93 参考にしたいオススメ小説 十選(女性作家編)。

 最近、カクヨム内で仲良くさせてもらっている人がいて、その人もエッセイや小説を書かれていました。

 僕はその方のエッセイも小説も好きで、おこがましくもコメントをしたりしていたのですが、そこで

「郷倉四季さんセレクトで私にオススメ小説お願いしたいです(図々しいですが)」

 と返信をいただきました。


 全然、図々しくないです。

 というか、こういう話には時間が許す限り応えて行きたい所存です(エッセイのネタになるので)。


 今回、お勧めさせていただく方が女性であり、エッセイや小説を書かれている方ということもあって、創作の参考になりそうな女性作家の作品を選んでみました。



 ・最果タヒ「渦森今日子は宇宙に期待しない。」


 ――簡単に言えばここは宇宙探偵部で、ついでにいうと私は宇宙人です。

 OK? 宇宙人は妄想とかじゃなくて本当に宇宙からきた異星人なので、「え、まじで?」とか言われてもこっちだって困るの、あなただって、「え、きみ地球人なの? まじで?」とか急に言われても困るでしょ、はいとしか言えないでしょ。

 つまり私も、「宇宙人ですけど?」とか言えないし、だからこの話は終わり。



 一発目に、まったく創作に役立ちそうにない頭のネジが飛んだ文体の小説ですが、説明を。

 まず、帯にシンガーソングライターの大森靖子が「スカートの中の宇宙、みせあいっこしない?」と書いています。

 ちょっと意味が分かりませんが、中身を読んでも意味は分かりません(説明になっていない)。


 ただ、「イリヤの空、UFOの夏」とか「亀は意外と速く泳ぐ」とか好きな人は好みなテイスト。

 女子高生で宇宙人の渦森今日子が青春を謳歌する、本当に何でもない話が本作です。


 けれど、本当に何でもない日常って実は在り得ないのでは?

 少し視点を変えれば、何も考えずに過ごす一日の中にこそ、宇宙(理解できないもの)は紛れているんです、多分。



・柴崎友香「きょうのできごと」


 ――スカートがなかった。

 朝一番に行ったのに、確かに開店から三十分ぐらいは経っていたけど、早起きしたのに、なかった。

 昨日掛かっていたところにもなかったし、店員さんに聞いたらもう入荷もありませんと言われた。濃紺の、ウエストのところに赤いラインが入っている、一目で気に入ったスカートだったのに。

 こういうのほしかったんや、って心に響くかわいさだったのに。もうなかった。なんで? わたしのやん。



 日常繋がりで「きょうのできごと」を。

 タイトル通り、ある一日を五人の視点で描かれる何でもない話。

 けれど、そこには妙な切なさが漂います(続編の「きょうのげきごと、十年後」は更なる切さが漂います)。

 本当にただの一日が切り取られているだけなのですが、普通の日常を書く描写力があると、ここまで別の世界が見えてくるのか、と驚きます。

 また、解説の保坂和志が技術論に徹した文章を書いていますので、こちらもオススメです。

 にしても、引用文の「もうなかった。なんで? わたしのやん。」はそれだけで、どんな人間か分かるから凄いですよね。



・山田詠美「ラビット病」


 ――「私なんて、私なんて、あんたにとっては何の意味もないのよ。

 部屋の掃除もしないし、お皿も洗わないし、流し(シンク)には、うじ虫をわかせるし、お尻に根っこが生えているし、私なんて、どうしようもない女なのよ。家出してやる!!」

