最終章

151話 『姉妹長男』

「りーらーぢゃあああああーん! あーそぉーぶぉおおおおおおおおお!」

「チャカ子、ちゃん……もうちょっと……静かに」

「ごめんでありんすワン! ワンワンうぉーーーんッッッ!」


 土曜日。


 友人の叫び声に、莉羅はカーテンと窓を開けた。朝の陽ざしで目を細める。

 窓の外には、長い銀髪と短いピンクのスカートを風になびかせるチャカ子の姿。

 莉羅の部屋は二階にあるのだが、チャカ子は窓のさんに足を引っ掛け、器用にぶら下がっている。


「ワン! ワンワンワンワンワンキャウーン!」

「うん……何言ってるのか、分からない……けど……分かった。今日も、天狗さんのお家で……遊ぼう」

「わおん!」


 そして莉羅とチャカ子は、妖怪屋敷へ瞬間移動した。

 大狸のレンや保護者役の木綿さんと合流し、今日も今日とてユーチューバーごっこを始める。


「さてさて! 今日はこの鉄で作った巨大ペットボトルロケットに火薬を詰め込み、オゾン層をブチ抜くのれす!」

「凄いワン! 凄いワン!」

「もはや……ペットボトルじゃ……ない、けど……ね」

「はー。子供は怖いこと考えるもんじゃね」


 そんな物騒な遊びをしていると、「邪魔するよ」と赤鬼の鬼華がやってきた。


「馬鹿の天狗大将が、また名古屋で暴れてるのさ。なんでも『ひつまぶしが思ったより高けえ!』とかなんとかが気に食わないようだ。お供の犬神が困り果ててるって、伝令が来たよ」

「えっ! 犬神のウチはここにいるでありんすワンよ!?」

「お前じゃない。でかい方の犬神だ」

「キャウンッ」


 鬼華に軽く殴られ、チャカ子は痛そうに吠える。

 そんな犬神(小さい方)の頭をがっしと掴みながら、鬼華は改めて莉羅を見た。


「天狗の大将を止められるのは莉羅、あんたくらいのもんだ。ぬらりひょんの大将はどこにいるか分からないしね。突然で悪いが、今から名古屋にちょいと遊びに行ってくれないかい?」

「いい……よー。お任せー……あれ」


 ドンと胸を張る莉羅に、鬼華は「おう頼もしいねえ」と豪快に笑う。


「莉羅。何だか今日は張り切ってるじゃないか」

あたし・・・も、もう中学生だから……もっと、元気に……ハキハキ動いたり……喋ったり……しようと、思ってる……の」

「その意気や良しだ。だけどあんまりハキハキはして無いねえ」

「それは……今後に、期待で……☆五つ……」


 なんて言っていると、突然どかんと爆発音がした。

 ロケットが打ち上がり、屋敷を一部破壊しながら空へと飛び立つ。

 どうやら手違いがあり、いつのまにか点火してしまっていたようだ。


「うわうわ大変なのれす! カメラまだ回ってないのに!」

「あちゃー勿体ないね」


 レンと木綿さんが慌てている。

 莉羅は空に打ち上がったロケットを見上げ、太陽の光が目に入らないように手でひさしを作った。

 そして無表情で、感慨深い口調で語り出す。


「大きな力を持つと、それに慢心し……足を掬われる……でも……大切なものさえ、無事ならば……いくらでも、やりなおせ……る。これは……少女りらが、大切なものに……気付いて……成長する、までの……ものがたり……みたいな」

