第35話 記者会見

「つまり、大神さんのお父様の暴力が日常的にあったという事ですね」

「はい」

「お母様に連れられてどちらへ逃げたんでしょうか」

「そのご質問は本件と関係ありませんのでお控えください」


 論点から外れそうになると即座に花音が割って入る。


「いや、いいです。言います。叔母のところに逃げました。そこもすぐに見つかってしまうと判断した叔母が、少し離れたところに家を探してくれました。それからはずっと母子家庭で、母が昼も夜もようさん仕事して俺を育ててくれました」

「生活保護は受けられなかったんですか」

「ですから、そういった個人的なことにはお答えできませんのでお控えください」


 花音はだいぶ苛立っているようだ。どう考えても関係のない野次馬のような質問ばかりが飛んで来るからだ。さっき全部響がきちんと話したというのに、この上何故どうでもいいことを聞くのか。記事になればなんでもいいと思っているのだろうか、そんなことをファンが知りたいとは思えない。

 会見慣れしている花音にさえ「早く終わらせたい」と思わせるほど、今回の記者会見は論点が次々と逸脱して行っている。


「お父様は生活に困窮して、有名になった大神さんのお金をあてにしてきたという事ですが、何故大神さんのところへ行かずにお母様のところへ行ったのでしょうか」

「生活に困窮してたかどうかは知りません。俺が地元でゲリラコンサートをやったんで、住んでるところがバレてしまったんです。迂闊でした」

「そこでお母様に手を出されて、カッとなったという事ですね」

「ちゃいます。カッと……やのうて、そうやのうて……単に母を守りたかったんです。それだけです」

「失礼ですが」


 花音が再び割り込む。


「警察の尋問ですか? それとも記者質問ですか? あまり失礼なご質問が続くようですと、こちらも会見を中止せざるを得なくなりますが?」


 ジロリを睨まれて、記者も「失礼しました」と小声で引っ込む。たかだか二十代半ばの小娘とは言え、これだけの美人になるとさすがに怒った時の目は怖い。


「失礼します、月刊ムジークです。お母様も大神さんも大変な苦労をされたようで、その中でこうして音楽活動を続けて来られたことにファンを代表して感謝します。お父様との件で、手に怪我はされていらっしゃいませんか?」

「あ、ありがとうございます、大丈夫です」

「今後『よんよんまる』を活動休止されるとのことですが、大勢のファンが『よんよんまる』の復活を待ち望んでいると思います。『よんよんまる』を結成されてから、まだホールを使った本格的なコンサートを開かれていらっしゃいません。私を含めた多くのファンが期待していますが、いずれ再開されると考えて宜しいでしょうか」


 月刊ムジークはかなり好意的なようだ。音楽誌だからであろう。ファンの気持ちに寄り添っているのが伺える。

 だからこそ、この質問には慎重にならざるを得ない。困り顔の響を手で制して花音がマイクに向かう。


「私からお話致します。現在、詩音も響も音楽をできる環境にありません。何故それができない状況なのかはマスコミの皆さんが一番よくご存知の事と思いますので割愛します」


 花音はさり気なく先制ジャブを繰り出す。彼らが音楽活動に専念できない一番の理由は他ならぬマスコミなのだ。


「二人は一分一秒でも早く『よんよんまる』を再開したいと思っています。その為に、大神だけでなく大路詩音も、マネージャーである私も全力で収拾に当たるつもりでおります。ファンの皆様にはご心配をおかけしますが、『よんよんまる』を信じてお待ちいただきたいと思います」


 この言葉にどれだけのファンが救われたことだろうか。心の中で響は花音に感謝した。自分ではこんなふうに話せなかっただろう。

 ふと隣りに目をやると、詩音が黙ったまままっすぐ前を睨んでいる。いつものプリンススマイルはそこにない。

 あれから一度も口をきいていない。成城に行っても詩音は全く顔を見せず自室に籠ったままだったので、姿を見るのすら久しぶりだったのだ。

 少し痩せたのではないだろうか、詩音の顔に影が落ちているように見える。それがプリンススマイルを作っていないことに起因するのか、はたまた別の要因なのか、響には知る由もない。


 質問は知らぬ間に別の記者に移っている。響にはぼんやりする暇などないのだ。


「週刊テレビライフです。お父様の暴力というのはドメスティック・ヴァイオレンスに位置づけられると考えて宜しいでしょうか」

「はい」

「DVに走ってしまう人を、大神さん自身はどのようにお考えですか?」

「あかん。何があってもどんな理由があっても、暴力だけはあかんと思います」

「ですが、その『あかん人』と血がつながっている訳ですよねぇ? DVを働く人を父に持つ息子が、その父を見て育ち、父と同じように彼を殴った。そういう素質を持っているということですよね。その素質を持った人がこのままユニットを存続させていると、大路詩音さんにもその暴力が向けられるという危険性があるんじゃないですか?」


 一瞬言われたことの意味が分からずポカンとしていると、記者がもう一言付け加えるように言った。


「世界の財産とも言われているピアノ界の貴公子・大路詩音さんに、あなたが全く手を出すことはないと言い切れますか?」

「え……俺が詩音に暴力ですか?」


 思わず響は詩音を振り返った。

 詩音は『あの』ピアノ界のプリンスと同一人物とは思えないほど冷たい目をして、その記者を全身で蔑むように見下ろしながら立ち上がると、一週間ぶりに口を開いた。


「それが同じ遺伝子を持つという事で語られるのであれば、DNAによって受け継がれるとする医学的及び生物学的根拠、並びに生活環境を理由とする社会学的・心理学的根拠、そして過去の事例を踏まえた統計学的根拠を明確な形で提示した上で質問していただきたい。そういった根拠の提示無く、あなたの個人的な憶測に基づく発言で僕のパートナーである大神響を愚弄するということは、この僕、大路詩音を愚弄するに等しい。あなたはあなたの所属する会社の代表としてここに来ている。僕はあなたから受けた無礼の数々を、あなたの会社組織から受けたものと判断します」

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