150話 『ヒーローVS魔王怪獣』

「コーーーーーーーーーーー」


 怪獣は十字の口を大きく開き、甲高い雄たけびを上げた。

 八本の腕をうねうねと動かしながら歩を進め、周囲のビルをなぎ倒していく。


「いやああ!」

「あー! ああー! あああー! 何! 何アレ何!」

「て、天使……?」

「怖いよぉ……」


 人々は怖れ逃げ惑いながらも、しかし好奇心には勝てずチラチラと怪獣を見る。

 立ち止まってスマホで撮影する者さえいる。勿論そのように危機感が欠けているのは、遠く離れた場所から眺めている者達。倒壊したビル内および周辺にいた者達は堪ったものでは無い。

 大怪我は当然、死者が何千人も出る規模の災害だ。怪獣を災害と言って良いのかは分からぬが。


 しかし、


「わー! 死ぬ! 死ぬ! 死……死んでない?」

「あるぇー!?」

「今、天井や壁に圧し潰されたと思ったんだけど……?」


 瓦礫の中から、無傷の者達が這い出てくる。


 死人や怪我人は一人もいない。

 まるで、目に見えない超能力で守られているかのように……というか実際、守られている。


「コーーーーーーー」


 怪獣としては、人々が死のうが無事だろうがどうでも良いらしい。

 地面には目もくれず――目は無いが――、上空に顔を向けて叫ぶ。

 背中に生えている巨大な翼を大きく羽ばたかせた。すると抜けた白い羽毛が溶けて形を変え、雪のように地面へ降り注ぐ。


「……うわ口に入った! ぺっ……甘い。コレ甘い!」

「おいそんなの食ったら死ぬぞ。毒があったらどうす……甘い!」

「これ生クリームじゃん!」

「激甘怪獣だ!」

「激甘怪獣ホワイト・ラヴ!」


 などと、その場のノリでまた怪獣の名前が決まってしまった。

 激甘怪獣ホワイト・ラヴ。何がラヴなのかは分からないが。

 とにかく、人々は怪獣を見て妙にハイテンションになっていた。




 一方、九蘭家の人々は、


「た、大変だぁ……逃げなきゃ! おーい真奥くんっ!」


 教師である百合が生徒であるテルミ達を避難誘導しようと、大声を出し、


「真奥くーむぐにゃ!」

「おい、おいおい百合ちゃんダメだって!」


 親戚達に口を塞がれた。


「怪獣は現れたけど、一応まだ監視中なんだ。その監視対象に接触するな」

「離せ、はにゃせー! そんなこと言ってる場合じゃないだろー!」


 じたばたと暴れる百合。

 しかしその小さな体躯では、大人数人には敵わない。


「生徒ちゃんは諦めて、早く逃げようよ百合ちゃん」

「そんなこと出来るかー!」


 百合はあくまでも教師としての責務を果たそうとしている。

 が、そこに、


「待て百合ちゃん。アレを見ろ」


 熱心にスマホで怪獣を撮影していたクイズ忍者が、その怪獣を指差し、何やら深刻な顔で呟いた。

 その真剣な雰囲気に、百合はつい言われるがまま差された方角を見る。


「あの怪獣、携帯電話用の電波アンテナビルをぶっ壊してただろ? 二十七階建ての」

「う、うん。早く子供達を逃がさないと」

「だから待てって」


 クイズ忍者は百合を諫めるように言う。ちなみに百合の方が年上なのだが。

 ともかくクイズ忍者は子供を相手にする時のように、ゆっくりと説明を始めた。


「アンテナビルと比べると、怪獣は約四倍の大きさだった」

「う、うん。それくらい……だったかな?」

「そしてあのビルは、だいたいゴジラ二体分の高さだったのだ。つまり怪獣は八ゴジラということになるのです!」


 クイズ忍者は両手の親指を曲げ、計八本の指を立てた。


「……そうなんだ。そ、それで何?」

「それだけだ」

「…………じゃあ、真奥くん達を助けに行って良い?」

「良いよ」



 と、若干変な空気になってしまったが、百合は再び暴れてテルミ達の元へ駆け寄ろうとした。そしてやはり再び親戚達に羽交い絞めにされた。


「にゃー! はーなーせー!」

「待て百合。アレを見ろ」


 年配の親戚が、今度は怪獣とは別方向を指差した。

 クイズ忍者とは違い真面目な親戚なので、百合を含む一族一同がその指先を見る。

 そこには監視対象であるテルミと莉羅。そして……


