78 ついでに生きる「第三の新人」の作品群。

 戦後作家「第三の新人」で代表される安岡章太郎が二〇一三年一月二十六日、午前二時三十五分、老衰の為に自宅で亡くなった。九十二歳だった。

 発表されたのは一月二十九日の夕方だった。


 と当時の僕はメモをしています。

 今から振り返れば、六年前の出来事です。

 二〇一九年の現在においても安岡章太郎の本は大きな書店などで確認することができます。少し前だったかも知れませんが、吉行淳之介の本が新刊に並んでいたりもしていました。

 復刻版として、新たに短編などを編み直しての出版だったようです(ちなみに、吉行淳之介の短編なら「手品師」が最高だと個人的に思っています)。


 そういう新しい装丁の戦後作家の本を見かけると僕は嬉しくなります。

 今回は今年二十八歳になる若輩者です。僕が戦後作家「第三の新人」に如何にハマったのかを書いてみたいと思います。


「第三の新人」は、一九五三年から一九五五年頃にかけて文壇に登場した新人小説家を、第一次戦時派作家・第二次戦時派作家に続く世代として山本健吉が命名しました。

 一九五二年十二月号の「文學界」二十八年新年号で、冒頭に

「かういふ題で、本年度に現れた新人について書けとの編集部の注文である」

 とあり、「第三の新人」は編集部の命名だったことが分かります。

 ちなみに、安岡章太郎がデビューしたのは一九五一年「ガラスの靴」によってでした。


 大久保房男の言う第三の新人の定義は

「山本五十六みたいな大将ではなく、ダメな兵卒を書き、聖母マリアではなく娼婦を書く」

 でした。

 安岡章太郎でいうなら、初期作品の「陰気な楽しみ」と「ガラスの靴」が考えられます。 


 第三の新人の前提に必ず存在するのは戦後、という点です。

 彼らは、生まれた頃から戦争が始まっていて、何時の間にか終わったと感じた人たちです。

 決して、負けた、と思わなかった世代。

 だからこそ、大久保房男の言った「ダメな兵卒」が書ける。

 そこにあるのは劣等感と言って良いかも知れません。

 理不尽な劣等感を第三の新人らは抱えて、作品にしていく因縁にありました。


 第三の新人は一九五三年の上半期の芥川賞を安岡章太郎の「悪い仲間・陰気な愉しみ」から、一九五五年の上半期の遠藤周作「白い人」まで連続して受賞していきました。

 文壇に第三の新人の存在感が示され、多くの人に作品を読んでもらえるチャンスを得た、一九五五年の上半期に石原慎太郎が「太陽の季節(デビュー作)」で芥川賞を受賞しました。

 芥川賞が今のお祭りのように出版業界が沸き立つイベントになったきっかけは石原慎太郎や、開高健、大江健三郎の新世代作家の台頭がありました。


 僕は資料を調べ想像することしかできませんが、華やかな場に立つ石原慎太郎や開高健、大江健三郎を尻目に抱える罪悪感は凄まじいものがあったでしょう。

 少なくとも、新生代作家の作品群は派手で、センセーショナルでした。

 石原慎太郎の初期作品の内容は今から考えても普通にヤバイと思いますし、大江健三郎の死者の奢りとか飼育の時点で固まっている文体は天才的と言わずにはいられません。

 天才が自分たちの後に出てきて、世間を賑わす事態を前に、第三の新人は自身の作風を変えることはありませんでした。


 とても理不尽な立場に彼らは立っていたはずです。

 戦争の終わりにも、当事者として「負けた」と思えず、ただ傍観者として「終わった」と思い、ようやく自分たちの場所を見つけたと思ったら、後から登場した天才たちに文壇という庭を荒らされる。

 自分の居場所はどこにあるのか?

 自分たちが当事者でいられる場所はあるのだろうか?

 第三の新人の初期作品から中期にかけての作品は、そんな居心地の悪い感情が透けて見えることがあります。


 僕は、それを見る度に「第三の新人」たちはどこか僕に近い人だと思うようになりました。多く本を読んでいると、ここに書かれているのは自分だ、と感じる瞬間があるとよく聞きます。

 本のどこかに僕がいるとすれば、それは第三の新人の初期作品群の中でした。戦争の当事者になれず、時代の当事者にもなれない。

 何者になれなくても、生活は続いていく。


 青春時代のど真ん中が戦時中だった吉行淳之介はエッセイなどで時折、我々の若い頃には未来などないものだと思っていた、と書きます。

 だが戦争が終わり、曲がりなりにも生活をしている、まるでついでに生きているような心持ちだ、と続けます。

 ついでに生きている。

 そういう気持ちを現代を生きる僕が分かる、と言うべきではないでしょう。ただ、ついでに生きて、書いた彼の小説の中には、劣等感に塗れた僕自身がいた。

 いてくれたことに、僕はちょっとだけ救われました。

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