Ⅲ
「ところで、
「……存じております。その争いを終わらせたとされているのが
――とされている、というところに少しばかりの刺々しさを感じ取った。
推測はもはや確信に変わる。
「そうだね。そもそも、倭国イコール日本だとしたら、なんで倭国王帥升等についてよくわかっていないんだろう? なんで『古事記』や『日本書紀』にそれらしい記述がないんだろう? 隋から来た使者とかは詳細に記述しているんだから大国中国との交流があったことは嬉々として書きそうなものだけどね」
「……さあ。同時代人でもありませんし。蘇我氏が滅びた時の火事でかなりの蔵書も焼失したそうですし、そこで伝承が散逸したんじゃないですか?」
「そうかもしれない」
あるいは、『記紀』の編纂をおこなっていた時代の日本は中国とも冊封体制でない対等の国家としての交流を志向していたし、また国内の勢力にもヤマト王権の偉大さを示したかった。
倭の五王もそうだけど、"中国に『倭国王』として認めてもらう"という中国上位の関係を結んでいたことが明るみに出るのを嫌がった――と考えられなくもない。
「――でも、こう考えたほうがよりスマートに思えないかい? のちに日本の大部分を支配したヤマト政権と古代中国に遣いを送ったとされる倭国王。それらは同一じゃない――のでは?」
「……倭国はイコール日本ではない、と。あなたはそうおっしゃるおつもりですか? 三文歴史小説ならばともかく、学者先生がそのようなことをおっしゃっては将来の昇進が心配されますが……」
「おっ、僕の将来のことまで考えてくれるのかい? ありがとう」
「なっ……!? へ、変な意味なんてないですよ!? からかわないでください」
「ははは、ごめんごめん」
なんだ、そんな顔もできるんじゃないか。なんだかちょっと嬉しくなった。
「その床の間の絵……『
「……そうですよ」
「かつての倭国の使者が描かれているその絵をわざわざ飾っている……やはり僕の思ったとおりだ。君たちは、
しばしの沈黙のあと、彼女が重い口を開く。
「……だとしたら、どうします? 学会に発表しますか? 今更後世の晒し者になど、私たちは!」
これまでで、もっとも感情が露わになった瞬間だった。不安や戸惑いなど、あらゆるものが
でも、いきなりセンセーショナルにそんな発表をしたところで証拠にも乏しいし、倭国や邪馬台国などの正当性なんていうのも、実のところ僕にとっては、それほど重要なことじゃなかったりする。
僕が解明したいのは、あくまでも習俗のあり方。
古代の姿が生き生きと呼び覚まされるような、そんな伝統文化なんだ。だから彼女が代弁してくれたようなここの住人の不安感。それは杞憂なんだということを示していかなければ、信頼を得ることはできないだろう。
「……心配しなくても大丈夫だよ。僕は有名になりたいわけでもないし、君たちの秘密をことさらに世間にさらすつもりもない。ただ、確認しておきたかっただけなんだ」
「……確認!?」
「僕がこれから見ようとしているものはなんなのか。その文化の背景にあるものはなんなのか。その正体を見極めたうえで、目に焼き付けておきたかったんだ」
「……あなた、変な人ですね」
「ありがとう。最高の褒め言葉だよ」
不安感を完全に払拭できたかと言われればそこまで単純にはいかないだろうけど。
僕につられて彼女の顔も少しほぐれたのを見て、ここから信頼を得ていくことも決して無理じゃないと思えたのだった。
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