148話 『魔王と妹』

「それにしても仲良いな、あの姉弟妹きょうだい


 すっかり霧の超能力を無くし、普通の肉体でこそこそ隠れるという慣れない監視を続けている九蘭家一同。

 その中の一人の青年が、桜達を見てぽつりと呟いた。


「普通……って程じゃないかもしれないけど、あれくらいの歳頃になると、異性の兄弟とは距離を置いちゃうものだぜ」


 彼らは今、桜が泥人形に乗っ取られて大変な状況になっている、という事実を知らない。

 ただ三人で遊んでいるだけだと思っている。


「そうだな。仲が良いのはいいことだ。私も教師として鼻が高いよ、ふふんっ」


 と百合が腕を組み、何故か誇らしげに頷く。


「また百合ちゃんがオトナごっこしてる」

「ごっ……ち、違う! 私はホントにオトナにゃにょ! あ、お、大人だぞ!」


 年下の親戚にからかわれ、百合は手足をバタバタさせた。

 すると隣でクイズの本を読んでいたクイズ忍者が、顔を上げテルミ達を見、


「いや仲良すぎるのも問題だな実際。俺の自作クイズのように難問だ。ほらアレ見ろ百合ちゃん」


 と百合を促した。

 そして九蘭家一同に衝撃が走る。


「やだぁ~。見せ付けちゃって」

「おー姉弟で何やってんだ、あいつら」

「お宅の学校ではどういう教育をしているのかな百合ちゃん」

「まっまっまっまっままっままままま真奥くんんん!?」



 弟が、姉にキスをしていた。




 ◇




「す、すみません。失礼します姉さん……」


 と一応謝りながら、テルミは命令された通り桜へ唇を近づける。

 で戦っているため抜け殻のように動かない桜。そんな姉へキスをするのは、自分が無理矢理やっているようで気が引ける。実際は桜の方から頼んでいるのだが。


「はやく……終わらせ……て」


 不機嫌そうに姉兄を見ている莉羅は、ケーキを頬張り、やけ食いしている。

 相手が姉とはいえ兄が接吻するシーンを見るのは非常に嫌だが、でも仕方がない。姉を救うためなのだから。

 莉羅はケーキをジュースで流し込み、「はよ」と更に急かした。


 テルミは桜の肩を掴み、顔を近づける。


 

 ふと、小さい頃の記憶が頭に浮かぶ。

 冒険ごっこで辿り着いた、小高い丘の頂上。

 姉と手を繋ぎ、並んで座っていた。


「ねーねーテルちゃん。あたしのこと好きー?」

「うん。あのね、ぼくはおねえちゃんをいちばん好きー!」



 子供同士の他愛無い会話。

 どうして今こんなことを思い出したのか。自分でも分からないが、でも、


「……ん……」


 躊躇いがちな吐息の後、テルミは姉と唇を重ね……


「ん、んん……っ!?」


 目を白黒させた。

 意識はに戻ったはずなのに、桜の舌がだけが動き出し、弟の口内へと侵入したのだ。


「姉さ……ん……んん」


 舌と舌とが絡み合い、水音が鳴る。


「……我慢……我慢……だ……耐える……にんたい……がんば、りら……」


 莉羅は、姉をひっぱたいて二人を引き裂きたい衝動を、必死に押し殺した。




 ◇




「な、何をしているんだ……テルミ、観測者みるもの……キミ達らしくない……」


 の異変を感知し、泥人形が呟く。


 「まさか、まさかね……こんな俗な方法で……」


 表情は動かぬままだが、焦っている。

 創造主を殺した時も、自殺した時も、何億年も漂っている中でも、一度も焦ったことなど無かったのに。

 姉弟とはいえただ「少年が少女にキスをする」というちっぽけで在り来たりな行動に対し、生まれて初めて焦っている。


 キスをきっかけに、桜が『力の引っ張り合い』で優勢に躍り出ている。


ラヴの力ね。おーっほっほっほっほ!」

「……桜、キミは……」


 急激に力を奪われた影響で、泥人形の動きが止まった。

 とは言っても一瞬の隙だ。まばたきするよりも短い刹那の停止。

 放っておけば、すぐにでも動き出しただろう。


 だが、それを許す桜では無かった。



「壊れなさい」



 冷ややかに言い放ち、泥人形の懐に入る。

 二人の目が合った途端、


 桜の拳が、泥人形の胸を撃ち抜いた。

 



 そんな『一瞬の隙』の後。

 泥人形が短く「かは」と呼吸し、それと同時に首から下が砕け散った。


「見事だね、桜」


 無表情な生首が、乾いた砂へと変貌しながら声を出す。 


「今回は僕の負けみたいだね」

「『今回』って、負け惜しみの強いお人形さんね」

「ふふっ……」


 そして泥人形は残らず砂となり、霧散した。




 ◇




 テルミが姉にキスをして、数分経過した。

 桜の舌の動きも止まり、今はただ唇を重ねるだけのアメリカンファミリー的な軽いキスになっている。


「……いつまで続けていればいいのだろう」


 もしかして桜が言っていたように、胸を揉んだりもしないといけないのだろうか?

