24 人生の全てを使う。
作家の朝井リョウがラジオか何かで、「人生の全てを使って小説を書いている」ということを言っていました。
経験したことを捉えなおせば、どんなことでも小説のネタになる、という意味なのだと思うのですが、僕個人としてはそれに大賛成です。
どんな些細なことでも、例えば近所を五分散歩するだけでも、ちゃんと頭を働かせて周囲を観察すると面白いものや不可解なものはあって、それは創作に繋がると思います。
単純にその物語に気付く力を僕が有しているか、そして、その物語を書けるかどうか、が問題なんです。
発想や思いつきを形にするものは地味で外から見ると気付かれにくい技術に支えられているんだと、僕は思います。
とても個人的なことを言うと、僕は色んな小説や漫画を無造作に摂取したせいか、昔からプロット(物語の骨格)は良いと周囲から言われ続けてきました。
実際に過去のプロットを見直すと単純に僕を誉める時、プロットは良いと言う他なかったのだと気づくのですが、当時の僕は「へぇ僕、発想(プロット)は良いんだ」とうぬぼれたりしていた訳です。
そこからは発想に頼ったような物語作りをするようになりました。上滑りなテーマも何もない、ただ何となく本屋に並んでいそうなあらすじを集めたような物語たち。
二番煎じどころか、三番煎じ。
当時、僕には先生と呼べる人がいて、その先生に「郷倉は普段なにを考えているんだ?」と言われました。
その時、僕は普段考えていることが、そのまま小説に直結して良いのだと言う当たり前のことさえ見逃していました。
僕は先生に自分の弟のことを話しました。
二つ年下の弟が突然「俺、家継ごうと思うんだよね」と言い出したのです。僕は長男で、けれど、家のことなんてまったく考えていませんでした。ただ、小説を書いて、それが売れれば普通の仕事をしなくて済むんだ、とぬるい希望を抱いているだけの青年でした。
そんな僕に対し、弟は家を継ぐと言いました。
断っておきますが、僕の家は一般的な核家族です。親戚との繋がりも殆どありませんし、父が亡くなった後に残るのは本当に家だけです。片田舎にある、古ぼけた家です。
けれど、そこは僕と弟が育った家であり、僕が帰る場所でもあります。家が無くなる、という事態に陥ったとするなら、僕は僕の中にあるとても大切な何かを失うことになるでしょう。
可能であれば、それは避けたい未来です。
だから、弟が家を継ぐ、と言ってくれた時、僕は複雑な感情を抱えていながら、嬉しかった。
そういうことを僕は先生に話しました。
すると「それを書けば良いよ」と言われました。
その瞬間、何かとても楽になったのを覚えています。
実際に書き出してみると、とても難しくて苦しい作業だと言うことに気付きました。でも、当時の僕は人生の全部を使って小説を書く必要があったんだと思います。
それは言ってしまえば、喉の奥に手を入れて吐き出したものから、小説になりそうなものを探すような行為でした。
毎日毎日、自分という矮小で詰まらない存在について考えていました。
僕は僕という人間が嫌いで、僕のいる世界が詰まらないから小説という別の世界を求めて、作家になろうと思っていました。
自分から逃げる為に小説を書いてきたんです。
なのに、自分について小説を書いている事実。
不可解で仕方がなかったことを覚えていますし、何をしても上手くいかなくなって、人生のどん底にたどり着いた気分さえ味わいました。個人的に、この弟に対する気持ちを小説で書こうとした時期が僕の人生の中で最もしんどく苦しかった気がします。
それでも、小説は書き続ければ終わるもので、先生に「それを書けば良いよ」と言われた二年後くらいに僕は「了」の字を書き終えました。その小説はお世辞にも褒められたものではありませんでした。一応、公募には応募しました。
当たり前、と言うと切なくなりますが、当たり前みたいに一次も通りませんでした。その結果に対し、書かなきゃよかったとは思いませんでした。
無様で、お世辞にも褒められない人間、それが僕でした。
そう認められたことは、その先の人生を生きやすくしてくれたような気がします。今もなお、僕は無様で、お世辞にも褒められない人間です。
いつか、まともな人間になれる日がくるかも知れない、お世辞になら誉めても良いかな? と言われる日がくるかも知れない。
その日の為に、日々努力をしていきたいと思っています。
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