「真奥桜がいなくなっている」

「あ、ホントだ」

「えっいつの間に!」


 皆、怪獣に目を奪われて気付かなかった……という訳でもない。

 怪獣が現れた後も、つい一秒前まで桜はテルミの隣に座っていたはずだ。

 それが、忽然と消えた。


 ただ桜の正体を知っている九蘭家一同は、消えた理由にも薄々気付いている。

 そして、桜の弟妹が逃げ出そうともしていない理由も。


「しかしあの二人も、随分と肝が据わってるみたいだな」


 年配の親戚はそう言って、感心したように頷いた。


 テルミと莉羅は、落ち着いて椅子に座っている。

 怪獣はここより約三キロメートル先に出現している。しかしあまりにも巨大なので、三キロ程度の距離なら数十歩で詰められるだろう。余裕は全く無い。

 九蘭家の者達にも言える事だが、早く避難すべきだ。


 しかし訓練を積んだ殺し屋達ならいざしらず、ただの学生であるテルミと莉羅は慌てた様子も無くただ怪獣を見ている。


 この状況に不安を感じていないらしい。

 何故ならば、すぐに『どうにかしてくれる』と信じているから。

 彼女・・の強さを、微塵も疑っていないから。


 

 その彼女とは勿論、ヒーローだ。



「コーーーーーーー!」



 怪獣が突然倒れた。

 真っ白な羽を数キロ先まで撒き散らし、辺りに地震と地割れが起きる。


 そして怪獣の足元に、


「あー! カラテガール!」


 怪獣の姿を望遠レンズで撮影していた者が、声を上げた。

 その声が周囲に伝わり、更なる周囲にも伝わり、更にインターネットにも伝わっていく。

 ついには、大きな声援となった。


「頑張れカラテガール」

「ホワイトラヴを倒してくれー! カラテガール!」

「おせーぞカラテガール!」

「カラテガールゥゥゥゥウウ!」



「キルシュリーパーっつってんでしょ! 愚民どもー!」



 お決まりのやり取り。

 ヒーロー・キルシュリーパーこと真奥桜が、堂々と登場した。


 桜は一瞬で自宅自室に戻り、一瞬で着替え、そして一瞬でこの場に帰って来た。

 今日のコスチュームは、漆黒のヒーローマスクに漆黒のチャイナドレス。所々に入ったピンクのラインが可愛さポイント。


「真っ白な怪獣相手に真っ黒なコスチュームは絵になるわね。見やすいし!」


 そう言って桜は跳び上がる。

 ドレスのスリットから大胆にふとももを出しつつ、もう一度、激甘怪獣ホワイト・ラヴの頬を殴ろうとした。

 しかし激甘怪獣も黙って二度殴られはしない。咄嗟に羽を畳み、桜の拳から顔を守る。


 桜はそのまま羽に突っ込み、生クリームまみれになってしまった。


「やぁ~ん。べとべとする! 燃やしちゃえっ」


 桜は超能力で体の表面に炎を纏い、生クリームを燃やし尽くした。

 更に燃えカスを念動力で排除。綺麗な姿になる。


 その隙に怪獣は倒れている状態から無理に両羽を広げ、空を飛んだ。

 八本の翼を羽ばたかせ、八本の腕を持ち上げ、十字の口を大きく裂き、


「カーーーーーハハハハハ」


 これまで以上の高音で叫ぶ。


「耳痛っ」


 怪獣の放つ声に、人一倍聴力の良い桜は顔をしかめた。

 ただ桜は鼓膜までもが頑丈なため、特にダメージはない。

 超能力で飛び立ち、大空で激甘怪獣と対峙する。


「コーーハハハハハハ!」

「あら。やっと攻撃開始? 待ちわびたわよ」


 怪獣は八本の腕を順番に打ち込む、マシンガンのようなパンチを桜へ放った。


「おーっほっほっほっほ! その蜘蛛みたいな腕は飾りじゃないようね! ちゃんと有効活用してんじゃん。ケーキのクセに偉い偉い!」


 桜は怪獣の巨大な拳を全て、左腕一本で受け流している。

 だが怪獣は疲れを知らないらしく、全力の攻撃を続けた。


 攻撃が当たらないと分かると、腕を動かす順番を不規則にしてみる。元はケーキだが、意外と知能は高いようだ。

 ただ直線的なパンチだけでなく、フック気味のパンチや、アッパーカット。両手を合わせハンマーのようにして叩こうとしたり、桜を掴もうとしたり、足で蹴りを放ったり、翼を羽ばたかせタックルしたり、翼を固めて腕の代わりに殴ろうとしたり。