 そう言って、彼女は耳を焼いている最中に出て行ってしまったのだ。

 ロバートはあっけにとられ、訳が解らないまま、耳を焼くことを彼女に代わって、続行し始めた。

 焦げた餃子が、ロバートの耳によく似ていたことから、彼らはその料理を耳と呼んでいた。二人の大好物だった。



 餃子を焼いている最中に、よく分からんこと言って家出する彼女も可愛いし、そんな彼女が放り出した餃子を焼くことを代わるロバートも可愛い。

 山田詠美と言えば、「黒人とのセックス」みたいなイメージが初期の頃には強かったように思います。

 デビュー作である「ベッドタイムアイズ」が、そういう話ですし、実際に黒人と結婚した過去も彼女にはあります。


 しかし、今作の「ラビット病」はポップです。

 読みやすくて、文庫本のあらすじには

「周囲に呆れられてもへっちゃらで、いつもうさぎみたいに寄り添ってくっついている二人の日々を描いた、スイートでハッピーな連作集」

 とあります。


 山田詠美は今、芥川賞の選考委員を務めています。

 スイートでハッピーな面を持ちつつ、文学性も確かに持っている、その両義的な面こそ山田詠美の魅力です。


 作品ではありませんが、河野多恵子との対談集「文学問答」は文学とは何かの一端を理解し、楽しむのに適した一冊だと思います。

 帯には

「人と文学をなめる人はだめ(河野多恵子)」「うーん、凄い言葉ですねえ(山田詠美)」

 とあります。手に入れにくい本ですが、図書館などにあれば是非。



・瀬尾まいこ「優しい音楽」 タイムラグ


 ――まったくもって私は都合のいい女なのだ。

 いつもなんだかんだと面倒なことを押しつけられる。今まで、私が平太の頼みを断れたことは一度としてない。うまい理屈をこねつけて、押したり引いたり泣きついたり。

 いろんな手段を以てしても、平太は諸々のことを私に押しつけてきた。

 だけどだ。いくらなんでも、これはないだろう。



 小説の魅力の一つに、読み始めと終わりでまったく別の場所、光景が目の当たりになる、というものがあります。

 思いもよらない場所へ連れて行ってくれる作家の一人として、僕は瀬尾まいこの名を挙げたいです。


 とくに本作の「優しい音楽」という三篇の短編集は、無駄なくリアリティの破綻なく、知らない場所へと連れて行ってくれます。

 それも、まったく無理矢理ではなく、とても自然に当たり前みたいに遠くへ連れて行くので、その手腕には脱帽です。

 ちなみに、今回のエッセイを書く為に昔読んだハードカバーの「優しい音楽」を探したのですが、無かったので今回文庫本を買って、これを書いています。

 解説の池上冬樹も実に良いので、立ち読みなどでも良いので是非。


 瀬尾まいこの良さがギュッと詰まった内容になっていますので。



・田辺聖子「ジョゼと虎と魚たち」


 ――黄と黒の強烈なまだらの毛は、虎の動きにつれて陽に輝く。ジョゼは咆哮を聞いて失神するほど怖かった。恒夫にすがって、

 「夢に見そうに怖い……」

 「そんなに怖いのやったら、何で見たいねん」

 「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてもすがれるから。……そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。もし出来(でき)へんかったら一生、ほんものの虎は見られへん、それでもしょうない、思うてたんや」