「莉羅ちゃん! 急に何言ってるんでありんすワン? 難しくてよく分かりんせん」

「えっとね……なんとなく、締めっぽい台詞を……言わなきゃ、いけない気がして……ありがちな、心にもない事を……言って、みたー」

「よく分かんないけど凄いでありんすワン。さすが莉羅ちゃん! わんわんわぉーん!」


 その後莉羅達は、日帰り名古屋観光へと出掛けた。

 やはりひつまぶしは高かったので、ういろうを食べた。




 ◇




 その日の昼。


「急に倒れて数週間寝込んで、今日目覚めたばかりのわりには、結構元気そうじゃないか。随分と老け込んではいるが、まあ歳相応じゃな」

「心配をかけたようだな大地」


 とある巨大な施設。ここは九蘭家の関係者が経営している病院だ。

 その個室に入院しているルイ老人の元へ、テルミ達の祖父である大地が見舞いに来た。


「お前は何百年も生き続けてきたんじゃあないのか? 嘘臭いけどな。それが今更病気で倒れるか」

「ああ、面目ないな。長生き・・・ももうお終いのようだ」

「……病室に閉じ込められて参っているようだな。しばらくして動けるようになったら、外でも散歩しろ」

「うむ、そうするよ」


 そうしてしばらく談笑した後、病院が定めている面会時間が終わった。


「じゃ、わしはそろそろ帰るよ」

「そうか」


 そのやり取りを聞き、看病役として付き添っていた九蘭家の男性が病室の扉を開けた。

 大地が扉をくぐり廊下に出ようとすると、ルイ老人が別れの挨拶を言う。


「大地、体をいとえよ」

「病人に言われたくないわ」

「ふっ、そうだな」


 そして大地は帰って行った。

 看病役の男もルイ老人に命じられて、大地を病院前のバス停まで見送るため外に出る。

 病室には老人一人。


 ――いや、


「孫との会話は楽しめたかのう?」


 広い窓を守っているカーテンの影から、スッと一人の青年が現れた。

 古風な着物を身に纏い、後ろ髪が異様に長い。


「ヨクモ。久しいな」


 ルイ老人は朗らかに挨拶した。

 青年は、大昔に存在していた神の孫。ヨクモ。

 今は妖怪ぬらりひょんと名乗っている。


「お前も見舞いに来てくれたのか?」

「まっ、そんな所だのう」


 ヨクモは裸足でぺたぺたと床を歩き、ルイ老人に近づく。


「ワシも最近、急に体にガタが来てのう」


 ヨクモが冷たい目で語り出す。


「霧の呪いが解けるのも一長一短だのう。だが死ねる・・・ようになった。お前さんもだろ。これでようやく、ジョカねえに詫びを入れられるのう」

「ふむ。ジョカが地獄にいると良いのだがね」

「……そうだったのう。お前さんがジョカ姉と同じ場所に行けるはずもないか。まあそもそもを言うと、別にワシも天国や地獄を信じておるわけではないのだが」


 ヨクモは、ルイ老人のベッドの前で立ち止まった。


「まさかとは思うが、このままこの豪華な病室で安らかに死ねるとは思っておるまい?」


 その言葉に、ルイ老人は小さく微笑む。


「もちろん思ってないさ」

「ならば、もう会話の必要は無いのう」


 ヨクモは、ルイ老人の額に手を添えた。


「さっきも言ったように地獄など信じておらんが、もしあったとしたら……しばらくしてワシが行くまで、鬼のいたぶりに泣き言を漏らすなよ。ルイにい




 ◇




 翌週。金曜日。


「テルミー! 親友、いやもはや家属ヂィアシゥーであるわらわの話を聞いとくれどす!」

「じ、じあしゅう?」

「あっ家族。家族どす!」


 テルミが清掃部活動として校舎裏を掃除していると、高級着物姿のお姉さんが突然現れ、話し掛けて来た。

 彼女は京都に住む大妖怪。九尾のキューちゃんだ。


「あのなぁ。わらわが、わらわが、わ、わ、わ。えっとなぁ」

「お、落ち着いてください」


 キューちゃんはテルミの腕を抱き、桜と肩を並べる程に豊かな胸を押し付ける。

 ちなみに話したい事とは、本当は特に無い。ただテルミに逢いに来ただけである。

 腕だけでなく体にまで抱き付き始めた、その時。


「おおおおい! 何をやってるんだ痴れ者め! 真奥くんから離れなさい! 不審者!」


 颯爽と現れたのは、清掃部顧問教師である九蘭百合。

 生徒を守るため、キューちゃんの着物を引っ張る。が、値が張りそうな召し物ゆえ本気では引っ張れない。

 そんな百合に、キューちゃんは「おや子供。相変わらず元気どすなあ」と余裕の笑みを浮かべた。


「こ、子供じゃない!」

