人里離れた、というほどでもない。

 だが、どこか新たな人の出入りを避けているかのような雰囲気を感じさせる村。

 その奥の山麓から見た景色からは海原が望める。


 このような景観に恵まれたところは、日本全体を見てもそうはないだろう。

 まるでこの村全体を見守っているかのように建っている壮麗な建物。

 その客室に通され、わずかばかりの茶菓子を振る舞われる。


 座席からうかがえる床の間の立派さひとつ取っても、この地域でも名家なのだろうということは一目瞭然だ。



 それにしても……僕の聞き間違いでなければあの和装の少女――「宮司」と言っていたけれど、にしたってあんな若さで宮司なんて、そんなことがありえるのだろうか……? それこそ卑弥呼没後あとを継いだ台与じゃないんだから……


 などと思いをめぐらせていると、くだんの少女が座席を介して向き合うように座席についた。


「すみませんね、明日でしたら宴の用意などもできるのですけど、あいにく今はそこまでお出しできるものも限られてて。夕食はまた別に出させていただきますから」


「い、いえ……大丈夫です。お気遣いなく」


 柔和なようでいてまだこちらの出方をうかがっているかのような冷たさも併せ持つ、大人びた視線。いったいどうしたらその歳でそのような落ち着きを獲得できるというのだろう。それさえも美しく、瞳をそらすことができないでいる。


「――私自身まどろっこしいのは好きではありません。単刀直入にお伺いしましょう。鳥栖とす先生と申しましたね。あなたは、それまでの先生と目的が違うと見えます。あなたはなんのためにこのような辺鄙なところへ? また、どのような経緯でこの村を――?」


「そ、それは……」


 睨みつけるような視線へと変貌する。

 思いっきり怪しまれている。そりゃあそうだ、のんびり茶菓子をつついて仲良く話せる、なんて無邪気に信じられるのがそもそもの間違いだ。


 この村が周囲とは閉ざされているのだとしたら、そのよそ者への警戒感は強くてもやむを得ないというものだろう。

 

 新しい証言などを得るためには信頼関係を構築していかなければならない。多くの学者たちがおそらくはここを訪れた。

 にもかかわらず色よい結果が得られなかったのは、この、どこかで外界を強く警戒している村人たちが心を開くだけの関係性を築けていなかった――ということに尽きるのだろう。



 下手に嘘をついて信頼を損ねるならば――

 いっそ僕は正直に答えなければならない。



「実はですね……少し前ですが、SNSで『照灯祭』なる単語を偶然目にしましてね」


 輿水こしみずさん――だったか。

 古風で奥ゆかしげな少女は、あからさまに愕然とした様子で小言を漏らす。


「――!? ……ッ、村のことはネットにアップするなと言ってるのに……」

「……あはは」


「……はぁ。まあ、いいです。近年はこの村で生まれ育った方以外も暮らしていますし、この村にだってネットもスマホもあるわけですから。遅かれ早かれこうなっていたことでしょう……。お話を止めて申し訳ありません。続けてください」


「……『照灯祭』に関する情報は、その名前と神社付近と思われるところの写真以外はよくわからなかった。そこで色々と調べてみたんですが、結果、この村の地区会が『尚頭会』と云うらしいことを突き止めまして。『しょうとう』の読みが同じだからもしかしたら――と思いましてね。なぜか通常の地図には載ってませんでしたが、さすがに住所録には載ってありましたね。助かりましたよ」


「……なるほど。さすがは学者先生、というところでしょうか。おみそれいたしました。ですがそれだけでこんな村にまでいらっしゃったとは思えませんが――?」



「……安帝あんてい永初えいしょ元年がんねん國王こくおう帥升すいしょうとう生口せいこう百六十人をけんず。願いてけんう――」



 ある古文書のごくごく簡単な書き下しだ。

 おそらく一般の人なら、なんの前置きもなしにいきなり何言ってんだコイツ、で終わりそうなものだろうけど……僕の見立て通りなら――

 

 やはり、思ったとおり。

 柔和な態度だけは崩していなかった少女が、露骨に顔を歪めている。

 よそ者に対する、明らかな拒絶だ。

 でもここから、僕は頑張って信頼を勝ち得ていかなければならない。

 なかんずく学問――特に僕たちのフィールドは、そういった説得によって得られたコミュニケーションの積み重ねとイコールだと言ってもいいくらいなのだから。


「これは『後漢ごかんじょ』の東夷とうい伝といって、古代中国の歴史書の中で日本について書いてある部分の一節なんだけど――貴女は、知っていますか?」


「……いえ、初めて聞きました」


「多くの研究者にとっての関心事は、邪馬台国やまたいこくが結局どこにあったのか? ということなんですが……僕の興味は実のところそれより前の時代にあります。あまり知られてないことなんですけど――邪馬台国、卑弥呼ひみこより前に中国の記録に現れている倭国――日本の人物がいるんですよ」


「……敬語、外していただいていいですよ。私のような年少の者に対して、話しづらいでしょう」


「ありがとう。そういうことなら……遠慮なく。さっき諳んじた古文書の一節は、実はその、古代の王様の名前が書かれているんだけど。通説では『帥升すいしょう』という名前の倭国王などの一行が生口――人間を献上した、という風にに読むんだ――あ、お茶を失礼」


 和菓子に添えられた、よく冷えたお茶をいただく。

 最初口を開くまでは緊張してたけど、話し始めると案外すんなりいくもんだな――と自分でも驚く。そのままの勢いのまま、押し切っていきたい。


「――続き、いいかな?」

「……どうぞ」


「ありがとう。でも僕は、違う読みをするんじゃないかと思ってる。僕の見立てでは、『帥升』の帥――あ、元帥とかの帥なんだけど女の子にはわかりづらいかな?」


「……いえ、大丈夫です」


「そう。ならよかった。たとえばかつて九州におかれた太宰府という地方組織の長官はその元帥の帥という字をあてて『そち』と呼ばれていた。だから僕は『帥升』のスイの部分は名前でなくて帥――倭国の地方組織の長官、というような意味合いなんじゃないかと思ってる」


 それまで言葉少なに僕の話を聞いていた少女が、お茶を一杯すすったのち、滔々と意見を述べ始める。


「……なるほど。私も宮司という身の上ですから、歴史という分野については詳しくあろうとしているつもりです。今までのお話、興味深く拝聴いたしました。ですが、それがこの村に調査にいらしたことと、なんの関係が――?」


 なるほど――はじめから聞く耳を持っていないのならばこういった反応にはならないはず。ひとまずは僕の持論を聞いてもらうための俎上には乗ってくれたわけだ。


 ありがたい……!


「まだ続きがあるからぜひそのまま聞いていてほしい。さっき僕は『帥升等』というところを通説では『帥升たち』というように解釈しているんだけど、実はこの『等』という部分、英語で言うところのエトセトラの意味ではなく、人名の一部なんじゃないかと思ってる」


「……」


「ほら、歴史上にもいるじゃない。藤原ふじわらの不比等ふひとって。『と』の部分はまさに『等』という字だ。つまり、古代日本の人名に『等』という字が当てられていてもさほど不自然じゃない。つまり、『倭国王帥升等』という部分は実のところ『倭国王の部下である地方の長官・升等しょうと』と読むのだ――と僕は思っている」


 輿水さんはなおも黙って僕の話に耳を傾けてくれている。

 否定も肯定もないけれど、そのことがかえって僕の推論は間違っていないはずだ、という確信をもたらしてくれる。

 僕はここで、少し話を変えて反応をうかがってみることにした。

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