第24話 しないって決めてたのに!
温かい熱がせりあがるようにして意識が浮上する。リリィが目を開くと、そこには薄暗い閉鎖空間があった。
「……あれ」
間抜けな声が空間に響き、リリィは少しだけ体を起こす。見下ろすと、整えられた自分の服が目に入った。ズボンの中にシャツが入れられているのはまだいい。だがシャツのボタンが上のほうまで留めてあるのはどういうことか。
「なんか腰が痛い……」
ずきずきと痛む腰を押さえ、ふと横を見ると、すぐ隣に膝を立ててうなだれているブラッドの姿があった。
「……えっと、ねぇワンちゃん」
声をかけると、ブラッドは大げさにびくっと肩を震わせた。リリィはその顔を覗き込むようにしておそるおそる尋ねた。
「僕が寝てる間に何かあった?」
「……少し放っておいてくれ」
返ってきたのは消え入りそうな声だった。膝の間に顔をうずめながら、ブラッドは死にそうな声を出す。
「自己嫌悪で死にそうなんだ……」
もしかしたら少し泣いていたのかもしれない。心なしか震えているブラッドを見て、それから己に何が起こったのかを察して、リリィもまたブラッドの横にしゃがみ込んだ。
それからどれぐらいの時間が流れたのか分からない。二人は無言のまま、隣り合い続けた。
数十分か、一時間か経った頃、リリィは意を決してブラッドへと目をやった。
「……ワンちゃん」
「……なんだ」
ブラッドもリリィのほうに目をやる。その顔は自己嫌悪からかやつれてさえ見えた。リリィは一瞬ためらった後、ぼそぼそと言葉をつづけた。
「ごめんね、嫌なことさせて」
好きでもない奴とそんなことをするだなんて苦痛でしかなかったはずだ。ただでさえブラッドは身持ちの硬いほうだというのに、こんなことをさせてしまうだなんて。
だがブラッドは、そんなリリィの頭に手をやると、乱暴にがしがしと撫でまわした。
「え、ちょっ、何!?」
思わず抗議の声を上げたリリィと、ブラッドの視線がかちあう。ブラッドは真剣なまなざしでリリィを見た。
「後悔はない。お前を死なせたくなかった。それだけだ」
あまりにまっすぐなその言葉をリリィは受け止め、それが意味するところをゆっくりと飲み込んでいく。やがてリリィは一気に赤面し、頭を抱えてうつむいた。
「はぁーーー」
突然大きくため息を吐き出したリリィを、ブラッドはきょとんとした目で見る。リリィは手で顔を覆ったまま、ブラッドには聞こえないように言葉を絞り出した。
「ガチ恋はしないって決めてたのに……」
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、ブラッドはリリィに重ねて尋ねようとした。
しかしその時、遠くからがれきを動かす音と、人の声が聞こえてきた。
二人は立ち上がり、そちらのほうへと声を上げようとする。だがそれよりも先に、ブラッドたちの周りにあったがれきの一部は崩れ、救助の人間がこちらを覗き込んできた。
「生存者二名発見! 救助にあたります!」
安堵から二人は大きく息を吐き、それから崩れたがれきの穴へと向かおうとした。
「ほら行くぞ」
「うん……」
何の疑問もなく手を差し伸べられ、リリィはその大きな手に細い指をそっと絡めてブラッドについていった。
外はひどい有様だった。幸いにも銀行のすべてが消し飛んだというわけではなかったようで、被害があったのは貸金庫の周辺だけのようだ。――それでも死人は出ているのだから悲惨な事件ではあるのだが。
現場にはすでに警察が入っていた。これは特課の管轄の事件ではあるが、現状ではとても二人とも現場検証をできる状態ではないだろう。
ブラッドは後ろに大人しくついてきていたリリィを引き寄せて両腕で抱え上げた。
「今度こそ文句言わせず運ばれていろよ」
リリィは真っ赤になりながらこくこくと首を縦に振る。外からは救急車のサイレンが遠く響いていた。
リーリウム・ブラッド・ライン 黄鱗きいろ @cradleofdragon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。リーリウム・ブラッド・ラインの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます