれば?」


素直に聞いてみた。すると、彼女はくすりと笑った。

それは、先程の蠱惑的なそれとは違う、あどけない少女が見せるそれだった。


「デュエルよっ!」


彼女は携帯を見せ、高らかに言う。

僕はにやりと笑い、iPadを起動する。

いいだろう、大人の力、重課金による圧倒的カードプールにより生み出されたデッキを見せてやる。


「「デュエルっ!」」


声を合わせて宣言する。

側から見れば、もう僕らは友達だった。

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虹色百物語 虹色 @nococox

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