28 波打ち際の向こう側、友達がデビューした日。
仕事を辞めよう。
そう思ったきっかけは学生時代の友人たちと遊んだ後でした。彼らと出会ったのは十八の頃ですので、もう九年くらいの付き合いになります。
九年。
随分、遠いところまで来てしまったものです。
学校に通っていた頃の僕たちは何者でもありませんでした。今も僕は何者でもありません。おそらく今回集まった大半が何者でもありません。少なくとも今は。
今回、集まった理由は一人の友人が本を出すからでした。
まさしく何者かになる瞬間です。発売日に集まり、本屋を巡りました。今回、彼の本はデビュー作という訳ではありませんでしたが、新人賞を受賞しての出版でした。
知人の名前(ペンネームですが)が本屋の平積みされて並んでいる光景は、どうにも複雑な気持ちを僕に抱かせました。
おめでたい、悔しい、遠い……。
その中でも一番大きいのは「凄いな」です。
高橋源一郎が「新人賞」を「波打ち際」と言い、海から流れてくるものが新人の小説で、海から上陸する(選考委員に認められる)のがデビューだと言っていました。
僕の友人は海から上陸し浜辺を踏みしめました。
水中から陸地に上がるのです。それは素直に凄いことです。
これから友人は水中では出来なかったことをしていくのでしょう。陸地の方が危険で苦しい可能性だって大いにあります。
真っ直ぐ進む先に待つのは、また新たな水中かも知れません。
村上春樹が言っていましたが「小説家の定員は限られていませんが、書店のスペースは限られている」んですから。陸地に上がれば無条件で本を出し続けられる訳ではありません。
また村上春樹は小説家の立つ場をリングとしました。
もしかすると、そのリングは格闘技的な戦いがおこなわれるものかも知れません。少なくとも限られた書店のスペースに置かれる為には、そこに並ぶ本との差異が必要です。
村上春樹は作家を続ける為には「剃刀の切れ味」を「鉈の切れ味」に、そして更には「鉈の切れ味」を「斧の切れ味」へと転換されることを求められる、と言います。
まだ海の中で陸地を眺めているだけの僕は、その切れ味の違いについて多くを語れる訳ではありません。ただ今、友人は「剃刀」を持っているんだな、と思うだけです。
そして、僕の手にもいつか「剃刀」が握られるのだと思います。うぬぼれかも知れませんが、僕は自分が本を出すことを疑っていません。何年、何十年かかるか分かりませんが、僕は本を世に出します。
だって、僕はこの先の人生を小説を書かない、という視点から語ることが出来ないのですから。
書いていれば、いつか僕は本を出します。
出なければ、死ぬその瞬間にまぁそういう人生だったか、と思う程度のことです。それも悪くない人生でしょう。
そんな訳で、僕は今の仕事を辞めようと思った訳です。
あれ、理由が繋がっていないなぁ。うーむ。
その辺はまた今度、書きます。
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