74 ホラーゾンビものの醍醐味、死体と死者の違い。
――わたしには「死者」というものが、よくわかりません。死体ならわかります。見たり、触ったりすることが、「わかる」という意味に使えるならば、の話ですが。
少なくとも言葉の上では、わたしは、「死者」というものをよく知っています。とはいっても、「死者」の言葉と称されるものを読んでみると、実際は、生前の「死者」の言葉だったりするわけで、要するに、それは生者の言葉にすぎないのです。
高橋源一郎「ニッポンの小説 百年の孤独」より。
最近、海外ドラマを見ようと思って「ウォーキング・デッド」に手を出しました。理由はとくになかったのですが、長い物語を見たいという欲望だけはありました。
まだシーズン2に入ったところなので、詳しいことは何も語れないのですが、しっかりとハマってはいます。
前の職場の呑み仲間が僕の部屋に泊まって良いか、と尋ねられたら「ウォーキング・デッドを流していて良いなら」と返答するくらいにはハマっています。
「ウォーキング・デッド」は簡単に言えば「ゾンビによる世界の終末」ものです。ホラーゾンビものの醍醐味は、よしもとばななと綿矢りさが対談で語っていたと記憶していますが、愛する人がゾンビになってしまう部分にあります。
死んでしまった愛する人がゾンビとは言え、動いている。
そのゾンビを自らの手で殺さないといけない残酷性にこそ、ホラーゾンビものの醍醐味はあるそうです。
つまり、そこには一つの問いがあります。
愛する人をもう一度、自らの手で殺せるのか?
ウォーキング・デッドのシーズン1だけでも、この主題は繰り返し使われます。ある者は殺せず、ある者は殺します。
殺せなかった人間の気持ちと、殺した人間の気持ち。
長い物語であるウォーキング・デッドは登場人物の気持ちを丹念に描いていきます。少し怖いくらいの人間らしさが、ふと顔を出す瞬間もあって目が離せません。
人間らしく、またエンタメ的にもしっかりと作り込まれた物語を前に、僕が考えていたのは、ゾンビとは結局のところなんだろう? ということでした。
冒頭で高橋源一郎の「ニッポンの小説」を引用しましたが、ウォーキング・デッドを見て「死者」というものが、より分からなくなりました。高橋源一郎が書く通り、確かに死体なら分かります。
分かるというか、分かり易いです。
みんな大好き、実存主義のサルトル的に言えば人は死ぬと、「物」としての時間が始まるそうです。死体とは物です。
前回、祖母の死について書いて、そこまで言い切るべきか悩みますが、多分逃れられることではありません。人は死んだら物になります。
祖母の死体を前にした時、何十年も見て来た祖母の顔は本当に安らかな笑顔を浮かべていました。それは死体が浮かべているもので、祖母が浮かべたものではありません。
分かっているつもりでも、横たわった祖母の顔を覗き込む時、安らかな顔を浮かべているのを見て僕は安心していました。
もう祖母は苦しまなくて済むんだ、と。
けれど、ゾンビ映画の死体は常に飢えて、苦しみ、落ち着きなく歩き回っています。それも愛する人の姿で。
怖く愛おしく、残酷な光景に、それは思えます。
そして、その奥にある恐怖は自分もそのゾンビになってしまう可能性がある、という部分です。
ウォーキング・デッドの中でも「人間として死にたい」と宣言するキャラが現れます。ゾンビにはなりたくない、ただの死体(物)となって死にたい。
そこで初めて人は、自ら死を選べる場に立ちます。
まるで自殺することが正しい死に方だ、とでも言わんばかりの描かれ方です。ゾンビとなって残った人類に迷惑をかけるのであれば確かに、それは間違っていない選択と言えます。
また冒頭に戻りたいと思います。
確かに死体は分かるけど、死者というものは見たり、触れたりができない為に分かりません。けれど、言葉の上では死者というのは知っていると高橋源一郎は書きます。
言葉(物語)の中で死者は確かに多く登場してきます。
それは丁度、ウォーキング・デッドを含むホラーゾンビものも、そうです。
言葉の上、物語の上での死者は、常に飢えて苦しみ、新鮮な肉を求めています。それは丁度、動物の姿です。
人は死ねば、死体(物)になるか死者(動物)になるか、なのかも知れません。あるいは幽霊になる、という選択肢もあるのかも知れませんが、幽霊は誰の目にも映るものではないので、どう論じるべきか僕には分かりません。
少なくとも、祖母が亡くなってからの数十日の間に、僕は一度だって幽霊を見ていません。
なので、僕は今のところ幽霊は信じない、そういう立場に立っています。
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