76 出口のない小さき母との恋愛。
河野裕の「階段島」シリーズを前にした時、実は僕の中で浮かんできた小説のシリーズがありました。
それは「赤頭巾ちゃん気をつけて」から始まる「薫くん」シリーズです。タイトルを少し並べてみたいと思います。
「赤頭巾ちゃん気をつけて」
「白鳥の歌なんか聞えない」
「さよなら快傑黒頭巾」
「ぼくの大好きな青髭」
の全四巻です。
ちなみに、最初の「赤頭巾ちゃん気をつけて」は1969年に中央公論で刊行され、第61回芥川賞も受賞しました。シリーズ通しての主人公は庄司薫と言い、これは作者の名前も同様です。
が、私小説ではありません。あくまでフィクションで、作者の本名は福田章二と言い、本名で一度デビューした後に名前を変えて「薫くん」シリーズを書きました。
続いて、河野裕の「階段島」シリーズのタイトルを並べてみたいと思います。
「いなくなれ、群青」
「その白さえ嘘だとしても」
「汚れた赤を恋と呼ぶんだ」
「凶器は壊れた黒の叫び」
「夜空の呪いに色はない」
「きみの世界に、青が鳴る」
共通点はとても簡単で、タイトルに色が入っている点です。
使われている色も共通していて「青」「白」「赤」「黒」です。「階段島」は一度「色はない」と言いますが、その通りに受け取ると色はないのでノーカンとします。
更に共通点を探すと、両作品とも「幼馴染」がヒロイン(?)です。「薫くん」シリーズで言う、由美。「階段島」シリーズで言う、真辺。その二人のヒロインと主人公は恋愛に陥るようで、微妙なバランスで友情と言う範疇に留まります。
幼馴染の間の恋愛は普通の恋愛とは違うニュアンスが含みます。
それが何か、僕には興味があります。
個人的に読んできた作品群を思い返していくと基本的に幼馴染の間の恋愛は上手くいかない、という印象を持ちます。一つ、印象的な作品があります。
宮本輝の「胸の香り」という短編集の中の「舟を焼く」です。
この中に二十二歳の夫婦が出てきます。
彼らは幼馴染同士で、十九歳で結婚し、旦那の父が経営していた旅館を継ぎ生活をしています。視点人物の男性は四十を超えていて、不倫相手と共に、この旅館を訪れます。
旅館を経営している夫婦はその男性よりも年を取って見えて、その原因は彼らの関係に出口がないから、だと語られます。それ故に、幼馴染同士で結婚した彼らはお互いの想いを育んだ舟を焼き、離婚することを決めます。
ラストの舟を焼くシーンは、とても印象的です。
――きっと、木の小舟に灯油をかけたのであろう。火は突然大きく舟を包み、そこから少し離れたところに膝を立てて坐り込んでいる夫婦の全身を赤くさせた。
火勢はいっこうに弱まらなかったが、夫が手に持っていた棒で燃えている舟を二、三度叩くと、夥しい火花が散って、舟は崩れた。そして、急速に火の勢いが弱まっていった。
どこまで行っても出口のない関係性を終わらせる為には、舟を焼くような行為が必要だったのでしょう。
けれど、それは虚しく悲しい光景です。
もちろん、これはあくまで一例です。幼馴染同士で恋愛して、結婚した後も上手くいっている人たちだって必ずいると思います。
ただ一例とは言え、なぜ宮本輝の「舟を焼く」の夫婦は二十二歳にして、四十を超えた風貌に見えたのか、なぜ出口のない関係性に陥ってしまったのか、は気になる部分です。
答えに成り得るかは分かりませんが、僕の好きな文芸評論家の川田宇一郎が群像新人文学賞評論部門優秀賞を受賞した時のタイトルを引っ張ってきたいと思います。
「由美ちゃんとユミヨシさん 庄司薫と村上春樹の『小さき母』」。
由美ちゃんは「薫くん」シリーズの幼馴染です。ユミヨシさんは村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」のヒロインです。
この評論をもとに川田宇一郎は『女の子を殺さないために 解読「濃縮還元100パーセントの恋愛小説」』なる本を出します。
そこで以下のような文章が登場します。
――「女の子」とは端的に、「ママ」になりつつあるもの(小さき母)のことです。
そうなの?
となりますが、なるほどと思う部分もあります。
幼馴染同士の恋愛に付き纏う出口のなさは(のようなものがあるとしたら)、女の子(小さき母)と男の子(息子?)の恋愛になってしまうからなのかも知れません。
ここで、なぜ男の子が「小さき父」になれないのか、という部分は一つの主題です。が、男の子が父になる為のロジックは非常に厄介なので、別の機会に譲ります。
今回の文章はあくまで僕の視点から見たものですし、物語世界の常識に即したものでもあります。実際の現実の幼馴染の恋愛は、その当事者によって変わってきます。
なので一概には言えない、という根も葉もない結論に至ります。
だいたい、僕には異性の幼馴染なんて言う存在もいませんし……。
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