第2話 鏡藍学園
私立鏡藍学園中等部の入学式、無霧緋響は入学式だからといって浮かれていなかった。そして、不安になっている訳でもなかった。
(まさか私が合格するなんてねぇ。現実感沸かないなー)
と、ぼんやり思っていた。
定員未設定。
学力試験なし。
簡単な質問に答えるペーパーテストと、教員との面接があるだけの試験で、学力も評定もバラバラに合格者が出る。
試験を受けたという話はよく聞くが、受かったという話はほとんど聞かないし、合格者数も発表されないため、合格基準が全く分からない。
それでも、この学園を卒業した人間は、ほぼ確実に人生において成功すると言われている。
曰く『鏡藍学園は少年少女が青年に変わる場として、もっとも優れた環境である』。
誰が言い出した言葉なのかは誰も知らないが、少しでも鏡藍学園について情報を集めようとすれば、必ずこの言葉に行き当たる。そしてこの言葉以上の、信憑性のある情報は決して得ることはできない。
──そんな謎に包まれた高校に入学が叶って、紛れもない少女である無霧緋響は。
期待に胸を震わせるでもなく。
緊張に身を震わせるでもなく。
ただただ、ぼーっと校門の前に立っていた。
(はー、なんだか皆ふつーそうじゃん。なんだかんだいっても、ランダムに選ばれてるだけなのかなぁ)
ぼんやりと、同じく門の前にとどまっていたり、校内に入っていく同級生たちを眺めながらそんなことを思う。
ぱっとみた人数では、合格者が多いのか少ないのかよく分からない。
「あ、ひびき!いたいた」
そこに声をかけてきたのは、緋響の親友である等々力鹿乃葉だ。
待ち合わせ相手である。
「鹿乃葉!おっはよ」
「もう、緋響は何で落ち着いてられるの……。あの鏡藍学園に受かっちゃったんだよ?2人揃って!すごいよ、奇跡だよ?まったくもう、普通もっとメンタルがなんか、揺さぶられるでしょ!」
いつもの調子で挨拶する緋響に、鹿乃葉は呆れ半分、尊敬半分でまくしたてる。
「んんー、だってさー。現実感がないじゃん」
長いつき合いの親友同士、こんな風に温度差がある会話は日常茶飯事である。
「はぁ……、全くあんたのその間の抜けた性格は知り尽くしてるけどね──、さすがにこんな大きな状況でさえそのテンションだとは、恐ろしい子」
「あっはっは。私は普通の女の子だってば。それに私だってさぁ、ちゃんと楽しみだよ。うんうん、今、私の人生でMAXテンション上がってるといっても過言じゃないよ」
「だからそんな風には見えないって……だいたい、あんたいつもそのテンションじゃない。その何も考えてなさそうな笑顔とか、常によ」
「ふふふ、そりゃあ私は笑顔が素敵なことが取り柄だからね!」
まさに素敵な笑顔を向けられて、等々力鹿乃葉はしみじみと思う。
(ほんと、緋響はすごいな。私なんてさっきまで不安でたまらなかったのに──ちょっと話しただけで、なんだか気楽になるのよねぇ)
緋響は人当たりがいいくせに、何故か周りの女子とあまり親しくなろうとしないのだ。
無理に他人に媚びないし、取り乱しているところも見たことがない。
緋響はことあるごとに自分を普通だと言うが、緋響のような人間を鹿乃葉はほかに知らない。一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、緋響が何か特別なモノを心に持っていることが感じられる。
そんな無霧緋響のことが、鹿乃葉は大好きで、尊敬していた。
そして、こんな子の親友であることを誇らしいと思ってきた。
「……普通の女の子は自分で笑顔が素敵なんて言わないわよ。──じゃあ、もう行こっか」
「うん。ふふふ、ついに私の学園ライフが始まるんだねぇ」
こうして、無霧緋響と等々力鹿乃葉は並んで鏡藍学園の門をくぐる。
等々力鹿乃葉が無霧緋響の隣に居られたのは、この日が最後だった。
闇憑少女 KM@サヴァン @KM-savan
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