⑯ 一盗二卑三妾四妓五妻について。

 不倫小説を十冊選ぶことで僕が学んだのは、不倫した男は情けなくなり、不倫した女を抱く男は逞しくなる、ということでした。

 そこで浮かんだのは一盗二卑三妾四妓五妻でした。意味は男から見て、セックスの気持ちが良い順番なんだそうです。


 一盗(いっとう)は人妻。

 二卑(にひ)は身分が違う女性。

 三妾(さんしょう)は愛人。

 四妓(しぎ)は娼婦。

 五妻(ごさい)は正妻。


 並ばれてみれば簡単で、男は不道徳の度合いが高いほど興奮する、らしいです。そして、不倫の例を見て思うのは不道徳な行ないによって逞しく、成長します。

 山田詠美の「ぼくは勉強ができない」の秀美くんも、そういう成長を後半で見せていました。そのシーンが僕は好きなので、一部引用します。


「顔に書いてあるよ。セックスやりたーい、女を抱きたーいって。でも成功してるよ。普通、そう思う男って顔緩んでるけど、あんた違うもん」

「どういうふうに?」

「決意に満ちてる。女を奪うぞって。私、奪われてあげようか」


 僕にも「私、奪われてあげようか」とか言ってくれる同級生の女の子が欲しかった!

 いや、そういう話ではないですね。思わず、願望が……。


 セックスをする、女を抱きたい、そう思う男の顔は確かに緩んでいます。何故なら、そこにあるのは漠然とした女性像があるだけで、特定の誰かを浮かべられていない場合が殆どだからです。

 けれど、この時の秀美くんは一人の女性を奪うと決意しています。真正面から不道徳を受け入れている。


 不道徳は当然、社会的に後ろ指を指されるべき行いです。

 誰も彼もが人の女を奪って成長しろ、なんて僕は口が裂けても言えません。そうした時、本当に痛い目を見ることだってあります。


 安全な道を通れる時はそのまま進むべきです。社会的には正しいとされる道を進めば、後ろ指を指されて批判されることはありません。

 ただ、安全で整理された道を進んでいるだけで、幸せになれる訳ではないし、努力が報われる訳でもない。これが世界の不思議で、不条理で、残酷な部分だと思います。


 もう一度、山田詠美の小説のタイトルを繰り返しましょう。

「ぼくは勉強ができない」

 勉強ができれば安全で整理された道を進むことができます。

 けれど、安全で整理されているからこそ、皆が通る道です。肩が当たるくらい近くに人がいて、その人間と成績という分かり易い数字で競わなければならなくなります。

 それが悪い訳ではありません。


 しかし、「ぼくは勉強ができない」と開き直ってしまうことで見える世界もありします。勉強ができることだけが世界じゃありませんし、異性にモテることだけが世界でもありません。

 時には不道徳と分かっていても、突き進む覚悟ができるのなら、進んだって良いでしょう。それが思わぬ突破口になることだって十分有り得ますから。

 もちろん、その結果、大きな負債を抱える可能性だって十分にありますが。


 それと、わざわざ書く必要はないかも知れませんが、セックスには三種類あるそうです。ファック、セックス、メイクラブの三つです。性の発散とビジネスが「ファック」で、生物として子孫を残すのが「セックス」で、愛を確かめ合うのが「メイクラブ」です。

 一盗二卑三妾四妓五妻は完全に「ファック」の為の言葉です。


 個人的に河野多恵子の「秘事・半所有者」で人生一番に泣いた僕からするとメイクラブが最も美しく尊いものだと思っています。甘っちょろい、理想論とかを超えた美しく醜い瞬間を丹念に描ききったのが「秘事・半所有者」です。

 それについては、また別の機会に書きたいと思いますが、山田詠美は「秘事・半所有者」を、別れそうな夫婦に渡すそうです。すると、離婚を考えていた男が「もう少し、頑張ってみます」と言うんだとか。

 その気持ちが僕には(分不相応ながら)分かるような気がします。

 

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