二
まあたらしいとは言えないけれど、それでもおろしたてのワンピースに身をつつみ、わたしはようやく、坂道を下りきった先、通り沿いの停留所でバスを降りた。
わたしに先だってバスを降り、こちらに手をさしのべては降車を手伝ってくれた
「
「さほど変わりもなく。むしろはしゃいでおられるようです」
「よろしいこと……」
わたしはほう、と吐息をついて、ゆっくりと妻の側仕えの顔色をうかがった。「
随伴には、当然のように
「物珍しいのですかねえ。あちらこちら見物なさりたいとのことですよ。
なにせ金魚の様子を尋ねれば、彼はあれやこれやと達者に答える。それこそ、戦に赴いてしまった兄が、そういった戯れがお上手であったのとおなじほどに。……わたしにすらとんと判別がつかないわたしの
「では、
「それも結構ですが。この時季ですから、きっと柳のほかはなにもございませんよ。他にされては?」
「よいのじゃないかしら。季節らしいわ。しだれの川柳」
「……百貨店のパーラーは、ようやっと昨月から、暖簾を掲げなおされたとのことですがね」
「ふうん……」
百貨店のパーラー、と。聞いてしまえど、あまり気乗りはしなかった。
いまさら甘味で甘やかされるよりは、涼やかに石橋のかかった川辺を闊歩したい。
――それに、この街の百貨店へわたしを伴い赴くなど……
そう思ってかつりかつり、低いかかとをわざと鳴らしつつ、
振り返っても、彼はさほど身動きを取らずにいた。それどころか、腕に提げた金魚玉を眺めたまま佇んでいる。だのにわたしの視線に気づくと、彼はこちらをふりむいて、あからさまにもにこりと笑まい、こう言うのである。
「
――クリームソーダ、というものだ。つまり。
幼少のみぎり、わたしもあの不思議な風味を、兄に連れられて一度だけ味わった。そしてあの優しくも刺激的な甘味のことを、夏がくるごとにわたしの口から語り聞かされた金魚様は、さてどのような品であるやらと、お気にかけられている……と、
わたしは、またかつりかつりとかかとを鳴らしながら、今度は多少足早に、彼の立ち待つ場所まで戻った。不本意であるけれど……
「――仕方ないわね。奥方さまのご所望のとおりにするわ」
「結構なことですね。では
颯爽と大通りをゆく洋装のわたしたちは、人目をひく。伸ばした黒髪と腰回りに空色のりぼんをそれぞれ飾ったわたしと、わたしとおなじように洋装に身を包みながらも、直ぐな姿勢ゆえだろうか、わたしよりもなお風情のくっきりとした、
「まったく……
「光栄なことです、今後ともごひいきに」
「――お
ふと、心に浮かんだ言葉を口にすれば、妻の側仕えは涼やかな笑みで応えてきた。……商いのための、上等な笑み。わたしはその、誰にでも平等に手向けられる贋作の笑みをあまり好ましいとは思っていなかったから、ついつい本音を返してしまった。
出自こそは、かの
わたしが、
……
なにせ年の頃も近く、日々の居所も近く、身分の
けれどいまとなってはこの男を、わたしは心穏やかに、重用ばかりもできやしない。
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