「……村の者にも聞かされてきたかもしれませんが、私たちのところにやってくる『独自研究おじさん』たちはみな一様に『邪馬台国やまたいこく』のことばかり。本当の国のことを知りもせずよくも無神経に……と、正直辟易へきえきしていたのです」


「……僕も、そうだと?」


 輿水こしみずさんの「そうですね」といった時の笑みは、年相応なあどけなさをのぞかせていた。


「いえ、それは冗談として……本当のところ、驚いたというのが率直な感想ですね。『国王帥升すいしょうとう』についてはみな不明とするばかりで触れようともしてこなかったですから……」


 今この段階で、彼女は初めてみずからのお茶に手をつけた。

 緊張しているとそもそも何かを口に含んで落ち着かせようという発想が出てこないものだ。そう考えると、うまくコミュニケーションを図ることには成功した、ということになるだろうか。


 彼女がさらに言葉を続ける。


「……なんでしょう。今、複雑な気持ちが駆け回っているんです。私たちのことは外部の人に決して漏れてはいけない。『こく』の記憶は私たちだけが持っていればいいんだ……そう、思っていたんです」


 ――迷い、だろうか。

 今彼女は、言葉にすることで、みずからの思いを整理しようとしている。

 そんな彼女に対して、僕は、ただ寄り添うように聞くように心がける。


「私たちはただ、先祖から受け継いだものをずっと、私たちで維持していたいだけなんです。私は失われた『倭国』を継承していると同時に、日の本の人間です。ことさらに『歴史の真実!』と、好奇の目にさらされたくはありません。……ただ」


「……ただ?」


「なんでしょう本当はよくないのかもしれませんが……『嬉しい』と感じてしまう。誰かがこうして……私たちの元にたどり着くのを待っていたのかもしれません」 


 そう言うと共に伏し目がちに照れているのが……かわいい。

 だんだんと彼女の「素」の部分がうかがい知れて、僕も嬉しい。



「……話しぶりからしますと、『魏志ぎし倭人わじん伝』で倭国の習俗とされたものも当然ご存知なのでしょうね」


「皆黥面げいめん文身ぶんしんす……つまり、入れ墨をする文化があった……かな?」


「そのとおりです。さすがに常時顔などにわかりやすいものを入れていれば怪しまれますが……ある特別な日だけは、みな顔に模様を描きます」


照灯しょうとうまつり


「そう……その日だけは大手を振ってかつての『倭国』に思いをせることができる。だから、『照灯祭』は特別なんです」


「身体には入れ墨を……?」


「いわゆる『和彫わぼり』と違って幾何学的な文様ですけどね。最初に会った村の人もこの真夏の暑さの中で長袖だったでしょう? そういうことです」 


 あっ……なるほど。最初に感じた違和感の正体がやっとつかめた。

 彼ら村人はどんなに暑かろうが長袖で自身のアイデンティティであろうものを隠し通さなくてはならないのか。その苦労と忸怩じくじたる思いはいかばかりだろうか……僕なんかが推し量るのもはばかられようものだ。


 などと少しセンチメンタルになっていたら。



「……『文身』なら、私にもありますよ。……ご覧になりますか?」



 急に彼女が上着をはだけはじめる。



「ちょ、ちょっと……! 何を!?」


「ふふっ、顔が赤いですよ。都会の先生となれば、年下の娘など扱い慣れたものと思っておりましたが……そうとも限らないというご様子ですね」


 ……やられた。年下の女の子に、いいようにからかわれてしまった。


「あ……あの! お手洗いはどちらでしょうか!」


 バツが悪くなって話を逸らす。

 もっとも、便意を催したのは本当なんだけど。

 調子に乗ってお茶をいただきすぎたかな……



 逃げるように部屋をあとにして、教えてもらった通りに木造の古めかしい廊下を歩いていると、向かいから歩いてくる人とぶつかりそうになる。


「あ、失礼」


 この人、最初に会った――



 ――!?



 ……ッ……!?

 頭部に鈍痛。

 

 しまった、油断して……



「うちらの伝統を守るためだ……悪いな。あんたは頭がよすぎたんだ」

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