 などと考えながら、テルミは次のアクションに迷っている。


 遠くで子供が騒いでいるようだ。それをなだめる大人達の声も聞こえる。

 騒いでいる子供の声が、部活動の顧問教師の声に似ているが……多分気のせいだろう。



 と、余計な事に考えが及びそうになった時。

 テルミは突然、後頭部と胸部に圧迫感を覚えた。


 後頭部を圧迫しているのは、桜の両手。

 胸部を圧迫しているのは、桜の大きなバスト。


「も~、こんな大衆の面前でチューしちゃうなんて、テルちゃんはお姉様の事が好き過ぎるんだから!」


 桜がそう言って、ニヤリと笑った。

 テルミは「あ……」と小さく驚き、莉羅も椅子から立ち上がる。


「ねえさ……んぐむむ」


 無事でしたか、無事だったわよ、などと言う台詞は今回も無し。

 桜は腕に力を込めて弟の顔が逃げないように固定し、再び舌を口に入れた。

 抜け殻状態な肉体に起こっていたインモラルな幸福を、きちんと意識がある今の状態で取り戻そうという魂胆である。


「ねー、ちゃん……無事だった……か……でも、離れ……て」


 莉羅は今度こそ、心置きなく姉をひっぱたいて兄から引き離そうとする。


「ぷはっ。あらあら莉羅ちゃん、ヤキモチ屋さんね。莉羅ちゃんもお姉様のチューが欲しいの?」


 そう言って、桜はもう一度笑った。

 いつも通りな姉の様子に、テルミと莉羅は安堵する。


「姉さん……良かった」


 テルミは姉の手を握りしめ、優しく微笑む。


「……ねー、ちゃん……」


 莉羅も姉の服の裾を掴み、そっと抱き付いた。

 桜は弟の手を強く握り返し、もう片方の手で妹の髪を愛おしそうに撫でる。


「テルちゃんも莉羅ちゃんもありがとね。超優秀なあたしだけど、今回ばかりはちょ~っとだけ危なかったわ」


 そう言って、遠くに見える時計台を見る。

 体を乗っ取られて、二十三時間と五分。

 勝手に決めた二十四時間期限リミットを、五十五分残して生還した事になる。


「わーはっはっは! まあ結局余裕だったけど! でもそれは二人のおかげかな?」

「うん……」


 莉羅が珍しくはにかむように笑った。

 それを見て桜は目を細め、



「……っ!? 嘘、なんで……待っ……離れて莉羅ちゃん! ダメ!」



 急に目を見開き、莉羅から手を離した。


「姉さん?」

「テルちゃん、莉羅ちゃんを連れて逃げなさい!」


 桜はそう言って、莉羅を突き飛ばそうと両手を挙げる。

 しかし両手が莉羅にぶつかるよりも早く、桜の右手爪先から一粒の砂がこぼれ落ちた。

 その砂はテルミと莉羅には見えなかったが、桜はすぐに気付き、左手で掴もうとする……が、指の隙間をすり抜け……



 莉羅の口に入った。



「しまった! 莉羅ちゃん、ペッてしなさい! ペッ!」

「は……あ……え……?」


 莉羅の視界が暗くなっていく。

 喉から脳に向かい、強大な魔力が流れ込む。


「莉羅!」


 倒れそうになる妹を、テルミが慌てて抱き支える。



「お邪魔するよ。観測者みるもの



 莉羅の頭の中で、男とも女とも判断が付かない中性的な声が響いた。


「桜は強いね。『僕の力』なのに、僕よりも使いこなしている。まあ攻撃面だけの話だけど……でもそれこそが厄介なトコロさ。成長の余地が残っているってワケだからね。今後は攻撃以外の分野でも、僕を越えるかもしれない」


 莉羅の脳裏に、砂のイメージが流れる。

 砂が湿り気を帯び泥となり、一か所に集まっている。


「桜の体はもう諦めるよ。『力』もちょうど半分奪われちゃったけど、それは授業料としてこの宇宙に置いていこう。桜の攻撃を受けて、なんとか息絶えなかっただけでも儲けものだからね」


 泥が人の形を成した。

 この容姿は莉羅も知っている。

 大昔、大魔王という愛称で呼ばれていた学者が作り上げた、泥人形ゴーレム


「悔しいけれど敗走さ。僕はまた『力』だけの存在になって、宇宙を、『世界』を旅するコトにするよ。でもその前に、観測者みるものに相談があるんだ」

「…………やだ」

「そう言わずに聞いておくれよ。昔みたいにさ」


 泥人形が、ゆっくりと莉羅に近づく。


「莉羅!」

「莉羅ちゃん、しっかり!」


 姉と兄が呼んでいる。

 しかし今の莉羅は、意識に入り込んだ泥人形に神経を集中せざる得ない。

 どんどん近づいて来る。

 油断すると、憑りつかれるかもしれない。


 自分は桜とは違い、泥人形の力に適合していない。

 大昔別の宇宙で泥人形に憑りつかれた少女は、力を制御出来ずに、息をするだけで次元をねじ曲げ惑星を破壊する、厄災のような存在になっていた。

 自分もああなってしまうかも……いや、あの少女は『力』に適性があったのに暴走した。適性の無い自分は、もっと酷い事態になりかねない。


 莉羅は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「ホントはこんな逼迫ひっぱくした状況じゃなくて、後でゆっくり聞こうと思ってたんだけどさ。でもすぐに旅立たないといけないから」

「…………さっさと、いけ……ば?」

「ふふっ、冷たいね。一日だけとは言え、僕はキミのお姉さんだったのに」


 泥人形が、莉羅の目前で足を止めた。


「例のウサギくんを作った博士……キミはずっと彼を観測みていたんでしょ? 『転送陣』の記憶。それを僕にくれないかな? あと……ふふっ、欲張りでごめんね。他の色んな知識も欲しいな」


 泥人形は、人を安心させるために覚えた『笑顔』を浮かべる。


「超魔王の記憶。力。全部、僕にくれるよね?」

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