「そやなあ、ちっとだけ背ぇ伸びはった? 子供は良く食べて良く寝て、大きゅうならんとなぁ」


 キューちゃんが百合の頭にぽんと手を乗せる。

 成長を言及された子供先生は、


「そうだろうそうだろう。伸びたんだよ。ふふん」


 と、小さな胸を張り、


「あ、こ、子供じゃないけどね」


 と慌ててもう一度怒り顔を作った。

 そんなギャーギャー騒ぐ二人の横で、テルミはスマホで時刻を確認する。


「あの。僕はそろそろ部活を終えて帰宅しようと思うのですが」

「ほなわらわが京の都まで送ってあげるわ。ほら、わらわにしっかりと抱き付きぃ」

「あー! は、破廉恥はやめなさい!」

「いえ、京都ではなく自宅に帰りたいのですが……そもそも京都には旅行で一度行ったくらいで」

「またまた、照れてかいらしいどすな」

「やーめーろー! はーなーれーろーよ!」


 この後、テルミが狐と子供先生の二人と別れるまで、三十分以上を要した。




 ◇




 狐からようやく解放され下校するテルミ。周りには『旧・真奥桜親衛隊』の女子達も一緒だ。

 桜はもう卒業して高校にはいないのだが、残された親衛隊員はなんとなく習慣でテルミと一緒に帰るようにしている。


「あのぉ、テルミくん……」


 三年生になった柊木いずなが、おずおずとテルミに話しかけてきた。

 いつもに増してもじもじしているが、トイレに行きたいのではない。


「はい。なんでしょうかいずなさん」

「その、あの。えっとぉ……」 

「……?」


 中々用件を言い出さないいずな。

 テルミは首をかしげ顔を近づけ、いずなの言葉をよく聞こうとする。

 しかしその接近が、ますますいずなを緊張させた。


「柊木ちゃーん、積極的にねー」

「頑張れ頑張れ頑張れ!」

「うおおお! 青春ですね!」


 周りの女子達が茶化す。

 いずなは顔を真っ赤にしながら、意を決して言った。


「あの! 明日の土曜日、一緒にぃ」


「どーーーーん!」

「うっ!?」


 いずなの話を遮るように、テルミが背後から突然タックルされた。

 テルミは倒れそうになるが、足を踏ん張り何とか耐えた。しかし反動でいずなの肩を掴んでしまい、


「あ、あうぅぅ……!?」


 いずなは目を白黒させ、言葉を失った。

 そしてテルミは振り向き、タックルの犯人を見る。


「コウさん」

「よおテルミ、探したぞ!」


 そう言って、無意識の内にバチリと指から電気を漏らしたのは、テルミの同級生である伊吹いぶきコウ。

 今日もいつものジャージ姿で、走り回っていたようだ。


「あ! あれは最近輝実てるみ様と妙に仲が良い、噂のジャージ女ですよ!」

「おー。放課後ずっと走ってる子かー」


 予想外のライバル登場に、女子達がひそひそと話し合う。

 そしてコウはいずなとは違い、ハッキリ堂々とすぐに用件を言った。


「テルミ! 明日の土曜日にデートしよう! 明後日でもいいぞ! お泊りも可!」

「え、ええええ~!?」


 大胆なお誘いに、いずなの朱に染まっていた顔が一気に青く転じる。

 だがテルミは落ち着いた声で、「ごめんなさい」と断った。


「明日と明後日は、姉さんや妹と約束がありますので」

「何ー! 分かった! じゃあしょうがないな。さらばだ!」


 コウはあっさりと潔く諦め、再び全力疾走で去って行った。

 テルミは「ではまた月曜日に」と腕を振り、女子達は展開についていけずにポカンとする。


「……ところで、いずなさんの要件とは」

「な、な、なんでもないですぅ! ただ天気が良いですねって」

「……? そうですか。確かに今日は綺麗な青空ですね」


 テルミは上空を見上げ、にこりと笑った。


「は、はいぃ。え、えへへへへ……へへ……はぁ」


 いずなは消沈し、ふらふらと歩く。

 ただ彼女は気弱な見た目とは裏腹に結構図太いので、さほど深刻では無いだろう。

 周りの女子達は慰めるようにいずなの肩を軽く叩き、テルミの姿を見て小声で話す。


「最近ー、輝実さまはー、休日ずっと桜さまと一緒みたいだよー」

「そうですか! 学校で会えなくなった分、お休みはずっと一緒にいたいのでしょう!」

「えー、それってもしかして!? 禁断禁断禁断の恋!」


 一人の女子が飛躍した考察を述べ、何故か嬉しそうにはしゃいだ。


「ああでもテルミ様には謎の殿方がいるし……! これは三角関係!? 姉弟カプかBLカプか! 迷う迷う迷うー!」