「あははははは! あー楽しい!」

「カーーーーーー!」


 桜は満面の笑みで怪獣の攻撃をかわしている。


「ゴーーーーーーーー!」


 怪獣が蹴りを放った後、再度腕での攻撃に移ろうとして一瞬だけ身体が硬直した。


「あ、隙あり」


 その硬直を突き、桜は怪獣の膝にデコピンを一発。


「クァーーーー!」


 たったの一撃。だが怪獣は吹き飛ばされ、空中を縦回転しながら建物を何軒も壊しつつ、地面につき刺さった。


「わーっはっはっは! さあもっと頑張ってあたしを楽しませなさい!」

「コーーーーーー!」


 激甘怪獣は懲りずに立ち上がり、八本の腕を構えた。




「楽しむ、って……呑気だ、ね……さっきまで……身体を、乗っ取られてた……のに」


 千里眼で姉と怪獣の激闘を確認しながら、莉羅が呟いた。

 テルミは妹からテレパシーで送られてくる戦闘ライブ映像を見ながら、「そうですね」と苦笑する。

 二人は相変わらずオープンテラスのテーブルに座り、姉の帰りを待っていた。


「……にーちゃんは」


 ふと、莉羅が小さな、しかしハッキリとした声で兄に尋ねる。


「にーちゃんは、ねーちゃんのこと……好き?」

「……そうですね。僕は」


 テルミの答えは、


「カーーーーーーーーーハハハハハハハハハ」


 怪獣の叫びにかき消される。

 一段と大きな声に驚かされ、テルミと莉羅は首を上げ肉眼で怪獣を見た。



「さて。面白い遊びだけど、そろそろお腹が空いてきちゃったわね。でもこんな怪獣ケーキを食べる気にはならないし」


 そう言って桜は、遠くに立っている時計台をちらりと見た。


 泥人形に体を乗っ取られてから、二十三時間と五十九分と三十秒。

 桜自身は乗っ取られた正確な時刻を知らないので、これはただの偶然なのだが……勝手に決めた二十四時間のタイムリミットまで、残りちょうど三十秒。


「じゃあね。なかなか楽しめたわよ」


 桜は、怪獣の攻撃を避けるのをやめた。

 八つの拳を、その体で次々と受け止める。だが当たっても何のダメージも無い。


 桜は左手を前に出し、右手を後ろに振り上げ、力を溜めた。


「この『力』はあたしがちゃーんと使いこなして、面白おかしくやってくから。安心して消えなさい」

「コーーーー」


 怪獣は十字の口を大きく開け、何十本もある巨大な白い牙を剥き、桜を喰らおうとした。

 だが桜は逃げも隠れもせず、仮面の下で不敵に笑う。


「じゃね。さよなら」



 桜の右拳が、怪獣の脳を撃ち抜いた。



「コァーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!」


 高音の叫びと共に、怪獣の体が四散した。

 大量の生クリームが町へ降り注ぎ、人々の視界を奪う。



 そして、三十秒。

 甘い大雪がやむと、怪獣の姿は消えていた。



「うおー! あんなのに勝っちゃったよ!」

「カラテガール!」

「さすがつえー!」

「カーラーテ! カーラーテ!」

「カーラーテ! カーラーテ!」




「だから、カラテガールじゃないってー! このアホ市民ども!」




 相変わらず、勝ったのに名前をきちんと呼んでもらえない。

 そんなヒーローの勝利を見届けた後、テルミは妹の問いに改めて答えた。


「僕は、姉さんが好きです」


 兄の答えを聞いた莉羅は「そっか」と寂しそうに呟き、そして、


「……あたし・・・も。すきー……くふふ」


 嬉しそうに笑った。

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