149話 『魔王と魔王』
力をくれ、という泥人形の頼みに対し莉羅は、
「やーだ……ばーか」
と、あっかんべーで答えた。
泥人形は「ふふっ」と苦笑する。
だが、あまり余裕は感じられない。莉羅の意識内に入れば安心ではあるが、出来るだけ早く桜から離れたいという想いもあるためだ。
「
「……どうして、転送陣の知識を……欲しがる……の? ただの『力』である、あなたは……転送陣など、なくても……自由に、宇宙を越えられる……のに」
莉羅が小首をかしげて尋ねた。
時間稼ぎなどではなく、本心から疑問に思っている。
「それじゃあ意味が無いのさ。僕の望みは、生身の体で宇宙を越えるコトなのだからね」
泥人形は急ぎながらも律儀に答えた。
超魔王との長い付き合いに、彼なりの義理を感じているのだ。
「なま、み……?」
「そうさ。大魔王様は生身で宇宙を越える方法を探していた。だから僕の目的も『生身で』って部分が大切になるのさ。つまりは知識を得て実践してみるコトこそが、僕の望みってワケだね」
「……大魔王……ギェギゥィギュロゥザムの、目的は……娘を助けること……だった。あなたは、目的と……目標や手段を……履き違えて、いる……よ」
「そうじゃないんだよ。大魔王様の娘はもう死んでいるから僕にはどうでも良いのさ。ただ昔、僕が『望みを持ってみよう』と思った時に、大魔王様が『生身での別宇宙旅行』を模索していた。だからそれをそのまま、僕自身の目的に据えてみたってワケさ」
そんな理屈を早口で述べた後、泥人形はもう一度笑顔を
「
挑発するように言った。
動揺させ、心に隙を作ろうと狙っている。
「……目的、って……何のこと……」
「ついさっき実の兄にフラれたじゃないか。それも、実の姉に負ける形でね」
「…………フラれて、ないもん……」
そう反論しながらも莉羅の脳裏に、先ほど兄が姉にキスをした時の光景が浮かんだ。
泥人形は見透かしたように言葉を続ける。
「いいやフラれたね。確かに言葉で恋心を拒否されたワケではないけど、テルミは桜を選んだんだ。キミは恋の敗者さ。それに昔から知っていたでしょ? テルミは桜のことが好きだ。それは姉弟してじゃない。異性として」
「違う……もん」
「違わないよ。テルミ自身も必死にそれを否定していたけどね。でもあれほどモラルに厳しい優等生な彼でも、自分の本心は偽れないのさ」
「…………」
問答の末、莉羅は黙った。
あと一押しだ。泥人形は莉羅に一歩近づく。
心に土足で上がり込むような手段。
泥人形も本来このような方法は嫌いだ。だが好きでもある。つまり手段には拘らない。
「
更に心を掻き乱す一言を口に出そうとした、その時。
「あなたの、本当の『望み』は……別宇宙転移……では、無い」
莉羅が淡々と述べた。
その言葉に、泥人形は言いかけた台詞を飲み込む。
「…………僕の本当の望みだって? 何を馬鹿なコトを。さっきも言っただろう? キミもずっと見ていたはずだよ。僕の
「望みは、決めるものではない……状況や、環境から……自然と、必然的に、沸き上がる……心」
「……どういう意味だい」
「言った通りの、意味しかない……そして、これに当てはめると……あなたの、本当の望みは……とても、単純で……皮肉でも、ある。生まれてから、すぐ……多くの学生達に、囲まれて……望み、夢、希望、未来……全てを持っていた、彼らを……内心は、すごく……羨ましがっていたから、こそ……自然と、沸き上がって来た……望み」
莉羅が説明している間に、泥人形の顔から笑顔が消えていた。
「聞かせて貰おうかな
泥人形の改まった問いに、莉羅は頷きもせず即答する。
「あなたの、望みは……『望みを持つ』……こと」
「…………それは」
莉羅の答えを聞き、泥人形はまず「笑い飛ばそう」と考えた……が、やはりやめて「冷ややかに否定しよう」と考え……やはりそれもやめて「馬鹿にしているのか、と諫めよう」と考え……結局それもやめた。
莉羅の大真面目な顔を見ながら、自分自身のこれまでの行いを振り返る。
だが分からない。
別宇宙旅行の望みと、望みを持つと言う望み。