「……謎の殿方はー、存在しないと思うけどー」


 とにもかくにも、今日も賑やかな下校風景であった。




 ◇




 そして翌日、土曜日。

 真奥家の玄関にて。


「テルちゃん莉羅ちゃん、お待たせー!」


 桜はミント色のスカートに、ゆったりとしたルーズな青いトップスを身に付け、少しだけ落ち着いたイメージを演出している。

 あまり胸を強調しない服装だが、その豊か過ぎるバストは隠すことが出来ず、主張しまくっていた。


「似合うー?」

「はい。似合いますよ」

「嬉しい!」


 桜はテルミに抱き付き、全身をすりすりと密着させた。


「姉さん、いつも言っていますがスキンシップも程々に」

「まあまあ。ちゅー」

「んく……姉さ……っ!」


 姉が弟の唇を奪う。

 もう何度目の接吻か分からぬが、テルミもこればかりは慣れる事が出来ず、体の力が抜けてしまう。

 その隙を突いて桜はテルミの右手を取り、自分の豊かな胸を触らせようとし、


「やめー……!」


 莉羅が姉にしがみ付き、無理矢理兄から引き離した。


「やぁ~ん。莉羅ちゃんったらヤキモチさんなんだから。心配しなくてもお姉様が莉羅ちゃんも抱っこしてあげるわよ」

「そっちじゃ、ない……よ」


 莉羅は姉の顔を睨み付け、そして視線を少しだけ下げ、姉の胸も睨み付ける。


「……あたし・・・も、もう……中学生だから……おっぱい、大きくなるもん……巨乳、JC……」

「莉羅。下品な言葉遣いはやめなさい」


 テルミが苦言を呈す。

 姉の言動にはもう諦め気味だが、せめて妹には真面目に育って欲しいのである。

 だが莉羅は両手を伸ばして兄の左腕を掴み、挑発するように言う。


「にーちゃん、揉む……よね?」

「揉みません」

「え……しょっくー……」


 莉羅は腕を上下に振って、ささやかな抗議をした。

 それを見て桜は「あははは」と笑う。


「馬鹿なことばっかりやってないで、そろそろ出掛けるわよ」

「そうですね。せっかくの休日ですから、時間を無駄には出来ません」

「おー……行ってき、まー……す」


 と、家の奥にいる祖父へ挨拶をして、三人は玄関を出た。

 ガレージにある父親の車に乗り込み、桜が運転席、テルミが助手席、莉羅が後部座席に座る。


 今日は姉弟妹でドライブ。

 久々に遠出し、遊び回ろうという計画だ。


「準備も万端ですよ。お弁当、水筒、ハンカチ、タオル、酔い止め薬、頭痛薬、絆創膏、消毒液」

「お菓子、は……?」

「はい。用意しました」


 テルミはバッグを開け、袋に包んだお手製のクッキーを見せた。


「くふふ……あ、りらは、中学生だから……お菓子には、興味無いけど……ね」

「まあ、莉羅ちゃんったら大人になったわね」

「くふふふ……」


 莉羅は無表情なまま笑い、座席に寝そべった。

 桜がエンジンをかける。

 ナビが立ち上がり、ラジオが流れ……



『大変です! 怪獣が! 怪獣が横浜に現れたようです!』



「えっ! 怪獣ですって!?」


 緊急速報を聞き、桜は急いでスマホを操作しSNSをチェックした。

 複数の写真や動画が投稿されている。


 海岸沿いの国道を、人型怪獣がビルを破壊しながら闊歩していた。

 その姿は怪獣と言うより、むしろ巨大なロボット。

 角張った鉄の体に、赤青白のカラフルな塗装を施している。


「あー、このロボットさんは……知ってる……よ」


 写真を見た莉羅が呟いた。

 案の定、『別宇宙』絡みの案件らしい。


 テルミは溜息をつき、ちらりと姉を見た。


 そわそわしている。

 わくわくもしている。

 腕に力を入れ、うずうずしている。


「……姉さん。ご自由に」


 テルミはもう一度溜息をつき、桜にそう言った。


「あはは! ごめんね二人とも。ドライブはちょっと遅れそう。まったくヒーローは辛いわね~!」


 辛そうな素振は全く見せず、桜は笑って車から飛び出した。

 テルミと莉羅も遅れて外に出る。


「んじゃ、行ってくるわねテルちゃん莉羅ちゃん。愛してるわよ!」


 桜はテルミと莉羅の首に手を回し、二人を抱き寄せた。

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姉(←大魔王)、妹(←超魔王)、長男(←オカン) くまのき @kumanoki

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