第4話 先生と僕
「すごい、先生はなんでもできるんですね」
「いや、僕はできることしかできないよ」
そう言って、先生は手近な岩を、パンに変える。
元々、岩だったそれは、まるで焼きたてかの如く、香ばしい匂いを放つ。
先生は、嘆息交じりパンをかじる。
僕の先生(――正確には家庭教師なのだが)は魔法使いである。今みたいに、岩をパンに変えることはもちろん、水をワインに変えたり、空を飛んだりすることもできる。本気になれば、目から光線を放つこともできるそうだ。
けれど、先生はそのことを誇らない。つまらない特技だと溜め息交じりに呟く。
「こんなことができて何になる? 何も役には立たないよ。ただの宴会芸に過ぎない」
「けれど先生、普通の人はそんな『奇跡』みたいなことできませんよ」
「こんなことはただの特技だよ、いつも言ってるけどね。他人にはできなくては、自分にはできる。例えば――あれだ……いや、やめよう。くだらないこと言ってないで、君は学業に専念したほうがいい、僕みたいにはなるべきではない」
「いや、僕は先生みたいになりたいです。どうすれば先生みたいになれますか?」
僕の質問に、先生はまた溜め息をつく。
「30歳になるまで、『童貞』を貫いていれば、君にもこんなことができるようになるよ」
「――ドウテイ?」
知らない言葉が出てきた。
「いづれ分かるときが来るさ。30過ぎても分からなければお父さんかグーグルにでも聞いてみるといい」
「わかりました。そうします」
「……君は素直だな」
先生はまた溜め息をついた。
「ところで、君は魔法が使えるようになったら何がしたい?」
「世界から戦争をなくしたいです」
「それは大きな夢だな。目からビームが出る程度では、成し遂げられないだろうな」
「かもしれません。ですが、先生は僕に見せていないだけで、本当はほかにも色々できるんでしょう? 僕もその『ドウテイ』ってものになったら、先生が隠しているものを使えるかもしれない。目から光線どころか、ブラックホールとか隕石とか出せるかもしれない」
僕の言葉に先生はまた溜め息をつく。そして、僕の頭をなでる。そうやって、いつも先生は僕を子供扱いする。――子供だから、当たり前のことかもしれないけれど。
「力だけでは何も変えられないよ。特に、人間一人の力ではね」
先生は人差し指をぽきりと鳴らした。すると、どこからともなく、ゴーグルのようなものとPS4のものが出てきた。先生得意の転移魔法。
「これは、PSVRの偽物だ。本物はやったことはあるかい?」
「いえ、名前は聞いたことはありますが。僕の家には、PS2しかないので」
「では、やってみるといい。偽物だが、本物と性能は同等だ」
先生は僕にゴーグルを装着させた。見た目より重くない。
「では、電源をつけよう」
パチンと先生が指を鳴らすと、ゴーグルから見える世界が一新した。
金髪碧眼の美少女が、現れる。
「どうだ、すごいだろうPSVRは」
「はい、先生。本物みたいです」
「戦争を世界からなくすなら、こっちの手段のほうが確実だ」
パチンと先生が指を鳴らすと、ゴーグルは消失した。
「仮想現実に全人類を閉じ込め、個人間で独立した世界を作り出す。現実資源に干渉しない仮想空間なら、リソースは無限だ。一つものを取り合うこともない、誰かを傷つける必要もない。だって、それぞれの仮想世界には、本人しかいないのだからね」
それに、君も好きな魔法を使いたい放題だ、とシニカルに先生は笑った。
「けど、それでいいんですかね。与えられる幸せで満足していいんですかね」
「自力で勝ち取る理想と、与えられた理想、結果が同じなら過程なんて関係ないさ。過程が問題だというならば、過去に一度のミスも許されないということになる。ならば、今僕らが生きている現実世界でさえ、君の理論は破たんしている」
「そ、それは――」
「例えば、過去誰かを虐めていたヤンキーが更生して幸せになっているとかね。彼のヤンキーの今は、誰かを虐めていた青春時代の上に成り立っている。もし、仮に彼が誰も虐めず、大人しい青春時代を過ごしていたら、今の彼はないのだよ。故に、『過程』なんてものはどうだっていい。というか、そもそも君の『世界から戦争をなくす』という願い自体がどうだっていいのだけどね」
「では、先生は叶えたい願いとか、ないんですか?」
「ないね。僕はそんな高尚な生き物じゃないからね。いや、しいて一つ上げるとしたら――」
先生はため息をついた。
「草をバターにできる魔法が欲しいかな。このパン、プレーンだから味気ないからさ」
「先生らしいですね」
僕は笑った。
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