二つの違いがよく分からない。
「それは……詭弁だね。詭弁だよ
「違う」
莉羅は、堂々と言い返す。
「別宇宙転移という望みは……『望みを持つ』という、本来の望みに対する……副次的なもの。叶ったとしても……あなたは、ちっとも……満たされない。ただ次の望みを、探す……だけ。あなたは、一生……満足できない」
「……たとえその通りだとしてもだよ」
泥人形は反論する。
ただし、莉羅の説明に納得しつつある自分にも気付いていた。
「全ての生物は、一時的な満足を得てもすぐに次の望みを持とうとするじゃないか。食欲、物欲、性欲。色々な物に対して言えるコトさ。一生満足できないってのは、何も僕だけでは……」
「でもあなたは、死なない……」
泥人形の言葉を遮り、莉羅は述べる。
「死なないから、見切りをつけることが……出来ない。際限なく……長い長い、悠久の時を……満足することも……諦めることさえも……絶対に出来ないまま、彷徨う……哀れな存在」
「…………」
問答の末、今度は泥人形が黙る。
しばらく何も言えなかったが……
「……ふふっ。ふふふふ、あははははは」
突然、大声で笑い出した。
ただし無表情で。
「まいった。どうやらキミの言う通りみたいだね。確かに単純だ。僕としたことが、どうしてこんな単純なモノに気付けなかったんだろうか!」
泥人形は両目を大きく見開き、莉羅の顔を直視する。
「でも、転送陣はもう関係ないけど、キミのその知識と見聞がますます欲しくなったよ。さあ難しい討議はおしまいにしよう。もう一度頼もうか
「りらは」
莉羅は泥人形をビシリと指差し、言った。
「りらは、
いつものようにボソボソとした口調だが、いつになく力強く喋っている。
泥人形は虚を突かれ、きょとんとした。
「そして、ライアクの記憶を……あなたに譲渡する、気は……一切、無いので……あしからず」
「へえそうなんだ。でもただのツールなら僕にくれても良いじゃないか。どうして?」
「それは……」
莉羅は口の両端を上げ、大きくニヤリと笑った。
「この、力を使って……にーちゃんを、
そんな答えを聞き、泥人形は再び黙った。
ただし今回は言い返せないからではなく、ただ呆れて唖然としたせいだ。
「……ふ、ふふっ。あははは!」
そしてまた笑い出す。
「流石だよ。全然似ていないと思っていたが、でもキミは確かに桜の妹だ!
泥人形は無表情で、楽しそうに言った。
そして莉羅に背を向け、上を見る。
「キミ達姉妹には負けたよ。でもそれはそれとして、
泥人形の体が、さらさらと砂になっていく。
莉羅はその砂をじっと睨みつけた。
「さあ覚悟しておくれよ莉羅。僕が」
「覚悟するのはあんたでしょ」
「……ッ!?」
砂の体が
オープンテラスのテーブルに叩きつけられ、ケーキやジュースが飛び散る。
「莉羅!」
テルミが妹の名を叫ぶと、莉羅は目をぱちりと開いた。
心配する兄の前で片足で立って「平気だよー……」とアピールし、安心させる。
「……驚いた。本当に……桜。キミには驚かされっぱなしだよ」
泥人形が唸った。
その声は、桜と莉羅にしか聞こえていない。
今の泥人形はただの『力』であるため、基本的に誰かからの干渉を受けることは無い。それが物理的な干渉であろうと、超常的な干渉であろうとだ。
しかし、桜にそんな
テレパシーを応用して莉羅の意識へ入り、念動力で泥人形を中から外へ引っ張り出した。当然のように『干渉した』のである。
そこまでなら泥人形も、グロリオサのドラゴンやリオに対し似たような干渉を行った経験がある。
そもそも桜の意識内で戦った時も、思いっきり超能力で干渉し合っていた。
しかし先ほどの桜は、『全く無関係な物質であるテーブルやケーキに泥人形を衝突させる』という次元をねじ曲げる第三者干渉までやってのけたのだ。
これは、泥人形にも出来なかった技だ。
「ちゃんと全部返しなさいよ。『あたしの力』! 持ち逃げ禁止よ、こっすい万引き犯め!」
桜は腕を組み、泥人形――今の姿はただの砂の塊だが――を睨み付ける。
「……桜、キミも本当にしつこいね」
「言ったでしょ。あたしが