 ジョゼは自分のことを「アタイ」と呼び、「これから自分の名前をジョゼ」にすると言い出すような女の子です。

 子供の頃に「脳性麻痺」と曖昧に診断されて、歩くことができません。


 そんなジョゼがなぜ、自分のことを「ジョゼ」と言う名前にしたかと言うと、フランソワーズ・サガンの登場人物によくジョゼという名前が出てきたから、とのこと。

 ジョゼは歩くことができない為に、とても狭い世界に生きているように思えます(事実、そうであることは間違いありません)。

 しかし、ジョゼは見える範囲の世界をしっかりと観察し、自分の中に取り入れていきます(例えば、それはジョゼという名です)。


 引用した「好きな男の人が出来たときに、一ばん怖いものを見たかった」。動物園で虎を見ることで、そこまでのことを言える人生の濃さに僕は圧倒されます。

 そして、次に見るのは「魚たち」です。


「ジョゼと虎と魚たち」は短編集の中の一つで、ページにして二十六ページしかありません。

 しかし、そこにあるのは確かな「ジョゼ」の人生そのものです。

 こんなにも凝縮した人生を描ける田辺聖子を優れた作家と言わずして、誰を優れた作家と言うのでしょうか。



 以下、引用なしで紹介していきます。


・大庭みな子「むかし女がいた」


 すべて、冒頭が「むかし女がいた」から始まる短編集。

 おとぎ話のような語り調で始まりながら、戦争の話、現代的な話、そして鈴虫の話までを小説や、エッセイや、詩の文体で語り尽くす一冊。

 個人的に鈴虫を使って、「女の怖さ」を描くなんて反則技も良いところだし、そこにある豪の深さにちょっと絶望的な気持ちになります。



・彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない」


 鈴虫の次は「蜘蛛」で。

 テーマは母の呪いにかかった娘の物語ですが、途中から一人の人間が成熟する為の物語へと変わっていきます。

 そして、一人の人間が成熟する為には、日常に潜むあらゆる困難に立ち向かっていかなければならない、と分かります。

 その全てを「あのひとは蜘蛛を潰せない」というタイトルに収束させる巧さ。最後に手に入れた成熟を「うまく説明できない」と言う主人公。


 個人の成熟は必ずしも説明できる訳ではありません。

 けれど、この物語を読んだ人間には、その説明できない成熟を理解はできるようになっています。

 この構図は非常に巧い、と読んだ時に膝を打ちました。



・絲山秋子「ダーティ・ワーク」


 タイトルと章がすべてローリング・ストーンズのアルバム名(及び曲名)となっている本作。

 僕はダーティ・ワークを読んだ後、ローリング・ストーンズを借りてタイトルとなっている曲はすべて聴きました。

 なぜ、そのタイトルなのか、僕はいまいち理解はできませんでした。

 繰り返し聴きながら、気に入った部分を拾い読みしていきました。


 絲山秋子の小説は行間を読ませることに長けた文体で、徹底的に無駄を排したスマートな一文が所々で有機的に配置されています。

 読む度にカッコイイな、と思わざる負えない文章たちをローリング・ストーンズの曲に載せて読むのは実に贅沢な読書体験でした。


 ちなみに解説は評論家の佐々木敦で、彼曰く本作は「泣け純文学」だそうです。納得の内容です。



・津村記久子「ミュージック・ブレス・ユー」


 音楽繋がりで一冊。

 津村記久子は常に社会に馴染めない人間を描いてきたように思います。

 社会に馴染めない時、それでも弱い心をどう保つのか。

 もちろん、それは人それぞれの方法があってしかるべきですが、こういう方法もある、ということを提示してくれる作家として、津村記久子を押したいと思います。


 ちなみに本作の前半部分で、ある女の子が「弱々しく、中指を立て」るシーンがあります。「弱々しく」というのが、良いですよね。

 津村記久子は決して強い人間を小説のメインの人物には置きません。

 けれど、彼らは決して社会や世界に負けてはいないと書きます。それに救われる人間は少なくないように思います。


・藍川京「女流官能小説の書き方」


 最後に小説ではないものを。

 僕は小説家志望と自分で言っている以上、ありとあらゆる小説の書き方本を読んできました。

 その中で、本作の「女流官能小説の書き方」にも手を出しました。


 最初の方で「自分の慰めのために書いた小説がデビュー作に」という項目があります。

 藍川京は自分の中にある表に出せない声を掬い上げて、それを官能小説という形で吐きだしました。

 その方法論として「女流官能小説の書き方」という本はあります。


 僕は小説を書くことは必ず、何かしらの意味があると思っています。

 本作に書かれた決まりごとを使って官能小説を書くことで、声にならなかった感情に形を与えられる人は少なからずいるのではないでしょうか。


 実は僕も官能小説、書けると思っているんですけど。

 どうも僕は童貞を書く方が好きな部分があるようで、官能に到達できていないんです。

 いつか、ちゃんと生々しい官能を書きます!

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