桜は指をコキリと鳴らし、砂山に手を突っ込んだ。
泥人形は逃げようとするが、桜の
「……やめるんだ桜。返すも何も、これは僕の力だって何度も言って……」
「違う」
ケーキとジュースで汚れたタイルを兄と一緒に拭きながら、莉羅が呟いた。
「それは、ねーちゃんの力……。昔は、あなたの力……だったかもしれない、けど……今は、間違いなく……『真奥桜の力』」
莉羅はちらりと砂山を見て、またすぐに視線を地面へ戻した。
そしてその隣にいるテルミも、砂山こそ見えていないが、姉が決着を付けようとしていることには気付いている。
その上で姉を信じて、いつも通りに『散らかったら片付ける』という行動を取っているのだ。
姉弟妹の様子を見て、泥人形は「……あーあ」と小さく呟いた。
今こうしている間にも、桜に力を奪われ続けている。
「全ての道が閉ざされたようだね。分かった。
「あら。最初から素直にそうやってれば良かったのに」
桜は「感心かんし~ん」と言って、更に力を吸い尽くそうとする。
泥人形は、砂を震わせ振り絞るように喋る。
「でも最後のあがきくらいはしても良いだろ? プレゼントだよ桜。キミの数多い望みの中の一つを、最後に叶えてあげよう」
「殊勝な心掛けね。でも許してあげないわよ」
「許さなくてもいいさ。この望みを叶えると僕は消えてしまうからね。僕の力はもう0.002%しか残っていない。でもそれでも
「カレ? カレって誰よ」
桜は首を捻る。
思い当たる人物を考えるまでもなく、泥人形はすぐに答えを教えてくれた。
「桜もよく覚えているはずさ。人間達がテツノドンと呼んでいた」
そこまで言って、砂山が突然消え去った。
テーブルの上に残っている、一つだけ無事だったショートケーキ。
ちょうど砂の体に接触していたのが、泥人形にとっての幸い。そしてケーキにとっての不幸だった。泥人形が憑りついたのだ。
勿論ケーキには、泥人形の力を受け入れるだけの適正は無い。
そして今の弱体化した泥人形の力も、適性の無い
つまり憑りついた時点で、泥人形の未来は潰えた。
そして、ケーキは『力』をコントロール出来ずに暴走する。
ただしいつぞやの少女のように、呼吸をするだけで次元を歪ませる、といった事態には陥らない。もうそこまでの力は残っていないし、そもそもショートケーキは呼吸をしない。
ただ泥人形は憑りつく前に、自らの力を少しだけ変異させた。
昔桜が戦った怪獣のように、巨大な姿になる力。
生クリームを膨張さえ、泥のようにこねて形を変える能力。
もはや、泥人形の人格は残っていない。
「あーら。何あれ?」
「あー……なんだろー、ね……変な……の」
「姉さん、莉羅。この状況は大丈夫なのでしょうか?」
「あーだいじょぶだいじょうぶ」
真奥家の三人は、どこか呑気に身構えている。
そんな中、怪獣が唐突に登場した。
桜と莉羅だけでなく、皆に見える怪獣である。
新雪のように白い体。
二本の太い足で立っている、人型の怪獣。ただし腕は八本もあり、それぞれが異様に長い。
背には左右四枚ずつ、計八枚の広く真っ白な羽根。
顔はとうてい人型とは言えない。目も鼻もなく、ただ十字に裂けた口が一つ。口内には無数の牙が生えている。
そしてとにかく、何よりも巨大だ。
すぐ近くにある地上二十七階建ての高層ビルが、怪獣の膝にも及んでいない。
驚き逃げる者。自分の子を守る者。気絶する者。遠巻きに写真を撮る者。
人々は様々な反応を示しているが、皆一様に恐怖している。
「くー……はははははははははははは」
怪獣が十字の口を開け、高音の鳴き声を発した。
それは古の学者である大魔王ギェギゥィギュロゥザムの笑い方に、どこか少しだけ似ている。大魔王の笑いは低く野太いものであったが。
「ふふーん、最後は巨大戦か。しかも地上から姿が分かるくらいの程よい大きさ。ち●ぽドラゴンの時は、あまりにもデカすぎて観客が付かなかったからね。もー。分かってんじゃ~ん!」
桜は心底嬉しそうな表情で、怪獣を見上げた。
桜が勝手に決めた
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